引きこもりな俺がなぜか外出をしている件について。
時は流れて翌日。昨晩妹の取り出した一通の封書によって俺はなぜか人通りの多いショッピングモールに足を運んでいた、そう妹と「二人きり」でだ。なぜ俺が外出しているのか、しかも妹と二人きりでどうしてショッピングモールなのかという疑問は昨晩に遡る。
「それだけは勘弁してください」
俺の必死の懇願に耳を貸す妹の溜息が聞こえた刹那俺は密かにガッツポーズを決めていた。何かと俺に甘い和茶の事だ、きっと今回も折れてくれるに違いない。そんな期待と希望に満ち溢れたガッツポーズも彼女の一言でそんな願望と共に床へと零れ落ちる。
「却下します」
「ですよねー」
和茶は俺の言葉を棄却した後俺の前へ静かに腰を落としては掌を差し伸べてきた。俺はその掌を取りながら彼女を見つめると彼女は浅い溜息を漏らしながら視線を俺の前進へと配せながら唇を開き言葉を紡ぐ。
「正直な事を申し上げますがお兄様。憧れの方に会いに行くのにそのような容姿は妹目から見ましても如何なものかと思います」
確かに。彼女の言葉を耳に立ち上がっては食器棚に反射する自身の容姿を確認し、そう感じた。髪は見事に伸びきっていて前髪で両目が隠れていて非常に見るに堪えない。季節感総無視な赤いパーカーにGパンという外出するには程遠いコーディネート、正直俺超ダサい。
実は先ほどの封書というのは俺が全力で推しているとある新人声優のトーク&握手会イベントに当選を果たしたという通知だったのだ。俺が腰を抜かしたの理由は正に当選という二文字に酷く驚愕したというのも勿論だが、その新人声優―"甘槻 花"が俺の非常に敬愛しているアニメ「Rosalia Queen,」の主人公で吸血鬼のローザリィの声優なのである。Rosalia Queen,とは簡潔に説明すると吸血鬼の世界の女王が吸血鬼と敵対し吸血鬼達の住む国の領土を狙う魔族達へ直接手を下すというアニメである。このアニメの魅力といえば数多くあるがなんといっても作画とBGM、これに尽きる。有名な作曲者が手掛けていて作画を担当しているスタジオも有名、ただ視聴率が伸びないのは非常に残虐性がある―俗にいう"グロテスク"な描写を含んでいるからだろう。故に深夜放送なのである。ちなみに俺が視聴録画していたのはニマニマ動画での配信日が夕方だからだ。ちなみに地上波放送も見ているしBDに録画も完璧。抜かりはない。来月より続々と発売するBDも無論予約済だ。
それだけ熱を入れている作品の、しかも自分がもっとも推している甘槻花―はなちょんのイベントに参加出来るとなると嬉しさを通り越して緊張とどうしようもない申し訳無さに駆られてしまう。それもこのアニメは万人受けしないが故にコアなファンが非常に多く抽選に漏れた甘花連盟の同志たち(甘槻花のファンクラブの会員)の落胆する顔を思い浮かべただけで後ろ髪引かれる思いだ。だがしかし、そんな俺に妹からの一喝が俺の心を突き動かした。
「お兄様、そうやって落胆している暇があるのなら他の同志さん達の為に立ち上がるべきなのでは?」
「和茶、お前…。」
確かに落胆していては俺が当選した為に悲しみに暮れている同志たちの気持ちや情熱を無碍にしてしまう。妹に励まされる程に駄目な俺だがその言葉にいつの間にかすくっと立ち上がり両の拳を天井へ突き上げた刹那力いっぱい叫んでいた。
「はなちょーん!俺、頑張るから。はなちょんに会うに相応しい男になるから!」
「その意気ですわ、お兄様。…ですが」
「おう、どうした?和茶!」
「…窓が開いているので近隣住民の方に駄々漏れです」
「……。」
そんなこんなでその羞恥を見事に乗り切った俺は中学生以来の電車に乗り物酔いをしながらも漸くショッピングモールへと辿り着いたのだ。無論昨晩通りの服装にジャンパーを羽織って。ただ一つだけ違うのは道中立ち寄った妹行きつけの原宿のオモテサンドウ?という場所に位置する美容院で髪をカットしてきた事。お陰で普段の陰湿なイメージは多少払拭され、見た目も大分スッキリしたがやはり服装の事もあってか未だダサい。という訳で辿り着いたのは今若者に注目されているという噂のまるきゅというかわいい響きのショッピングモール。いや、ショッピングモールというかビルか。いや、ビルだが。まあこの際ショッピングモールという認識でいいだろう。例えるならば、大手百貨店の南部百貨店とかハトポッポドウとかそんなイメージなんだよ。
だがしかしだ、まるきゅをそれらファミリー世代に大人気!寧ろ彼らの味方であるというイメージだと勝手に推測していたあの時の俺を笑いたい。和茶に促されるまま足を踏み入れた引きこもりの俺には全く無縁な世界、俺が言うのも可笑しいが"今時の若者"の世界がそこにはあった。着飾った綺麗、というか派手な印象が女子高校生や男子高校生。俺が学生生活をエンジョイしていたらきっとこうなってたのかもしれないと、そう思ったら切ないような良かったようななんとも不思議な感覚だった。だがこれだけは言える。
「俺、スゲー浮いてる。」
「お兄様はちゃんとした服装をしていればそれなりなのに今までおざなりにしてきたからです」
俺の呟きを逃さず聞いていた和茶はそう淡々と紡ぎ浅い吐息を漏らすと俺の手を取りながら真っ先にエスカレーターへと向かっていく。予めチェックをしていてくれていたのだろうか、迷うことなく目的のフロア内にある店へ到着したのか和茶は俺の手を離して一目散に走っていく。妹よ、兄はお前から見放されたらこの地で生きていける自信は皆無なのだが。そんな妹を見つめながらふと店名へと視線を向けた刹那和茶の嬉々とした声に俺はしっかり笑えていただろうか。否、笑えてない。寧ろ引き攣った笑みで彼女の手にするそれを見つめていた事だろう。
男子高校生な兄が女子中学生の妹に甘ロリのワンピース(明らかに女性モノ)を勧められそうになっている非常に滑稽な瞬間だった。
「折角お兄様に似合いそうだと思っていましたのに」
「俺は性別をジャンプするなんて未知の挑戦はしたくない」
妹とそんな軽口を叩き合いながら道を歩く。結局、その店では和茶の新しい洋服を購入した後まるきゅに興味が少しあった俺は本位でふらついたり普通に買物をしたりした。その際まるきゅは女性専門のショッピングフロアしかないということが判明し、普段服を欲しがらない和茶の服を何着か買い、店員さんに教えて貰ったメンズファッションも扱っているマルヒという百貨店へと向かった。流石百貨店、落ち着いた雰囲気がとても落ち着く。やはり俺は静寂が一番好きだ、ちなみに店内が真っ暗だと更に落ち着くのだが。
フロアマップと格闘をしながら歩く和茶の隣でそう思いながら「それでもはなちょんの為」と小声で呟いていた俺は至極怪しかったのだろう呟きを聞き道行く女性は引くような、そんな痛い眼差しを俺へと向けてきた。我慢だ、我慢。そう大分痛手を受けている自分を慰めるように頭の中で呟きながら辺りを見回し自身も目的の店を探す。
あ、と呟く和茶と共に足を止めては店内を覗き込み店名を確認。目的地に到着した事を確認した俺たちは互いに顔を見合わせて笑うと店内へと入っていた。今流行りのメンズファッションブランド、カジュアルな服を取り揃えていて意外と安い。正に高校生の味方と言わんばかりの店である。和茶と服を眺めている途中目に映ったショーケースに飾られているピアスに目を奪われた。シルバーで出来た髑髏とイヤーカフ、正直スゲェ俺好み。中学の時から髑髏とか十字架とかが好きで、その趣味は今も変わらず。通販で頼むピアスも、アクセサリー類も大体がシルバーでしかも髑髏とか十字架とかパンク系のものをチョイスする位に。暫くその場に立ち往生しているとふと声を掛けられ振り返る、時が止まる。
「やあやあ、誰かと思ったらつーくんじゃないかっ!家から出てるの一年ぶりに見たよー」
髑髏のピアスを付けた緩いカーブを描いた髪を靡かせながら優しく顔を覗いてきた彼女に俺は目を見開く。驚愕にも似た恐怖の旋律が耳に響く、嗚呼…終わった。俺の頭の中に終焉の鐘が鳴り響いた。