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灯火

 瞬は暗闇が好きだ。


 いつからだろう……子供の頃は、普通の子供らしく、暗がりを怖がっていたはずなのだが。家でも、自分の部屋では明かりを点けない事が多い。蛍光灯の明かりが苦手なのだ。全体を一律に明るく照らしてしまうのが気に入らない。陰があればこそ、光にも有難味があるものではないか。

 豆電球のような小さな明かりならばまだ許せる範囲なのだが、あまり好きではない。光にずっと変化がないからだ。もちろん、寿命が来れば消えるだろう。だがそれまではずっと同じ明るさで光っているのだ。そこが今一つ、気が利かないというか、退屈なところだ。


 だから瞬は、明かりが欲しい時には蝋燭を使う事が多かった。部屋には色々な蝋燭のコレクションがあって、その日の気分次第で使い分けるようにしている。色がついたもの、造形が特殊なもの、香りがついたもの……。今回の荷物にも、そのコレクションの一部が含まれている。真っ暗闇の中、手探りで荷物をあさり、偶然手にとった蝋燭に、ライターで火を灯す。ライターを持っていると愛煙家だと思われがちなのだが、瞬は煙草を吸った事がない。


 小さな灯火が揺らめき、柔らかく周囲を照らす。微かに熱を感じる。赤い蝋燭だった。側面に金魚の絵があしらわれた絵蝋燭だ。ちょっと高価なものだったが、もともといつかは使うために買ったものだし、こんな日に使うのもまた一興かもしれない。


 風もないのに、どうして炎は揺れるのだろう。いや、実際には、炎自身の熱によって起こる小さな気流によって揺れているのだ。炎の揺れに合わせて、灯火が作る陰影の表情も微妙に変化する。


 風もないのに、どうして揺れるのだろう。


 人間のように。


 灯火を眺めていると、不思議と癒される。一つ、深くため息をついた。

 窓の外を眺める。バケツをひっくり返したような雨が降っていたのに、いつの間にか少し小降りになっていた。

 

 さっきまで、先輩の部屋で一緒に酒を飲んでいた。昨夜も飲んだ。二日連続だ。もちろん、こちらから出向いたわけではなく、半ば無理矢理連れて行かれたような形だ。先輩は大の酒好きで、どんなに飲んでも潰れる事がなかった。付き合わされる身としては、たまったものではない。

 先輩の部屋は意外と殺風景だった。入口の傍に戸棚、リビングには大きなテレビ。部屋の隅にはサーフボードが立てかけてあった。目についたのはそれぐらいで、戸棚はちょっとした食器類などが入っている、俺の部屋にも備え付けてあるものだ。おそらく全ての部屋にあるのではないだろうか。長期滞在している割には寂しい印象を受けた。これでは確かに、後輩を呼ばなければ退屈かもしれない。冷蔵庫にはびっしりとビールが詰め込まれていた。


 昨夜は、先輩のご両親との会話の中で、大学での先輩の暮らしぶりについて相当盛った話をした事を感謝された。あれぐらい、どうって事はないのだが、ご両親も喜んでいたし、先輩もご機嫌だった。盛った甲斐があったというものだ。

 しかし今夜は、真紀と小雨の話ばかりだった。最も不愉快な話題だ。


「真紀ちゃんの水着姿たまんねえな……」

「小雨ちゃんって結構おっぱいでかいじゃん、動くたびにめっちゃ揺れてたよな。思わず勃っちまいそうだった……あれ何カップ?」

「真紀ちゃんとは結局どういう関係なんだよ?小雨ちゃんは?」

「付き合ってないんだったら俺狙うからよ、アシストしてくれよ」

「あの乳揉みくちゃにしてみてえな~~~」

「あ~ヤリてえ……あの綺麗な顔にぶっかけてみてえ」


この手の話は元々苦手なのだが、真紀と小雨をネタにされるとどうにも我慢がならない。俺の幼馴染と友達なのに、俺の前でこんな話をするなんてどういう神経をしているのだろうか……。とはいえ、これがサークルでは常識なのだから、流されて参加してしまった自分を呪うしかない。

 そのまま聞き続けていたらビールをぶっかけて殴りかかってしまいそうだったので、とっとと話を切り上げて戻ってきた。機嫌の悪さが表情に出ていただろうか。ソファーに寝そべり、何気なくスマホで時間を確認する。午前0時を回ったところだった。急にどっと疲労感が押し寄せてきた。もう今日の事は忘れて、気分を切り替えよう。瞑想でもして落ち着こうか……そう思っていた時だった。


 コンコン


誰かがドアをノックした。先輩だろうか。今日はもう勘弁してほしい。もう眠ったことにして、やり過ごしてしまおうかとも思ったけれど、ついさっき戻ったばかりなのに、そんなにすぐ眠れるわけもない。やれやれ……とぼやきながらドアを開ける。


 そこには、小さな手提げランタンを持った女の子が立っていた。はて、こんな女の子がいただろうか……という一瞬の戸惑い。しかしそれは次の瞬間に解消された。

 化粧をしているのだ。

 心美ちゃんだ。上目遣いに俺の表情を窺っている。数秒間、視線が交わった。


「夜分遅くにすみません……ちょっと、お話がしたくて……もう、お休みでしたか?」

「いや……ゆっくり月でも眺めようかと思っていたよ」


生憎、今夜は月が出ていない。心美ちゃんはくすくすと笑いだした。青いワンピースのスカートがわずかに揺れる。

 また数秒の沈黙。しとしとと降る雨の音だけが響く。もう、笑っていない。上目遣いで、俺の言葉を待っている。


「どうぞ、入って」


本能という名の獣が、静かに目を覚ました。

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