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「こればっかりは技術じゃないからなぁ。
技術に関してはほとんど言うことないんだよね僕的には。
…今日はもうおしまい」
「はぁ。」
レッスンが始まってからまだ10分足らず。
ショパンのエチュードと、先週樋口教授から与えられたブラームスを一度ずつ通しただけ。
そして、樋口教授はたった一言。
色気がない。それだけだ。
普通の神経の持ち主ならば、もっと悔しそうな表情をしたり、自分に自信のある者ならば、教授に食い下がるだろう。
しあがこの10分間で口にした言葉は、
失礼します。よろしくお願いします。はぁ。
それだけだ。
今もさして堪えた様子もなく、楽譜を抱えて立ち上がると、電池の切れた人形のようにがっくんと頭を下げた。おじぎのつもりらしい。
「小日向」
「はい」
「君さ、何も考えてないでしょ?」
「はぁ」
他の教授が聞けば逆上しそうな返事を返す。
樋口教授は子どもを目の前にした親の顔で言った。
「作曲家の意図はもちろん、曲の背景なんかは当然のこと、ましてや伝えたいという意志もない。
ただ、目の前に楽譜を置かれたから、その通りに弾いてるだけでしょ?
今のままじゃ、僕が君に教えられることなんて何一つないんだよ。
…恋でもしてれば、よく分かるんだけどなぁブラームスって」
「はぁ」
よく分からないという風に、眉間を寄せたしあの頭を、ぽんぽん、と撫でると、樋口教授は、気をつけて帰るんだよ、としあの背中を押した。