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「おばさーん、今日すごい雨降ってるんだけど。暇なんだよねー。雨の日でも楽しめることってこの町にない?」
昨日出会ったばかりの宿のおかみに対し馴れ馴れしいしゃべり方でどうしようもない質問をぶつけている青年がいた。
宿の食堂で朝食を取り終わり水を吸ったスライムのように机にへばりついている。
不運なことに、嵐の影響で大雨と強風に見舞われたポートシティを訪てしまった彼はとても暇そうだ。
「魚しか取柄のないこの町にそんなものないよっ!隣のボートシティだったら貿易が盛んだから街の中を見るのも楽しかっただろうけどね。私は、この天気じゃ町の中を見て回る気も起きないかもしれないけどね。」
宿のおかみはテキパキと朝食の片付けをしながら、水を吸ったスライムの質問に答えた。
何も解決はしなかったが…。
「食べ終わったんなら早くどきな。私は生憎と食器の片付け、ここの掃除、することは沢山あるのでね。雨で洗濯ができないのが困ったもんだ。」
ため息をつきながらもすごいスピードで食堂の片付けをしているおかみはイラついているようだ。
「私はあんたと違って暇じゃないんだよ!」と言いたそうだ。
昼過ぎ、昼食時の戦場を乗り越えたおかみが食堂で一息ついていると若干雨に濡れている中年の男性が宿を訪ねて来た。
ポートシティ中の宿を訪ねて人探しをしているらしい。
まあ、ポートシティに宿は両手の指で足りるほどしか存在しないが。
「昨日から宿泊している冒険者を探しているのですが、心当たりはありませんか?」
「この宿は冒険者向けじゃないからね。あまり期待しないでおくれ。昨日から泊まっている人なら2階の1番左の部屋を使ってる青年だけだよ。冒険者かどうかは知らないけど、冒険者なら大分ヒョロっとしているね。」
この宿はどちらかというと商人や家族向けなのだ。
食事や酒の量よりも、部屋の清潔さ、洗濯の質に気を使っている。
だからこそ、朝からいろんな宿を駆けずり回っていた中年男性もこの宿を後の方に回したのだ。
2階への階段を憂鬱な気分で上がり、1番左の部屋の扉をノックすると中から「はーい」という間延びした返事が返ってきた。
声は高くもなく低くもないが、穏やかで聞いていて心地良い声だった。
「すみません。フィッシュ商会のものですが、お尋ねしたいことがありまして。」
部屋の住人と思われる10代後半の青年はベッドに寝転がって本を読んでいた。
それを見て中年男性は心の中でがっかりした「ここも外れか」と。
普通冒険者という者はチンピラ一歩手前見たいな奴等の事である、大体が人相の悪い巨漢である。
間違っても、本を読むような連中じゃない。
しかも、おかみの言っていた通り、この青年は彼の知識の中の冒険者とはかけ離れた外見をしていた。
金に近い茶色の髪はしっかりと手入れされており、どこかの商会員のような服装だ。
確かに体系も悪い意味で冒険者ばなれしているが、彼の身だしなみは冒険者にしては小奇麗すぎる。
声をかけられたことによって本から目を上げた青年の顔はとても綺麗であった。
かっこよさや、男らしさは欠如しているが、性別を超えた美貌は老若男女から受けがよいであろう。
「昨日この町についた王都で荷物運びばかり受けている冒険者を探して回っているのですが、心当たりはございませんか?」
「ん?荷物運びばかり?それ僕のことかもしれないです。いつもは王都で手紙ばかり運んでいる冒険者。いつの間にか『伝書鳩』っていう二つ名まで着いちゃったんですよね…。まあ、平和でいいけど。」
がっかりと下を向いていた中年男性の顔がガバっと上を向いた。
まるで救世主を見るような目で見られた青年は戸惑った様子で「僕に何の用ですか?」と聞きながら本を閉まっている。
「来週末までに35キロほどの重さの魚を王都まで運んでもらいたいのですが、お願いできますか!?」
勢いよく青年の手を取って本来の目的を果たそうとする中年男性は傍から見れば完全に不審者であった。
衛兵が出張ってきても皆が納得するであろう。
「王都まで35キロの魚?別にいいですけど、わざわざ僕に頼まなくても…。僕は指名依頼距離じゃなくて重量で値段決めるから普通より高いと思うんだけどー。」
「もう切羽詰まってて後がないんです。本当に王都まで魚を腐らせずに持っていけるんですか?」
中年男性は一番の問題である運搬物が魚であるということを再び青年に伝える。
すると青年の口から信じられない言葉が飛びだしてきた。
「魚って1日ぐらい持ちますよね…?」