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真紀の推理

 瞬は少なからず驚いていた。いつも能天気に振る舞っている真紀が、理路整然と検証を行っているからだ。もしかして、今ここにいる真紀は、俺がよく知っている方の真紀ではないのだろうか?しかし、真紀の人格は化粧によって切り替えられるものだったはず。今の真紀は、ばっちりメイクをしているので、いつものぶりっ子な真紀のはずなのだが……。


「ん?何?何かついてる?」


見つめられている事に気付いたようだ。


「いや……今日もかわいいな、と思って」


そう言うと真紀は、にっこりと笑顔を作り、両手の手のひらを左右の頬に当て、こちら側に首を少し傾げた。これは、真紀がよく見せるぶりっ子ポーズである。


「うふふ……知ってる♡ちょっと待ってね、今、考えてるから……」


すると、今度はアヒル口を作った。右手の人差し指を立てて、下唇をちょんちょん、とつついている。いつもの真紀に間違いない。


「う~~ん……」


お次は、下唇をそっと噛むポーズ。ご存知だろうか、ハムハムポーズというらしい。絶対、意図的にやっていると思うのだが、真紀の場合はこの一連の仕草に全くよどみがなく、自然に見えるのだ。


「そうだなあ、後はもう……空中を移動した、とか……」

「え、空中?」

「そう、例えばね、瞬の推理を一部引用する事になるけど、吉川さんはあらかじめ、離れの屋根と別荘の屋根の間にロープか、或いは人一人の重さに耐えられるなにかを渡しておいたの。そして、そのロープを渡って離れに移動して先輩を殺害、殺害後は急いで離れの玄関を出て、屋根に登り、またロープを伝って別荘に戻る。この方法なら、足跡は残らないわ」


空中とは……とんでもないトリックを持ち出してきたな。


「いや……それは流石に有り得ないと思う。ロープを伝っての移動には相当時間がかかるぞ。それに、俺が離れから別荘に歩いていくのを、二階の窓から繁幸さんが目撃している。離れの屋根から別荘の屋根までロープで移動していたら、その姿を繁幸さんに見られているんじゃないか?」

「もし、吉川さんが綱渡りの達人で、瞬が離れから出てくるより前に別荘まで移動を済ませていたとしたら?」


そんな事があるだろうか……いや、まだおかしなところがある。


「仮にそうだとしても、ロープの始末はどうするんだ?別荘の屋根に辿り着いてからロープを切断したら、離れの屋根に残されたロープを処分することはできない。そんな怪しげなロープが残されていたら、警察がすぐに見つけているはずだぞ」

「そうだよねえ……瞬、冴えてる!」


真紀が嬉しそうに言った。なんだか、上手く乗せられているような気がする。


「あとはもう、何か、機械的な仕掛けを先輩の寝室に施しておいたとしか、考えられないわね……」

「仕掛け……例えば?」

「なにか、ナイフを射出する仕掛け、或いは、どこかに設置したナイフに先輩を誘導する仕掛け、かしら……」


ふと、ずっと無言のままの小雨を見た。卓袱台に俯せの姿勢のまま、寝息を立てている。


「仕掛け……俺達が見た限りでは、何もなかったぞ」

「だから、何か、一見しただけではわからないような仕掛けがあったのよ」


「そんなものはありませんでしたよ」


不意に男の声がして、俺も真紀もびくりと体を震わせた。気配を察して、小雨も目を覚ました。

 ゆっくりと襖が開いて、顔を出したのは里見刑事だ。


「いや、申し訳ない、お手洗いを借りに来てみたら、なかなか興味深いお話しが聞こえてきたものでね……盗み聞きするつもりはなかったんですよ。ちょっと、失礼してもよろしいですか?」


 真紀が手早くもう一つ座布団を用意し、真紀と小雨の間、俺の正面に敷いた。真紀と小雨は俺の側へ少し座布団をずらす。卓袱台を四方から囲む形になった。設えられた座布団に、里見刑事がどっかりと座った。真紀は、今度は正座をしている。


「被害者……いや、仏さんの寝室にあったものは、冷蔵庫いっぱいのビールと、いくつかのアウトドア用品や着替えが詰められたバッグぐらいでした。バッグから取り出されていたのは、凶器となったサバイバルナイフだけ。他のものは全て、バッグの中に収められていました。リビングの戸棚の中には、パーティーグッズというか、安手品のおもちゃのようなものと、未開封の血糊ぐらいですか。これは、そのうち遊びにでも使うつもりだったのでしょう」

「そうですか……では、密かに犯人が処分した可能性は?」

「それは……そこにいる瀬名くんがよくご存じなのではないですか?三人がほぼ同時に死体を発見し、寝室へ雪崩れ込んだのですよ。仮に、その三人のうちの誰かが犯人だとしても、処分するところを他の二人に見られてしまう。まず、不可能だと思いますね」


真紀がこちらを見る。俺は、無言で頷いた。


「それに、ナイフで心臓を一突きするためには相当の力が必要ですし、角度も重要になってきます。例えば、ボウガンのようなものを使ってナイフを飛ばしたと考えておられるのでしたら、それはほぼ不可能だと断じていい。また、仏さんをナイフの場所まで誘導するというのも無理があります。相当のスピードで思いっきりぶつからない限り、心臓まで達しないはずですが、そんな仕掛けが有り得ますか?仮に、ベッドにナイフを突き立てておいて、その上に仏さんが思いっきり寝転がったと仮定しましょう。しかし、ベッドというものは弾力があるものですから、ベッドに衝撃が吸収されて、刃先にはそれほど力がかからないのですよ」


なるほど、流石に刑事のいう事には説得力がある。真紀も反論できないようだ。


「じゃあ、あとは……例えば、実は別の部屋だったとか?」

「別の部屋?……というと?」

「だからね、例えば、先輩の部屋のドアの前に、廊下の壁と同じような見た目の板のようなものを立てておくの。一方で、その奥の部屋、物置として使われている空き部屋の鍵をかけておくのよ。先輩の悲鳴が聞こえた後、瞬と心美ちゃんが叩いたのはその物置の部屋だった、というわけ」


里見刑事はニヤニヤしながら真紀の話を聞いている。


「……で、その板はどう始末したんだ?」

「瞬が別荘に向かっている間に、壊して物置に放り込んでおいたのよ」

「つまり、心美ちゃんが犯人だ、と言いたいのか?」

「う~ん、必然的に、そうなるわね」

「心美ちゃんは、俺と一緒に先輩の悲鳴を聞いているんだぞ?」


真紀は一瞬、左手の人差し指を立てて顎に当て、右上を見て考えているような仕草をしていたが、すぐに笑顔に戻り、ぺろっと舌を出した。


「そうだった……てへぺろ☆」


てへぺろ、ってもう死語になりつつあるよな。そんな俺達の様子を見て、里見刑事が補足する。


「物置として使われていた部屋の鍵は、吉川氏がちゃんと管理していたそうですし、物置の中にもそれらしい板はありませんでしたよ。いや、一応、全員の部屋を捜索しましたが、そんなものはありませんでしたよ」


 さしもの真紀にもこれ以上アイディアが浮かんでこないと見えて、頭を抱えて押し黙っている。


「痛ッ……」


真紀が小さく呟いた。具合でも悪くなったのだろうか。


「おい、真紀……どうした?」

「ううん、何でもないの……ちょっと、お手洗いに行ってきます……里見さんも、ちょっと、ここで待っていていただけますか?」


そう言って、真紀はフラフラと部屋を出て行った。残された三人は顔を見合わせる。


「おい小雨、一応、一緒について行った方がよくないか?」

「え、あ、うん……そうね、そうしようかな」


小雨が立ち上がりかけたその時、襖がガタン、と開けられた。

一同が驚いてそちらを見ると、そこには、冷徹な眼差しの、すっぴんの真紀が、弁慶のように仁王立ちしていた。

次回が解決編になります。

これ以前の章は、既に一通りの手直しが済んでおりますので、これが決定稿です。



全く同じトリックの密室ものがどこかにあったとしたら、申し訳ない(汗)

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