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「透子ちゃん。恋がしたい」
しあなりに真剣に訴えたつもりだった。
2秒固まって、透子は吹き出した。
「なに言ってんのアンタ。いきなり」
毛先をパツンと切りそろえた前下がりのボブカット。
黒い髪をさらに黒く染めている。
気の強そうな目、本人が一番気に入っている、ぽってりとした自称「エロいくちびる」。
化粧も服装も、自分を一番良く見せる方法を知っている、といった感じだ。
部外者のくせに、大学内のカフェの窓際、川土手がずっと望める、特等席を陣取っている。
今年の桜は少し遅い。4月も半ばだが、まだ咲いている。
しあと並んで立つと、身長も体型もほとんど変わらないのに、透子は見た目も中身もまるで正反対だ。
白と黒。
オーソドックスとアヴァンギャルド。
パステルカラーとヴィヴィットカラー。
それでも、透子は、しあが大好きだし、しあも透子が大好きだった。
4月になって、ピアノの先生が変わって、初めてのレッスンだと昨日聞いた透子は、気になって様子を見に来たのだ。
「あたし、今のままじゃだめなんだって。」
「なにが」
「ピアノ」
「ピアノと恋とどういう関係にあるの?」
「ブラームス」
「はぁ?」
透子は、しあが高校生の頃から知っている。
唯一、今まで、しあに付き合ってこれた人物だと言ってもいい。
主語と述語、目的語もはっきりしないしあの言葉を解読できる、数少ない人間の一人だ。
「今日、レッスンだったの? なんたら先生の」
「うん」
「それで、ブラームス弾いたのね」
「うん」
「で、先生に恋をしろって言われたんだ」
「したら、わかるんだって」
「なるほどねぇ」
透子は、しあと違って、楽器は一切演奏できない。
けれど、ずっとしあのピアノを聴いてきた。
だから、わかる。
恋をすれば分かると言った、教授の言葉の意味。
「あんた、馬鹿だからねぇ」
はたして、恋をしてもそれに気付けるかどうか。
それ以前に。
「あんた、恋って、意味分かってる?」
「んあ?」
学内終日禁煙になってしまったため、透子は煙草の代わりにミントのタブレットを口に放り込んだ。
しあにはミルク味のキャンディを食べさせる。
しあは、しばらく考えた。
周りから見ると、ただぼんやりとしているようにしか見えないが、一応、考えていた。
「恋って、」
その後しあが言った言葉は、当分の間、透子を思い出し笑いさせるほどの威力ある言葉だった。