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二重の密室

 真紀が目覚めたのは化粧台の前で、黒のネグリジェ姿だった。辺りを見回すと、窓の外はまだ真っ暗だ。こんな時間に私が起こされるのは珍しい。部屋には小雨の姿もない。外からがやがやと、人の話し声が聞こえる。とりあえず、急いで荷物からタンクトップとタイトスカートを取り出して着替えた。

 部屋を出るとちょうど、吉川夫人の景子さんに案内されて警察がやってきたところだった。何だろう、泥棒にでも入られたのだろうか。きょろきょろしていると、小雨がこちらに気付いた。近付いて、耳打ちする。


「ねえ、何かあったの?」

「ああ、そこからなのか……」


小雨と瞬から事件の説明を受けている間に、警察から全員別荘へ移動するように指示があった。


 別荘に着いた私達は、一旦全員リビングに集められ、事情を聞かれた。それから、空き部屋を使って個別に事情を聞かれることになった。

 事情といっても、私と小雨はずっと寝ていたので、有意義な情報を提供できるわけでもない。それでも、こちらから捜査の状況を尋ねると、刑事は案外すんなりと色々なことを教えてくれた。守秘義務はどうなっているのだろうと、こっちが心配になる。この場合は、刑事が男である事が幸いしたのだろう。よくある事だった。

 事情聴取を行った刑事は、里見と名乗った。ごましお頭にいかつい顔つきで、40代ぐらいに見受けられる。現場の指揮を任されているようだ。こんなに口が軽くて大丈夫なのだろうか。捜査能力まで不安に思えてきた。


 全員の事情聴取が終わり、別荘の中でなら自由に過ごしてよい事になった。既に日が昇り始めている。袴田夫妻は心美ちゃんを連れて部屋へ戻り、吉川夫妻も一旦自室で休むようだ。私達は、先ほどまで事情聴取が行われていた空き部屋を使わせてもらうことにした。もちろんベッドなどはないため、雑魚寝である。吉川氏が気を利かせて毛布を持ってきてくれた。


 部屋は6畳ほどの和室だった。中央に丸いテーブル、否、卓袱台が置いてある。押入れから座布団を三枚持ってきて、その卓袱台を囲むように座った。無性に緑茶が飲みたくなるシチュエーションだ。瞬は胡坐をかき、小雨は足を伸ばし、私は体育座りと、三者三様の姿勢で、しかし三人とも無言だった。脚に時々瞬の視線を感じたが、気付かなかった事にしておいた。


 瞬も小雨も、沈痛な面持ちでうなだれている。私も一応、浮かない表情を作っておいたが、袴田先輩にはあまりいい印象を持っていなかったし、それほどショックはなかった。

 身近なところで人が死んだと言っても、人はいつか死ぬものだし、人間の個体なんて遺伝子のプールの中の一滴(ひとしずく)でしかない。その一滴の中には、希少なものも、そうでないものもあるだろう。私にとって、瞬や小雨は前者で、袴田先輩は後者だった。瞬や小雨にとっても同じだったのではないだろうか。それでも、二人とも悲しんでいるように見える。社会通念として知ってはいるが、心情的にはあまり理解できなかった。


 瞬はぼんやりと宙を眺めている。小雨は卓袱台に突っ伏していたが、眠れないようだ。しばらく無言のまま時が流れた。何か、話題を提供するべきだろうか。


「私ね、刑事さんから色々、捜査状況を教えてもらったの。聞く?」


瞬も小雨も、はっとしたような表情でこちらを見る。イエスの顔だ。


「死亡推定時刻は瞬が先輩の部屋を出た0時以降から、死体が発見される1時前後

の間。凶器はサバイバルナイフ。先輩の持ち物よ。先輩はアウトドアが趣味で、荷物には他にもいくつかアウトドア用品があったみたい。荷物は寝室のベッドの横に無造作に置かれていた。死因は心臓を一突きされた事による失血死。ナイフの角度から、自殺にしてはやや不自然ではあるけれど、不可能というわけでもない……今のところ、自殺と他殺の両面から捜査しているそうよ。ただし……」

ここで少し間を置いた。


「死体発見時の現場の状況は密室だったことから、自殺という形で処理される可能性が高い」

「え、自殺?」


小雨が目を丸くした。


「あの人が自殺なんて……そんな事考えそうもないのに」


瞬は無言で考え込んでいる。


「死亡推定時刻前後に、瞬の部屋にいた瞬と心美ちゃんが」


一度言葉を切り、


「し・ゅ・ん・の・へ・や・に・い・た!!瞬と心美ちゃんが!!」


大事な事なので、強調して二度言ってみた。瞬の表情が強張る。


「え、心美ちゃんが?なんで、瞬の部屋に?」

「いや、ちょっと、お話がしたいってさ……お前らの部屋にも行ったらしいじゃないか?」


必死で弁解する瞬を、小雨がジト目で睨んでいる。


「瞬、心美ちゃんはまだ18歳未満よ?手ェ出したら……犯罪だよ?」

「出してないって、本当に!」

「へぇ~」


小雨は半信半疑のようだ。小雨は瞬の嘘を見抜くスペシャリストなので、手は出さないまでも、それに近い行為はあったのかもしれない。


「で、瞬と心美ちゃんが悲鳴を聞き、先輩の部屋へ向かったが、入口のドアには鍵がかかっていた。瞬も心美ちゃんも確認したのよね?」


瞬は無言で頷く。


「それから、瞬は一度外に出て、離れの玄関から壁伝いに先輩の部屋の窓まで行った。窓にも鍵がかかっていたのよね?」

「ああ。リビングの方も、寝室の方も閉まってた」

「実は、あの窓は鍵の部分にもサッシの部分にも結構埃がたまっていて、数週間は閉めっきりになっていたようなの」


瞬と小雨は顔を見合わせた。


「だから、密室……というわけか」

「それだけじゃないの。現場の離れ周辺は、数時間前から降り出していた雨によってぬかるんでおり、足跡がつきやすい状況だった。そして、残っていた足跡は、瞬が先輩の部屋の窓に行った時のもの、瞬が別荘へ向かった時のもの、別荘から三人がやってきたものと、少し遅れて夫人の良子さんがやってきた時のもの。これだけだったそうよ」

「……ややこしいわね。つまり……どういう事?」


小雨が眉間に皺を寄せて考え込んでいる。


「つまり、現場周辺に不審な足跡は残されていなかった。外部から誰かが侵入した形跡はなかった、という事よ」

「確かに、相当足元が悪くて、歩きづらかったな……つまり、離れ自体も密室になっていた、という事か」


瞬は顎に手を当てて、当時の状況を思い出しているようだ。


「そうなの……二重の密室」


二人とも、う~ん、と唸って黙り込んでしまった。


「先輩の部屋の鍵は、先輩が持っていたものと吉川さんが持っていたマスターキーの二つ。先輩が持っていた鍵は、部屋の戸棚の中にしまわれていた。先輩はいつもここに鍵をしまっていたと、吉川さんと心美ちゃんが証言しているわ。鍵は特殊なもので、製造元のメーカーでなければ合鍵を作れない。問い合わせてみたけれど、合鍵は作られていなかったそうよ。そして、ドアにも鍵にも、何か細工がされたような痕跡はなかった。ずっと部屋の前にいた心美ちゃんが、ドアからは誰も出て行かなかったと証言している。もちろん、秘密の抜け道のようなものもない」

「まさに、八方塞がりだな……」


重い空気が流れる。


「うん……でもね、どうせ眠れないんだから、本当にこの密室が崩せないのかどうか、皆で考えてみない?」

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