4話 国民と宰相とビールと魔物使い
「話を聞いて思っていたよりも、レベル差が凄いな…」と国王が呟く。
「あの、そもそもこのレベルってなんなんですか?イマイチはっきりとわからないんですが…」
「ああ、勇者様方の世界には無い概念だったな、…何と説明すればいいか…ああ、ジャック頼む」
「丸投げか、全く…」
丸投げされた宰相曰く、レベルとは体内の魔力密度を表す言葉である。
魔力密度が濃くなると、身体能力の増強や魔法の扱い方に大きく影響するらしい。
魔力密度をあげる為には、所謂戦闘訓練をして大気中にある微量な魔力を体内に取り込む・大気中にある魔力を吸収して育った食材を口にする(魔力を多く吸収した食材程美味になるらしい)・魔物を倒しその魔物の魔力を取り込む…
主にこの3つだそうだ。
因みに、この世界の成人男性の平均レベルが10、国の兵士は15、騎士は20が最低ラインで平均は40程、近衛騎士で80程。
冒険者でも高い者なら100程だが、平均は2~30程なので、4人のレベルが如何に高いかがよくわかる。
「じゃあさ、翔さんの場合、ぼく達が魔物と戦って、所謂パワーレベリングって奴やれば良いんじゃない?」
「いや、そうもいかん…ぱわーれべりんぐがよくわからんが、確かにパーティを組めば倒した者以外にも魔力は流れる、だがレベルが開きすぎると、低い者には一切流れないんだ、何故かはわからんが」
何故まことがパワーレベリングなんてネトゲ用語を知っているのか、ちょっと気になったが宰相の言葉を聞くと、どうやら俺はこの4人と別行動をする必要がありそうだ。
「さっき言っていた護衛騎士くらいならちょっといいんじゃないか?」
「多分な、それよりオルステット、時間はどれくらい稼げそうだ?」
「ああ、1週間…て所だな」
1週間?…なんの話だろうか。
「あの…」
「ん?ああ、ちょっとこっちの都合があってな…異世界の客人方の戦闘訓練に取れる時間が1週間しかないって話だ」
「1週間!?」
いや、いくらなんでも短すぎる…
「いや、悪いとは思ってるぜ?でもな、ここだけの話だが近々隣国と戦争があるかも知れねぇんだよ、んで、バカな貴族は勇者を戦力にしようと企んでやがる…」
「情けない話だが、貴方達の存在を貴族共から隠すのが、1週間が限度って訳だ」
成る程…確かに平均レベル50くらいの戦場に200もある勇者は最高の戦力になるだろう、しかし―
「ちょっ…流石に戦争とか、無理無理無理!」
「魔物とか魔王を倒すのだって怖いのに…」
「そうだよ!」
「確かに、人を殺めるのはちょっと…」
そう、我ら日本人の未来ある若者にただでさえ魔王討伐を任せるしかないのに、人殺しまでさせられない。
「わかっている、だから1週間なのだ、その間に準備を済ませて旅に出て欲しい、当然、最大限可能な限りの支援はする、旅に出れば、貴族も追ってこないしな」
「後は噂も流さんとな…勇者のレベルは100だった、辺りで流しておくか…」
国としては勇者を戦場へ出さない方針のようで安心した、まだ出会って数時間だが、この国王と宰相は信用出来そうだ。
「わ…わかりました…」
「うむ、さて、他に質問はあるか?」
「あの…勇者と魔王とはそもそも何なのでしょうか?」
桜宮嬢の質問。
「ふむ…それはだな―」
宰相曰く勇者とは、神に選ばれ、強大な力を与えられた者の事らしい。
勇者の始まりは今から2000年程前、この世界に突如として現れた魔王に対する為に神が人々に与えた、最終兵器だった。
勇者召喚とは、この世界で資格のある者が儀式を行い、神がその資格ある者の魔力を使い、空間を操り別の世界から強大な力に耐えうる器を探し出し、力を与えこちらへ送り出す、そういうシステムである。
勇者は魔王と戦うために呼び出される者であり、これまで、その力を無理矢理戦争に使った国は神の怒りにあい、滅ぼされたという。
その事を理解していない貴族、若しくは「我々なら大丈夫」などという貴族は、勇者を戦争に使うべきと主張している、と言うのがさっきの話。
4人は確かに強大な力を与えられた勇者だ、だが、俺はどうなのだろうか…神に力を与えられはしたが、強大…という程ではない、ので聞いてみた。
「確かにそうだ、だからさっきショウ殿は勇者では無い…と言ったんだ」
「なら最悪、勇者では無いけどある意味、勇者の様な俺が参加すれば、貴族は黙らせられますね、異世界から来ている訳だし」
「「「「翔さん!?」」」」
「いや、最悪の時の話だよ?俺だって人殺しは嫌だし、でもお前らが無理矢理参加させられるような事態になったら不味いしな」
その時は覚悟を決めるしかない…何もかも押し付ける訳には行かない。
「まあ、こちらもそのつもりはない、さて、次に魔王についてだが、正直良くわかっていない…」
今わかっているのは、およそ200年に1度現れては、大暴れするらしい。
その正体は魔物が強大な魔力を得て進化する―だの、異世界から来ている―だの、色々な説がある。
「わかっているのは、魔王が出現すると世界中に魔力を振り撒き、大量の強力な魔物が現れるって事だな」
「因みに、今はまだその位置すら特定出来ていない…勇者方には、この大陸を旅して探して欲しいのだよ」
わかりやすい魔王城とかは無いようだ。
「他に質問はあるかな?」
「「「「…………」」」」
「今日は疲れているだろう、食事と部屋を用意するからゆっくりしてくれ」
宰相に促され、部屋を出ようとした俺達に―
「ああ、ちょっと待ってくれ」
「どうした?オルステット?客人を休ませねば…」
「なあ、異世界の食べ物とか持ってないか?」
「ああ、史書にあったな、異世界の食べ物の話が…全く、お前は…くくく、変わらんな」
…食べ物?4人を見ると、首を横に振っていた。
「俺、そもそも荷物無いし…」
「僕も同じ…あ、鋏ならあるか」
「ぼくも何もないね」
「私も水位しか…あ、翔さん、何か持ってませんでした?」
…ある、ビールとビーフジャーキーが。
「えっと、渡す前に…この世界にアルコールって何がありますか?」
「あるこーる?」
あ、アルコールがわからないか…
「お酒です、えっと…飲むと酔う奴、何がありますか?」
「ああ、ワインの事か」
「ワインだけ…じゃあ大丈夫かな…これです、ビールと言います」
―ガタッ!
「「びーるだと!?」」
「えっ…あ、はい」
「あの伝説の―」
「ああ、初代勇者が―」
何やらボソボソと話す二人。
「も…貰ってもいいか?」
「ど…どうぞ」とビールを国王を渡す。
「本当は冷えてる方が美味しいんですが…」
買ってから結構経っている、流石に温くなっていた。
「ふむ、オルステット、ちょっと貸せ」
「ん?ああ、ほれ」
次の瞬間、宰相から魔力を感じた。
「氷の魔法で冷やした、で、どうやって開けるんだ?」
「まて、何故にお前が飲む用意をしている」
「冷やしたのは私だ、なら飲むのも私だ」
「貴様…!!」
国王と宰相がビールを奪い合って、殺気立っていく。
「ち…ちょっと待ってください、もう1つありますから!」
「「おお!!」」
もう1つを手渡し、それも宰相が冷やし、開け方を教えて飲み始めた。
―ゴクッゴクッゴクッ…夢中だ。
「びーるとは、初代勇者も持っていた飲料で、史書にも書かれていて絶賛された飲料なんですよ」
エストリーゼ王女が苦笑しながら、そう教えてくれた。
「その際、解析しようとしたんですが1つしかなくて、しかも当時の王様が一飲みしてしまい出来なくなかったとかで」
その後、勇者も何とか再現しようとしたが、作り方を知らず完成には至らなかったとか…あ、飲みきった。
「旨い!!ってしまった!飲みきってしまった!ジャック!?」
「もう遅い、私も全部飲んでしまった…当時の国王もこうだったんだろうな…」
「あの、さっきの解析って何ですか?」
「ん?ああ無魔法にな、その物の成分や作り方のわかるようになる『解析』という魔法があるんだよ」
なにそれべんり。
「とはいえ、実物が完全な状態で無いとな…くそっ、このびーるを解析していれば、かなりの金になったんだが…」
「ああ、売れるだろうな…俺も買う」
…覚えているだろうか、あの日、飲み足りなかった俺が買った缶ビールの本数を。
「…実はまだ…後1つあったり…」
「「なん…だと…!?」」
ゆっくりと鞄から最後の1本を取り出す。
「ショウ殿、譲って…いや、売ってくれんか?」
国王にすらタメ口な宰相が下手に出てきた。
「宰相、国庫から幾ら出せる?」
…ちょっと王様?国庫て。
「うむ…金貨2000…いや3000は出したい…が足りんな…」
貨幣価値がわからんが、何か凄そうな金額が出る。
「国家年間予算の半分か…いや、確かにその価値はあるな」
!?何だその金額は!!
「いや、あの…」
「だが問題はそれだけデカイと直ぐには動かせん…」
「だな…しかし―」
「ああ、だからな―」
「成る程―」
呆然とする俺らをほっておき、二人の話が進んでいく。
「なあ、翔さん、何か話が大きくなってないか?」
ですよねー、レオくんれいせい。
「うん、ただふざけて勿体振って出しただけなんだけど…」
「国家予算とかいってたよね…ねえ、スズハちゃん、日本の国家予算て幾らだっけ?」
「確か今年は100兆とかあった筈…」
いや、流石にそれは…半分で50兆?
「わお、凄い!」
「いや、流石に貨幣価値も違うだろうし…」
「わかんないよ?りんたろくん、ねえ、エストリーゼ様、この国で生活するのに一人辺り年間幾らくらい?」
まことの質問に呆然としていたエストリーゼ王女が、ハッとしたように反応して答えてくれた。
「えっと…国民の平均月収が銀貨5枚~10枚程で…貴族でも年間金貨5枚位ですよ?」
「なにそれ、こわい」
「翔さん、落ち着いて!」
落ち着いてますよ?まことさん…いや、あんまり落ち着いてないな、偶々持ってたビールがあの価値とか…
「あのー、エストリーゼ様、この世界での水を持ち歩く手段って、なんですか?」
「え?えっと、主に牛の革を鞣
なめ
した物ですね、水が駄目になりやすいのが難点ですが…他の素材でもあんまり変わりませんし」
うん、俺のタブレットに入ってる魔法瓶の作り方とかヤバくね?
「どうしたの?翔さん…」
まことが小声で話掛けてきた。
「いやな、俺のタブレットに魔法瓶の作り方とか、入ってるんだよ…」
「アー…ビールでこれなら魔法瓶何て国が買えちゃうんじゃない?」
なげやりな返事!!いや、そうなりそうでこわい。
「取り敢えず黙ってた方がいいかもしれませんね…」
桜宮嬢の意見に全面賛成する事に。
―しばらくして、結論が出たみたいだ。
「うむ、金貨3000枚を分割でどうだろうか?」
もうどうにでもなれだ。
「いいですよ、それで」
「よし、契約成立だ!」
宰相と固い握手をかわし、ドッと疲れた俺達はエストリーゼ王女の案内の下、部屋へ移動した。