引きこもりな俺がなぜか家族紹介をしてる件について。
引き上げられるように意識を浮上させては目覚ましの音を叩き消す、視界に飛び込んできたのは天井。刹那薄暗い部屋の中に射し込む光をシャットダウンするようにカーテンを閉め切る。静寂、今この場を表現するにはこれが一番適切な表現だと思う。その静寂の中視線を先日買ったばかりのパソコンへと向ける。視聴予約をしていた今季開始のアニメを見るためだ、目覚ましをかけたのは放送開始までの間惰眠を貪りたかっただけで決して学校なんていうリア充達の巣窟に行く為ではない。そこは訂正しておく。
ベットより起き上がりパソコンが置いてあるデスクへと向かい椅子へと腰を落としながらスリープモードを解除した瞬間、この鬱々とした空間が楽園と化すのだ。俺は毎週訪れるこの瞬間が堪らなく好きで好きで一層の事毎日この感覚を味わわせてくれやしないかと信じもしない神へ願っているのだ。
『貴様の策略も此処までだ、覚悟するがいい!』
俺の女神が降臨した瞬間、電気すらつけていない空間へ一気に光が挿し、瞬いた気がした。
エンディングと共に流れる原画師の本気を垣間見る事の出来る素晴らしく美麗な映像を眺めながら涙を流し感傷に浸るのは俺、雨椿 律。平々凡々な高校生、だがしかし現在訳あり引きこもり中。ちなみに今時の言葉でいうと絶賛自宅警備員なーうって感じ。かと言っていじめられた訳ではなく周りより浮いている訳でもない、浮いているかどうかすら分からない。なぜなら俺が引きこもりになったのは入学式の翌日、登校二日目で引きこもりへの道を歩み始めたのだから。理由なんてとうに記憶の片隅へと追いやった、寧ろこの楽園への扉を開くチャンスを与えてくれたそいつに今はただ感謝がしたい。ちなみに前述の発言"学校というリア充の巣窟"というのは俺の拙い知識とバラエティ番組で得た無駄知識の賜物である。それが正解かどうかすら絶賛引きこもり中の俺には知る術もないのだが。それは扠措き楽園を堪能した余韻を台無しにしないよう速やかにパソコンを再度スリープモードにすると俺はベットへと飛び込む、その瞬間ドアを叩く無機質な音に再度起き上がると扉を開いた。
「兄様、夕餉の準備が出来ましてよ?」
「和茶は間がよく分かってるな、有難う」
俺はそっと目の前の黒髪を掻き混ぜるように撫でた。この恭しく笑う少女は俺の妹で絶賛中学校生活を有意義に満喫している妹の和茶。母親の口調が移ったのか少々、いやかなり特徴的な喋り方をするがどこにでもいる普通の中学生だ。和茶の髪を撫でた瞬間香る女子特有の甘いシャンプーの香りに若干の照れを感じる。高校生活を普通に送っていれば慣れてしまうものなのだろうが生憎俺には耐性が無いようだ。
「ふふ、私は兄様の妹ですから。それ位分かって当然ですわ」
和茶は俺が引きこもった経緯に関しても俺の現状に関しても文句一つ言わずにこうして様子を見に来てくれる。両親は海外出張などが多くほぼ二人暮らしも同然で苦労もそれなりにかけている。けれど和茶は文句一つ言わずに家事をこなす。本当にいいお嫁さんになる、まだ嫁にはやらないが。シスコン上等!俺の妹は世界で一番出来る子だ。
そんな独白を悶々と紡いでいるも途中和茶に促された俺は階下へと下りる。リビングの扉を開いた瞬間香る美味しそうな匂いを堪能し中央に構えているテーブルを避けるようにテレビの直ぐ左の席、普段の定位置へと腰を落とした。和茶はその向かいへと腰を落とす。テレビをつけよく見るバラエティを二人で眺めながら他愛のない話をする、それが俺たち兄妹の日常だ。こんな日常風景を見ていれば俺が引きこもりといういう事実は風化していくのだが明日の朝になれば俺は自室で暇を持て余す毎日で和茶は中学校生活を送る、そんな日常がまた始まる。
「そういえば、兄様宛に封書がきてましたわ。あちらに」
味噌汁を口にすると和茶は何食わぬ顔でそう告げると再び夕食へと箸を進める。俺は箸を置き立ち上がると棚へと歩み寄り封書へと手を伸ばした。引きこもって以来来る郵便物といえばインターネット料金や携帯料金の請求書や定期的にくる郵貯の取引履歴が記載された封書位なのだがその封書にはいずれにも該当しない住所と宛先が記載されていた、間違いかと思ったが宛名は間違いなく"雨椿 律様"そう、俺である。
だがしかし、この封書を送ってきた宛先には見覚えがある。俺は動揺し和茶は利用するが普段全く使用しないペーパーナイフを用いて恐る恐る封書を開いては何ヶ月も手入れをしていないだらしなく伸ばした前髪を掻き揚げながら中の文章を読み進めていく。和茶も気が気で無いのか箸を止め固唾を呑んで俺の様子を見守っている。
「兄様どうかしまして?」
沈黙を破ったのは妹の和茶。俺は和茶の言葉に驚き肩を揺らした後封書を落とした。困惑する妹へ俺は震える唇をゆっくりと開き言葉を紡いだ。脳内を揺さぶられ脳髄が揺れるような感覚、そんな感覚は本来ならば存在しないのだが今の心境を俺の拙い語彙力で語るにはそれしか思い浮かばなかったのだ。
「和茶、俺どうすればいい?」
「どうすれば良いかと言われましても、私には事態が読めません」
重い雰囲気を醸し出す俺へ宛てた妹の正論、確かにそうだ俺は混乱の余り抽象的な発言しかしていない。そんな和茶へ俺は一枚の紙を差し出した。和茶は一通り文書を読み終えてはそれを丁寧に三つ折りにしては封筒へと収めた。そして俺を嘗めるように眺めながら唇を開く。
「そうですね、取り急ぎ私が言える事は…」
「言える事は…?」
「明日は私は休みです、物分りのいい兄様なら此処まで言えばお分かりですわよね?」
仁王立ちをしながら笑顔ながらも有無を言わさぬ雰囲気を醸し出している彼女に反論できる訳もなく俺は屈服するようにその場へと座し深々と頭を下げた。
「それだけは勘弁して下さい」