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本当の真紀の推理

うつらうつらしていた小雨の意識をはっきりと覚醒させたのは、真紀が勢いよく開けた襖の音だった。


 ガタン!


驚いて襖の方を見ると、真紀が無表情で立っていた。真紀の大きな瞳で見下ろされると、彼女の事をよく知っている小雨でさえもなんとなく萎縮してしまう。よく見ると、メイクを落としている。化粧したり落としたり、忙しいやっちゃな、と思った。


 真紀はそのまま、無言で元の座布団の上に正座した。チークもルージュもファンデーションも落としてしまうと、血色が悪く見えてしまうほど、透き通るような肌の白さが一層際立つ。墓地でばったり遭遇したくないタイプである。


「もしこれが殺人事件だとしたら、合理的な解釈は一つしか存在しません」


挨拶もなしに話し始める真紀を、里見刑事は呆気にとられたような顔で見つめている。


「犯人は綿密に計画を立て、条件が揃うのを待っていたのでしょう。それが、昨夜だった」


真紀はそこで一度言葉を切った。目を閉じて、頭の中を整理しているようだ。小さなお顔、小ぶりな唇、すらりと伸びた鼻筋、ややツンとした鼻先……瞼を閉じて、眼光の鋭さが隠れてしまうと、本当に人形のように見える。


「里見刑事、被害者の部屋に、刃先が引っ込むような仕掛けのある、おもちゃのナイフはありませんでしたか?」


里見刑事は若干へどもどしている。


「え、ああ、はい、パーティーグッズの中に、そんなようなものもあったように記憶していますが……」


それを聞いた真紀は、フゥ、と大きくため息をついた。蝋燭が三本ぐらいは消せる勢いだった。そして、ゆっくりと瞼を開けた。


「犯人は、あの夜、一度被害者の部屋に立ち寄り、全ての条件がクリアされている事を確認してから、瞬の部屋へ向かいました」

「お、おい、それって……」


瞬が身を乗り出したが、真紀はそれを目で制して、話を続ける。


「そして、瞬の部屋で、一緒に被害者の悲鳴を聞きます。これがアリバイとなるわけです……瞬はアリバイ作りに利用されたというわけですね。然る後に、瞬と一緒に被害者の部屋の前へ向かい、鍵がかかっている事を確認します。そして……瞬が外に出て、窓から中を確かめに行きましたね。これは、犯人にとっては想定外の出来事だったかもしれません。しかし、計画に支障を来すほどのものではなかった」


ここまでの推理だけでも、誰の事を指しているのか、小雨にも理解できた。


「それからすぐに、瞬が別荘へ向かいます。瞬が離れの玄関を出て、別荘へ歩いていくのを確認してから、犯人はドアから合図を送り、中からドアを開けてもらいます」

「中から……共犯者がいたのですか??」


今度は里見刑事が身を乗り出した。


「いえ……ドアを開けたのは被害者本人です。この時点では、被害者はまだ生きていました。ナイフを刺されてすらいなかった。悲鳴は、演技だったのです」


この一言に、一同は思わず息を飲んだ。


「恐らく、犯人と被害者は、示し合わせて私達を脅かす悪戯を計画していたのではないでしょうか。この辺りは全く想像の域を出ませんが……例えば犯人は、今廊下には誰もいないから、準備を手伝うよ、とでも言って、中に入れてもらったのかもしれません。今回の現場と同じように、血糊と刃先が引っ込むおもちゃのナイフを使った悪戯をして脅かそうとしたのではないかと推察します。そう仮定すれば、被害者が犯人に大人しく刺殺された理由も推測できます。明かりが漏れているところを誰かに見られたらおしまいですから、犯行現場は暗かった事でしょう。故に、犯人の手に握られたものがおもちゃのナイフか、サバイバルナイフか、見分ける事ができなかった。そう、例えば、手提げのランタン程度の明かりならば……まあ、本当に、この辺りはこじつけになりますが」


瞬がごくりと唾を飲んだ。


「殺害した後、犯人は、被害者がいつも鍵をしまっている、ドア付近の戸棚から鍵を取り出し、廊下に出て鍵をかけて瞬達を待っていました。そして、一緒に部屋に入り、瞬達が死体に目を奪われている隙を見て、鍵を戸棚に戻す。これが密室のトリックです」

「ち、ちょっと待ってください」


里見刑事が話を遮った。


「そこまで綿密な計画を立てた犯人が、何故そうまでして密室を作らなければならなかったのですか?鍵を戸棚にしまっているところを見られたらおしまいですよ。現象の説明にはなっているが、辻褄が合わないのではないですか」

「ええ……そうです。犯人には誤算がありました」


真紀はここで一度、障子窓を見た。小雨もその視線を追う。いつの間にか、すっかり朝になっている。チュンチュンという小鳥の声が、場違いなほどに清々しかった。


「それは、雨によって離れの周囲の地面がぬかるんでいた事……つまり、二重の密室になっていた事でした」

「……それが、どう誤算になったと言うのですか?」


ここまでずっと、真紀は微動だにしていない。私だったら、そろそろ足が痺れ始める頃合いだ。


「犯人の当初の計画では恐らく、窓を開けて外部の犯行に仕立てる手筈だったのではないかと思います。殺害した後で軽く部屋を荒らしておけば、窓の鍵を閉め忘れた被害者の部屋に物取りが侵入して鉢合わせになり、格闘の末に殺された、という見方ができます。それに、鍵がなくなっていても不自然ではありませんから、リスクを冒して鍵を戸棚に戻す必要もありません。しかし、殺害後、窓を開けようとしたところで異変に気付いた」


真紀がそこまで言い終えた時、瞬がハッと、何かに気付いたような顔をした。そんな瞬の様子を見た真紀は、口角にうっすらと笑みを浮かべる。何なんだ、一体……


「なるほど……物取りの犯行に見せかけるためには、仮想の犯人の脱出経路を確保してやらなければならないが、それが不可能だった。そのために密室を作り、自殺に見せかけるしかなかった、という事ですか……確かに、筋は通っているようですが……そんな事が、本当に有り得るのか……」

「これ以外の解釈は成り立たないと思います。犯人は、袴田心美。もしかすると、私達を眠らせる事も計画の一部だったかもしれませんね……とはいえ……」


ここで真紀は、渋そうに苦笑を作って、


「こんなにうまい話があるものかって、私自身も思います。私が里見刑事の立場だったら、そのまま自殺という事で片付けるかもしれない。殺害されたという証拠は何も発見されていないのでしょう?」

「しかし……被害者と妹はとても仲の良い兄妹だったと聞いていますよ」


この時の真紀は、どこか物悲しさを感じるように目を伏せていた。


「動機なんて、本人にしかわからないものです。自殺にしろ、他殺にしろ……例えば、今は仲のいい兄妹だったとしても、将来的には財産を巡って争う事になる、潜在的な敵かもしれない。そう考えれば、殺せるうちに殺しておく、というのは、意外と合理的な行動ではないですか?」


里見刑事は、苦虫を噛み潰したような表情で真紀の話を聞いていた。


 一通り推理を披露し終えると、真紀は腕や脚をさかんに擦り始めた。

「ったく……なんでこんな格好でウロウロしてるわけ?寒っ……」

こっちの真紀は、冷え性で、寒がりなのである。

エピローグで少し捻ります。

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