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ピアノ科の学生の分類方法は3つある。
自分の技術を自慢できる者とそうではない者。
ひたすら練習する勤勉な者と、遊んでばかりの者。
実際に実力のある者とそうではない者。
自分に自信があって遊んでばかりで実際のところは実力なしといったパターンの人もいれば、毎日血のにじむような努力をして実力を評価されているが、まったくひけらかさないタイプもいる。
小日向しあの場合、分類ができない。
自信があるのかないのか分からない。
真面目なのかどうかも分からない。
しあはいつも物憂げに見える表情を浮かべているが、別に深刻な悩みを抱えているわけでも、暗い過去を引きずっているわけでもない。
それが呆けている時の顔なのだ。
つまり、四六時中、しあはほうけているのだ。
繊細ではかなげな容姿のせいで、余計に性格を誤解されているが、
しあは、繊細でもなければ、傷つきやすくもないし、
病弱でもなければましてや財閥のお嬢様でもない。
繊細どころか無神経だし、傷つきやすいどころか鈍感で、
学校を病欠したこともない健康優良児な上に、
お嬢様どころか両親も兄弟もいない天涯孤独の身である。
いつも寝癖だらけのぼさぼさのロングヘアに、寝ぼけたような顔でふらふらと歩いている。そのくせ、入学試験はトップで合格。
楽譜を渡せば、リストだろうとプロコフィエフだろうとヒンデミットだろうと、2回目でほぼ完璧に弾きこなす。
入学当時から小日向しあは大学内で噂になった。
2年生になって、樋口教授が自分の門下生にしたことで、また噂になった。
色々な思惑を秘めてしあに近づく学生が当初後を絶たなかった。
どの人間も、しあに近づけた者はいなかった。
何しろ会話が成立しない。
しあが突拍子もない行動をするたびに、見かけに惹かれていた男どもは確実にひいていき、
そんな男たちを見るたびに、天は二物を与えたと嫉妬と羨望の視線を投げつけていた女どもは安堵した。
ひと月ほどで、小日向しあはすっかり不思議星人扱いをされるようになった。
ある意味、別格扱いをされるようになったのだ。