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「君、全く色気がないねぇ」
樋口教授はさらりと言った。
ピアノ科の樋口教授は、ひょうひょうとした口調が芸能人のなんたらに似ていて、見た目は指揮者の誰ぞやに似ていると評判だ。
ただし、見かけと口調に騙されてはいけない、ということは彼の門下生にしか知られていない。
「なんと言うか、まあ分かりやすく一言で言うと、つまんないね、うん。
もうちょっと分かりやすく言うと、楽譜をスキャナで取り込んで、パソコンに演奏させたみたい。
完璧なんだけど、つまらない」
樋口門下にはクオリティの高い学生が多い事で有名だ。
入学当時、Cの成績だった学生が樋口教授の指導を受けて、卒業時には卒業演奏会でトリをつとめるまでになった事は未だに語りぐさになっている。
「はぁ」
今レッスンを受けていたのは、小日向しあ。
今年で2年生のもうすぐ20歳になる学生だ。
全体的に色素が薄い。
染めていない薄茶色の長い髪、やたらまつげの長い二重の目、小ぶりの口。
そして、とにかく華奢な体つきをしている。
華奢と言うよりはむしろ痩せていると表現した方が近いかも知れない。
どこか植物めいていて、血や肉でできているとは思えないような浮き世離れした存在だった。
それでも、初対面の人ならば100人いればほとんどが美人と認識するに違いない。
ただし、中身に関してはおおいに問題があった。