子ダヌキ ゴン太
山のふもとに、タヌキの親子が暮らしていました。
「ねえ、見てて」
かあさんの前で、ゴン太はクルンと宙返りをしてみせました。
ゴン太が人間の子供に変わります。
「まあ! そんなこと、どこでおぼえてきたの? お願いだから、これっきりにするのよ」
かあさんはおどろいて、すぐにゴン太を抱きしめました。
たちまち、ゴン太がタヌキにもどります。
人間からもとにもどる方法。
それはたったひとつだけ、仲間のタヌキとふれ合うことなのです。
「ねえ、どうしていけないの?」
「人間になるのは、とても危険なことなのよ。だからゴン太がおとなになってからね」
かあさんは強く言いきかせました。
人間のことをとても恐ろしいものだと思っていたのです。
そんな、ある日。
ついにゴン太は人間に化け、ふもとの村に行ってしまいました。そして行ったきり、山に帰ってきませんでした。
それからというもの……。
――もう帰ってこないのかしら?
ゴン太のことを心配しながら、かあさんは帰りを待ち続けたのでした。
そうとは知らないゴン太。
毎日が楽しいことばかりで、家に帰ることなどすっかり忘れていました。
けれども……。
かあさんはひとときも、ゴン太のことを思わない日はありませんでした。
――だいじょうぶかしら。
たびたびふもとの村まで行き、ゴン太の元気な姿を見ては安心するのでした。
――連れて帰れたら……。
ふと、そう思うことがありました。けれどすぐに思い直します。
――あの子は人間になりたいんだわ。
だからいつも、そっと遠く木のかげから見守っているだけでした。
ある日のことでした。
村人たちがあわてたようすで、村はずれに向かってかけていきます。
ゴン太も村はずれへと走りました。
そこには一本の大きな杉の木があり、その下におおぜいの村人たちが集まっていました。
――あっ!
ゴン太は息が止まるほどおどろきました。
なんとかあさんが、杉の木の根っこにしばられています。
――かあさん!
かあさんを助けたい。だけど、かあさんにふれたならもとの姿にもどってしまいます。
――ああ、どうしよう。
迷っているうち……ゴン太はみんなのうしろにかくれていたのでした。
「皮をはいで毛皮を作るぞ」
村人の一人が言いました。
「肉はタヌキ汁がいい」
ほかのだれかも言いました。
――かあさんが食べられてしまう。
そう思ったとたん、ゴン太はまわりの者をかきわけていました。それからかあさんのもとへとかけより、おもいきり抱きついたのでした。
村人たちのだれもがおどろきました。
目の前で、子供がとつぜんタヌキに変わったからです。
村人の一人が二匹に歩みよります。
「さあ、かあさんと山に帰るんだ」
ゴン太に言って、母ダヌキをときはなしてやったのでした。