3
「魚って1日ぐらい持ちますよね…?」そう青年は言ったが男性は未だに半信半疑であった。
王都までは馬車で最速1週間。馬で約5日。
どこをどう考えても1日で移動できる距離ではない。
それをあの青年は1日で移動すると言ってのけたのだ、普通の人間には到底信じられる言葉ではない。
どんな商人だろうとこんな怪しい取引を進んでする者はいない。
このような青年にすがってしまうなど、彼の所属するフィッシュ商会がいかに切羽詰っているかが伺える。
青年との約束の日である嵐が過ぎ去った次の日の早朝、中年の男性は冒険者ギルドの前をうろうろしていた。
というのも本日は絶好の冒険日和であるため、嵐の間休業していた冒険者たちが一斉に働きに出ておりギルドは人相の悪い男たちでごった返しているのであった。
とても一般人が入ろうと思える空間ではない。
そんな喧騒の中から颯爽と姿を現した青年は冒険者ギルドにいるには明らかに場違いな装備を身にまとっていた。
どこからどう見ても普通の洋服にしか見えない。あの宿で来ていたような普通の服である。
皮や金属の鎧を装備した他の冒険者と比較するとかなりの軽装である。
「出されていた指名依頼は受理してきましたよー!」
冒険者のものとは思えない威圧感の欠片もないのんびりした声がした。
言わずもがな、例の『伝書鳩』という不名誉な二つ名を持つ冒険者である。
冒険者に付けられる二つ名には2種類が存在する。
冒険者の強さや戦績をたたえるために付けられる尊敬や畏怖が込められたもの、逆に冒険者の弱さや不甲斐なさをバカにするために付けられる不名誉なもの。
付けられた本人は全く気に留めた様子ではないが、もちろん『伝書鳩』は後者に該当する。
「王都まで運搬をお願いしたいのはこの箱です。中身は予定通り魚で凍らせてあります。さらに箱と魚の隙間には氷を詰めてあります。」
「ありがとうございます。じゃあ、これを王都まで運びますねー。今日の昼過ぎにはあっちについて王都の冒険者ギルドまで届けるので、夕方ごろにここのギルドで依頼達成の証明書をもらってください。」
青年は信じられない言葉を残して、元気そうに冒険者ギルドの前から去って行った。
冒険者ギルドの前から移動した青年、レオンハルトは早速預けられた箱を地面において、腰から下げているポーチに触れながら「収納」とつぶやき箱をポーチに収納した。
彼は容量が小さいものでもとても高価な空間拡張ポーチを所持しているようだ。
空間拡張ポーチはその名の通りポーチの中の空間を拡張しているだけの代物である。
当然ポーチの中の時間は進むので、時間とともに氷は溶け続けてゆく。
ポーチに箱を治めたことで身軽になった彼はポートシティの門をくぐり王都がある方角とは真逆の方向に軽やかに走って行った。
「到着!」と華麗に独り言をキメながら彼は平原の真ん中にぽつりと立つ豪華な扉の前で止まった。
この豪華な扉はポートシティから一番近い迷宮の入り口なのである。
扉の周りでは本日この迷宮を攻略しに来たと思われる他の冒険者達が数人装備の確認をしていた。
彼らはパーティーでこの迷宮の攻略に挑むようだ。
「入らないなら先にいいですか?」と聞きつつレオンハルトは返事も待たずに豪華な迷宮の扉を開け中に飛び込んで行ったのだった。
レオンハルトの名誉のために言っておくと、普段の彼ならば、返事を待たずに迷宮に入ることなどしない。
いつもにこにこと嬉しそうにしているため気付かないが、彼は今久々に手紙以外のものを運んでいることでテンションが上がっているのだ。
彼がいなくなった迷宮の前では、例の冒険者パーティーが目を点にして先ほどレオンハルトが入って行った扉を見つめていた。
「今の奴すげー軽装だったよな。アレ放って置いたら死ぬぞ。」
赤の他人の心配をするなど荒くれものが多い冒険者の中ではとても優しい者がつぶやいた。
しかし、仲間にすぐに心配するだけ無駄であることを告げられ、すでに興味を失っている。
他人を本気で心配するほどの良心を持つ者ならば、力づくですべてを解決しようとする冒険者などには最初からなっていないだろう。
「いや、大丈夫だろ。オレあいつの噂知ってるし。」と、リーダーと思わしき男が声をあげた。
当然、仲間に説明を求められてリーダーが説明しだした。
「有名だぞ。王都で『伝書鳩』って呼ばれてるらしい。」
「『伝書鳩』ってあの手紙運ぶ依頼ばっかり受けている腰抜けのことだろ。」
「いや、噂によると『伝書鳩』は依頼を受けると迷宮に向かうらしい。そして、その迷宮から再び出て来るのは王都に帰る時らしい。つまり、『伝書鳩』は迷宮内の転移魔法陣を使って手紙を運んでるんだと…。」
そう、『伝書鳩』ことレオンハルトは世界でただ一人、迷宮内の各地に点在する無数の転移魔法陣を自由自在に使いこなす冒険者なのであった。