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「なにを考えてるんだ、あの馬鹿は」
思ったことをそのまま口に出した。
「できるできないの問題じゃないっての。ま、朝比奈、相手してやってよ」
ご飯できたわよ、と山崎がしあの背中に声をかける。
いつも以上にぼんやりとした顔で、ゆっくりと振り返った。
「ごはん、…のりたま…」
「あるある。ほら、こっちおいで」
タンシチューとニース風サラダ。
普通ならこれにバゲットをつけるのだが、お気に入りのふりかけをリクエストしたしあのために、炊き立てのご飯を出す。
週の半分は、しあはここで夕食をとる。
同じく、週に2回くらい、叶もここに来る。
カウンター席に座って、やっと、自分の隣に叶がいることに気付く。
「あ、」
「あ、じゃねぇ」
「叶さんだ」
「今までどこ見てたんだ」
透子と山崎はさっきから、ニヤニヤと笑うばかりで一言もしゃべらない。
「叶さん、あたしと恋してください」
ついに二人が吹き出した。
叶はあきれた。
「馬鹿かお前は」
「なんで」
「なんでって、」
透子は煙草をくわえたままそっぽを向いているし、山崎は開店準備と称して厨房に引っ込んでしまった。
そのくせ、耳だけはこちらに集中しているのが鈍い叶でも分かる。
薄情な奴らだ。
だいたい、しあに常識を教えてやるのは透子や山崎の担当じゃないのか。
「お前に付き合うような暇はない」
「なんで」
「俺は忙しいんだ」
「忙しかったら恋、はできないですか」
「できないね」
「じゃあ、他の人探します」
「は?」
なんだそれは。
つまり、叶じゃなくても構わないということ。
つまり、要は、誰でもいいというわけだ。
しあが自分の事を恋愛対象として見ていたなどとは思ってもいなかったが。
ここまで頭が悪いとは思わなかった。
「お前ほんとにバカだな」
「んぐ?」
ふりかけをたっぷりかけたご飯を口いっぱいに頬張っている。
リスでもここまで酷くない。
「あのな、…」
何と説明したらいいのか。
「ピアノがうまくなりたくてその、なんだ。恋、がしたいわけだろ?」
なぜか恋、と言うだけで動揺する。
「ん」
口に物が入りすぎて喋れない。こくん、と頷く。
「で、わざわざ俺じゃなくてもいいわけだ」
「んんん…?」
叶の言わんとすることが分からないらしく、首をかしげる。
間違っても、頬を膨らませたまま小首をかしげる姿を、可愛いと思ってはいけない。
間違っても。
「あのな、そういうんじゃねぇんだよ」
こんな言い方では、しあは分からないだろうなと思ったら、案の定。
ごくんとご飯を飲み込むと、しあは叶以上の無神経さで言い放った。
「叶さんの説明、わかんない」
あまりの怒りに絶句する叶を、透子と山崎は腹を抱えて笑いを押し殺した。
「叶さん、恋ってなんですか?」
「知るか! 透子に聞け、透子に」