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嵐の日の早朝、普段の冒険者ギルドにおいては喧騒の絶えない時間帯であるが、本日ばかりは冒険日和ではないからかギルドは閑散としていた。
そんな中、暇そうにしていた受付嬢のもとへ必死な形相の中年男性が駆け寄ってきた。
「明日ここから出発するはずだった、王都行きの定期冷凍運搬は出発しますかっ!?」
受付に着くなり中年男性は大声で疑問を呈した。
理由はよく分からないがとても焦っていることだけはよく伝わってくる。
「申し訳ありませんが、本日の定期冷凍運搬は中止になりました。天気の関係で今日この前の町を出発するはずであった水属性の魔法師が足止めを食らっていてまだ到着していないのです。こちら側の事情ですので、申し込みをしていらっしゃった方には違約金はお支払いしております。次の定期冷凍運搬は来週の今日出発です。」
中年男性の懸念していた通り定期冷凍運搬は中止であった。
港町であるポートシティは魚介類が特産物であり、王都へ向けて定期的に運搬を行っている。
しかし、王都まで馬車で最速1週間かかるため氷を生成できる水属性の魔法師の同行が必須であった。
「来週末王都で開かれる結婚式に出すための高級魚をどうにかして王都まで届けなければならないのです!!どうにかなりませんか!?」
王都までは馬車で1週間かかることを考えるとすでに手遅れであることは彼も分かっている。
どんなに頑張っても来週の出発では間に合わない。
しかし、高級魚の受取人は下級とはいえ貴族様である。
このまま届けることができなければ彼の所属する商会に明るい未来など存在しないことも承知していた。
「そこを何とかして下さい!!」
「申し訳ありませんが、現在この町にはギルド所属の水属性魔法師はいません。できることとしては、町中で働く水属性の魔法師に取引を持ち掛けることぐらいではないでしょうか?」
その取引が無謀であることを彼はよく理解していた。
ポートシティにいる水属性魔法師は仕事柄把握しているが、この港町において氷を生成できる彼らは必要不可欠な存在。
どんなに頑張っても引き受けてもらうことはできないだろう。
引き受けられたところで、彼の所属する商会の他の業務差支えが出るのだが。
もう一つの可能性としては氷を生成できる小型の魔道具を入手することだが、そんな貴重な物そう簡単には手に入らない。
中年男性が「もうダメだー!!」と落ち込んでいると、階段から怠そうに壮年の男性が降りて来た。
「2階まで声が響いているぞ。何かお困りかい?」
「ギルドマスター!申し訳ありません。お騒がしかったでしょうか。」
「いやいや、いつもよりは静かで嬉しいよ。ただ、珍しく会話がはっきりと聞こえて来たから気になっただけ。いつもはただガヤガヤしているだけだからね。」
壮年の男性、つまりギルドマスターは楽しそうに笑っていた。
基本的にギルドマスターは問題が起こらない限り暇であるが、本日はいつもに増して暇であったようだ。
「天気によって定期冷凍運搬が中止になった件で、こちらの男性がお困りのようで…。しかし、ギルドとしてはどうすることもできないとお伝えしていたところです。」
「そっかー。それは困ったね。ところでその運びたい物って大きいのかい?」
ギルドマスターはにこにこと笑いながら中年男性に向かって聞いた。
急に大物に話しかけられた男性は驚きながらも慎重に言葉を紡いだ。
町を囲う石壁の外にいる魔物を狩る冒険者たちをまとめ上げているギルドマスターの機嫌を損なうことは例え領主であっても避けたい。
ただの雇われ商会員であればなおさらだ。
「大きくも、小さくもありません。長さは約1メートル、重さは約25キロの魚です。箱に入れて氷詰めにして運んでいただく予定ですので、重さは35キロぐらいになると思います。」
「それぐらいの大きさだったら、彼に頼んでみるといいよ。昨日この町についた冒険者なんだけど、王都で荷物運びの依頼ばかり受けていることで有名なんだ。大体は手紙を運んでいるんだけど、大きめの荷物も受けてくれるみたいだよ。」
結局王都まで1週間かかることか、水属性魔法師の同行の問題かどちらかを解決できない限りどうにもならないと心の中で唸りながら、中年男性はギルドマスターの助言に素直に従うことにした。
どう考えても無理なのだから、最後の望みをその荷物運び専門?の冒険者に賭けてみようと。