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月曜日から木曜日のノア。

 朝、目覚めた俺はまだ悩んでいた。今週は会社が休みなのだが、どうしても平日のノアの行動が知りたいという欲求を捨てる事が出来ない。しかし、この一週間をノアと一緒にまったりと過ごしたいという欲求も混在している。悩みながらもいつも通り、朝食の用意を終えた。

「ノア、ご飯が出来たよ。起きておいで」

「ふあー、良く寝た」

 そう言いながら、ノアが食卓につく。俺のTシャツと短パン姿で、美味しそうに朝食を食べるノアをみていると、別の人間がノアのことを自分のものだと思っている可能性があることが許せない。今日は会社に行くふりをして、ノアを尾行しようと決心した。


 俺はいつもの時間に家を出た。そして、ノアの外出が見える場所を選んで張り込む事にしたのだ。

 二時間近く待った午前十時頃、ノアが動き出した。部屋から出て来たノアは、ダボダボのジーンズをロールアップして、そこにTシャツの裾を突っ込んでいる。今日は上着代わりのシャツを着ていないので、Tシャツの首周りから肩が出そうになっている。俺はノアに気付かれない様に注意して尾行を開始した。


 ノアは、何か目的を持っている様に、駅方向へと歩いている。駅前商店街の中ほどに有るベーカリーショップの前で立ち止まった。

 ベーカリーショップとは名ばかりで、ただの古いパン屋にすぎない。店主は三十代なかばの男で二代目だ。以前パンを買いに行った時、常連客と店主がそんな話をしていたのを記憶している。

 ノアは自動ドアの前で、ピョンと飛び跳ねると自動ドアが開いた。旧式の自動ドアのため、跳ねないとノアに反応しなかった様だ。

 ノアは開いた自動ドアをくぐって、店に入って行った。俺は中に入るわけにいかないから、店内が見える位置を探して様子をうかがう。最初はバイトでもしているのかと思ったが、そうではないみたいだ。

 客のいない店内で、ノアは店主と話し込んでいる。店主は時折奥に引っ込んだり、焼きあがったパンを並べたりしているが、ノアがそれを手伝っている様子は無い。働いている店主の脇で話をしているだけだった。

 一時間半ほど話し込んだ後、ノアがベーカリーショップを出て来ると、店主も後を追う様に店先に出て来た。

「ノアちゃん、今日も楽しかったよ。これ、持って行きな」

「おじさん、ありがとう」

 そう言って、パンが入っていると思われる袋を受け取った。ノアはベーカリーショップの店主に会釈して歩き始める。今度はどこへ向かうのだろうか? 俺の部屋とは逆方向に向かっている。


 駅前商店街を抜け、駅の反対側に出た。さらに歩き続けて、公園へと辿たどり着いた。

 この公園は大きな池を中心にして、その周囲を整備したもののようだ。池にはボートが浮かんでいて、休日などはカップルの姿も多い。桜の時期には花見客でにぎわう公園だった。

 ノアは公園のベンチに腰掛け、ベーカリーショップでもらったパンを食べ始めた。俺も腹が減って来たので、公園入り口に有るコンビニでパンとコーヒーを買って食べた。買い物をしている間にノアが移動したらどうしようかと思ったが、ノアはじっとベンチに座り、池の水面を見つめていた。

 ノアは、ただ池を見つめたまま、三時間程の時間を消費した。

 下校時間になったのだろう。ランドセルを背負った小学生達がノアを見付けて寄って来た。

「ノアちゃんだ」

「ノアちゃん遊ぼうよ」

 小学生達がノアに声をかけた。ノアは小学生達とボール遊びをしたり、鬼ごっこみたいな事をしながら、一時間くらい遊んでいた。

「そろそろ帰らなくちゃ。ノアちゃん、また明日ね」

 小学生達はそう言って帰って行った。

 どうやらノアはここで毎日、小学生達と遊んでいる様だ。それからさらに一時間程池を見つめた後、ノアは帰途についた。

 ノアが俺の部屋に入るのを確かめた後、俺は駅方面に歩き始めた。会社に行っている事になっているから、この時間に帰るわけにはいかない。俺は駅前のカフェで、今日のノアの行動を整理した。


 ノアは午前十時過ぎから、ベーカリーショップで店主と話し込んでいた。いったい何を話していたのだろう? ガラス越しに見えるノアの笑顔が気になった。俺と話していても、あれ程の笑顔を見せる事はない。いったいどういう関係なのだろう。

 その後、公園で池を見つめていたのはなぜだろう? 普通、あれほどの時間、池を見つめていられるのだろうか? きっと池に何か思い入れが有るのだろう。ノアのことを知りたくて始めた尾行だったが、ますます解らなくなってしまった。

 帰宅する時間が近付いたので、カフェを出て帰路についた。

 部屋に帰ると、いつもと何も変わらないノアがいる。いつもと変わらない時間が過ぎて、今日一日が終了した。


 翌朝、今日もノアを尾行するつもりだ。いつもの様に朝食を用意して、ノアを起こした。いつもの様に、ノアが朝食を食べるのを眺めてから、家を出た。昨日と同じように、ノアが出て来るのを待っていた。今日も十時にノアが出て来た。俺は昨日と同様に、ノアの尾行を開始した。

 ノアは今日も駅前商店街へ向かって歩いて行く。またベーカリーショップへ行くのかと思ったら、手前の理髪店に入って行った。理髪店のガラス窓にはレースのカーテンが取り付けられていて、中が良く見えなかった。俺は位置を移動しながら、中をのぞける場所を探した。

 うまい具合に入り口ドアから中が見える場所を見付け、店内をのぞくと待合スペースの椅子に腰かけたノアが見えた。ノアの前には理髪店のおばちゃんが座っている。ノアの表情は見えなかったけれど、おばちゃんは楽しそうに笑っている。たぶんノアも笑いながら話をしているのだろう。

 いつものノアを見ていると、それほど社交的な感じは受けないのだが、昨日のベーカリーショップといい、今日の理髪店といい、本質的には社交的な娘なのかも知れない。

 一昨日のアツシの彼女との件でも、最初の内は俺の陰に隠れていたけれど、数時間後にはミサトさんと親しげに話していた。やはり、環境変化が苦手なだけで、自分のテリトリーでは社交的で行動的なのだろう。本当に猫の様だ!

 平日の理髪店はあまり客が来なかった。ノアが入ってから、かれこれ二時間になるというのに一人しか客が来ていない。おばちゃんがお客さんの散髪をしている間、ノアはマンガを読んでいる様だった。

 ノアが理髪店を出て来たのは、一時を回った頃だった。ノアは店を出るときに、おばちゃんに向かって言った。

「お昼御飯、ごちそうさまでした」

「どういたしまして、また来てね。ノアちゃんも大変だろうけれど、頑張るのよ」

「はい、今は優しい人の所でお世話になっているから大丈夫ですよ。また来ますね」

 ノアが大変? 何が大変なのだろうか? 優しい人の所って言うのは、俺の所って言う事だよなぁ。などと考えていたら、腹がグーと鳴った。そう言えば、ノアは昼飯を食べたようだけれど、俺は食べていない。このままノアを尾行すると、昼飯を食べそこなうかも知れない。そう思うとちょっと切ない気分になったが、ここで尾行をやめるわけにはいかない。


 その後ノアは、昨日行った公園に入って行った。公園では、昨日と同じベンチに座って、昨日と同じように池を見つめている。三時頃になると、やはり昨日と同じ小学生達が現れ、一緒に遊んでいた。そして、小学生達が帰った後も、昨日と同じように池を見つめた後、帰宅した。

 どうやら、昼飯は毎日別々の所でごちそうになっている様だが、その後はいつも同じ公園で同じように過ごしているのだろう。

 俺は駅前で時間を調整してから帰宅した。そしていつもと同じように、一日が終わった。


 翌日もノアを尾行した。今日のノアは商店街の八百屋へ行った。八百屋の内部は外から良く見えるが、その分向こうからもこっちが見えやすい。ノアに見付からない様にするため、物陰にじっと隠れて様子をうかがった。傍から見たらかなりヤバイ奴だったろうが、幸運な事に、誰にも見咎みとがめられることは無かった。

 ノアは八百屋の夫婦の手伝いをしながら、昼過ぎまでいた。八百屋では楽しそうに店を手伝っていた。

 昨日と同じように、昼飯をごちそうになった様だ。俺はそうなる事を予想して、コンビニでパンを買い込んでいたから、昨日のような切ない気持になる事は無かった。その後のノアは、公園に行き、池を見つめ、小学生と遊び、再び池を見つめてから帰宅した。


 その翌日もノアを尾行した。ノアは毎日ほぼ同じ行動をとっている様だ。今日も昨日とほぼ同じ行動だった。

 違っていたのは、最初の行き先が、公園近くに出店している移動ハンバーガーショップで、そこで店員の様に客の注文を聞いたり、ハンバーガーや飲み物を客に出したりしていた。昼食の客の姿が無くなると、店主からハンバーガーと飲み物をもらい、いつもの公園のいつものベンチで食べていた。

 そして、昨日と同じように、池を見つめ、小学生と遊び、再び池を見つめてから帰宅した。


 ノアの行動は完全にパターン化されている様だ。いつもの道を通ってテリトリーのパトロールをし、いつもの場所でいつもの人から食べ物をもらう。完全に猫の生態じゃないか。

 しかし、公園の池にはどんな思い入れが有るのだろうか?





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