公開射精の刑
「では、これより判決を言い渡します。その前に被告。何か言いたいことは?」
「……ねえよ」
裁判長の問いに、被告人の男は鼻で笑い、唇を薄く歪めた。視線を合わせることもなく、ただ斜め上――天井の一点を見上げ、小さく息をつく。
「どうせ死刑なんだろ? 言えよ。ほら、さっさと読み上げろよ。お前だって人殺しなんだからな! ははははは!」
「複数の強盗殺人、強姦。さらに逃走の際に無関係の市民を車で撥ねて死亡させた。被告の罪は極めて重大である。よって被告人を……」
「はいはい……」
「公開射精の刑に処す」
「…………は?」
「都内のスタジアムにて執行する。日付その他の詳細は追って通知する。以上」
「……いや、は!? おい、今なんて言った。射精? いや、公開処刑か?」
その瞬間、裁判長の表情が初めてわずかに揺らいだ。そこに浮かんだのは被告への哀れみ。ただしそれは、無知に対する同情であり、同時に蔑みを含んだ冷ややかなものであった。
公開射精――それは国が新たに導入した特殊刑罰である。極めて悪質な犯罪者に極限の羞恥を与え、社会的制裁と犯罪抑止の象徴とするためのものだった。
数週間後。
男は都内最大のスタジアムの中央に設置された十字架に磔にされていた。身に着けているのは腰に巻いた白いバスタオル一枚のみ。上空は雲に覆われ、切れ間からわずかな陽光が差し込んでいる。
『さあ、いよいよ始まります! 新時代の刑罰――公開射精!』
アナウンサーの甲高い声がスピーカーから轟き、スタジアムの熱気を一層煽った。観客席は隙間なく埋め尽くされ、照明がまばゆく彼を照らしている。無数のカメラがあらゆる角度から彼を捉え、巨大なスクリーンに映し出した。観客はどよめき、歓声を上げ、笑い、罵声を飛ばした。
ツナギ姿の執行人が歩み寄り、無造作に男のバスタオルを剥ぎ取った。
「ひっ……!」
彼は反射的に声を漏らした。陰茎が外気に晒され、観客席から一斉に歓声と拍手が爆発した。びりびりと振動が走り肌が粟立ち、ようやく彼の中に現実感が芽生え始めた。
「……は!? いや、いやいや! なんだよこの刑! 正気じゃねえだろ!」
今日ここに来るまで、彼は何かの冗談か、あるいは『公開処刑』と聞き間違えたのだと思い込んでいた。だが今、目の前に広がるのは紛れもない現実だった。
公開処刑であることは確かだが、まるで意味がわからない。『公開射精』とはいったいなんなのか。拘束を解かれ、自分の手でしごけというのか、それとも誰かがしごくのか。理解不能な想像が頭を駆け巡り、戸惑いと得体の知れない昂ぶりがないまぜになって吐き気が込み上げてきた。
そのとき、彼の隣に台車が押されてきた。載っているのは黒光りする重厚な装置。発電機のような本体から伸びたコードの先には、数枚の電極パッドがぶら下がっている。
「な、なあ、おい! なんだよそれ! 何する気だよ!」
彼は声を張り上げた。だが執行人は一瞥しただけで何も答えなかった。淡々とパッドを肌に貼りつけていく。こめかみ、胸、腹、太もも、そして局部――。
「なんとか言えよ! 何してんだよ!」
彼は必死に問い続けた。すると、ようやく執行人が彼を見上げ、口を開いた。
「スイッチを入れると……電気刺激で強制的に射精する……」
「……は? それで? おい、説明それだけかよ!」
執行人はそれ以上何も言わず、装置の横に直立した。
「じゃあ、そのあとおれはどうなるんだよ! 刑が終わったら死刑か? それとも釈放か!?」
返ってきたのは、冷え切った沈黙だけだった。
彼は息を荒げながら、判決が下されたあの日のことを思い返した。
傍聴席がざわめき、初老の弁護士が顔を強張らせて「まさか、そんな!」と狼狽していた。誰かが「まさか実用化されたのか!?」と驚きの声を上げていた気がする。
まったく新しい刑罰らしい。となると、新しもの好きの国民性だ。これほどの群衆が集まるのもおかしくはないのかもしれない。思えば、法廷にもカメラが入り、ネットで生配信されていた。司法のエンタメ化が進んでいると朧げに聞いたことがある。
彼は観客席に視線を移した。ビールが売られているらしい。売り子の姿がちらほら見えた。
「早くやれー!」
「粗チン野郎!」
「見えねーぞ!」
飛び交う野次。撮影しているのだろう、大勢がスマートフォンを掲げていた。その熱狂は、まるでスポーツの開幕戦か、人気音楽グループのライブのようだった。
「……へへ、へへへ……いいぜ、やれよ。こういうのは堂々としてたほうがいいんだ。それに考えてみれば、むしろ気持ちいいくらいだぜ」
彼はそう嘯いた。虚勢だと自分でもわかっていたが、口にせずにはいられなかった。
執行人はちらりと彼を見た。彼もまた目をやる。一瞬、その口元がかすかに歪んだように見えた。その笑みが妙に網膜に焼きつき、しばらく離れなかった。
『では、公開射精……執行!』
花火、国歌斉唱、委員長の挨拶を経て、高らかな宣言がスタジアム全体に響き渡った。執行人の手がスイッチに触れる。
その瞬間――
「ああああああああああああ!?」
全身が跳ね上がった。体は痙攣し、まるで陸に打ち上げられた海老のように激しく前後にのたうつ。痛みはない。だが、腕も足も、胸、腹、自分の体の部位がそれぞれ苦しみ、もがき、勝手に逃げ出そうとしているようだった。
そして――ついに、それは噴き出した。
「な、なん、なんなななななあああああああああああああ!」
白濁の奔流が尿道から勢いよく噴き上がり、空中に弧を描いた。
観客席がどよめきに包まれ、実況の声がヒステリックにこだまする。
『これはすさまじい! まるでナイアガラの滝! 虹の橋を打ち砕く白き暴君! その勢いはまだまだ止まらないぞおお!』
尿道から何かが押し出されている感覚は確かにあった。だが、自分の意思で止められる気配は一切なかった。
そこには痛みはない。快楽も愛も。意図せぬ嘔吐や下痢のように、なぜ出ているのか、いつ終わるのか見当すらつかない。まるで口から入れられた一本の糸を、尿道からボボボボボと引き抜かれているような感覚。放出はさらに勢いを増していく。
「ああはああああああんおおおおおおおおおあああ!」
それはまるで苦痛にのたうつ獣の断末魔の叫び。ジュビドゥビドゥバアアアア。
精液は放物線を描き、芝生に降り注いだ。瞬く間に白濁の水たまりが広がり、白い沼と化していった。
「おああああああああああああああああああああああああ!」
絶叫と観客の歓声が渦を巻く中、喉は干上がり、尿道には焼けつくような痛みが走った。
次の瞬間、白い奔流に黄色が混じり、やがて茶色へ変わり、そして透明さを取り戻したかと思えば、鮮血の赤が噴き上がった。
それを見下ろす彼は、あまりの勢いに自分の尿道が裂けたのだと思った。それは正しくもあった。実際、彼の尿道は右に二ミリ、左に一ミリ、確かに裂け目が走っており、それはさらに広がろうとしていた。
先ほどまでの放出は、庭の散水ホースの先を指で潰したような鋭さを伴っていたが、今は消防用ホースのような勢い。磔にされていなければ確実に転倒していたことだろう。陰嚢はびたっと十字架に張りつき、全身に凄まじい圧力がかかっていた。
そして、赤い奔流の中に再び白が混じり始めた。
「ああああああああああああああああああああああああああああ!」
――脂肪だ!
彼は直感で理解した。精液、尿、血液、脂肪……今、体を構成する液体すべてが順に排出されているのだ!
これは処刑だ。まごうことなき公開処刑なのだ!
彼の叫びはさらに悲痛さを帯びた。涙は出ない。その水分はすでに流れ出てしまったのだろう。体がだんだん軽くなっていく感覚があった。
――この装置は体液を搾り取るだけでなく、肉そのものを和らげ、溶かしているのだ。
ふいに彼の脳裏に幼き日の記憶が蘇った。野原での立ち小便。風に吹かれながら、気兼ねもなく放尿していたあの午後。
その記憶を思い出したのは、野外で陰部を晒し、排泄するという共通点からであったが、彼はこれを走馬灯の一端だと解釈した。
「あああああああ、あ、あ……」
ついに声は枯れ、途切れた。数十秒後、精も根も尽き果てた体は完全に沈黙した。
スタジアムに響くのは、観客の喝采と実況の声だけ。その振動で、彼の肌にびしりとひびが入った。
十字架から外された彼は担架に乗せられ、運ばれていく。
芝生には精液、尿、血液、脂肪が混じり合った巨大な液だまりが残された。まるで地獄の池のようなそれは、太陽の光を受けて煌めき、青空を映し返していた。
歓声と地鳴りの下、担架は通路を進み、控室へと入る。そこではスーツ姿の男たちと白衣の医師、そして痩せた僧侶が待っていた。
僧侶が彼の髪に触れると、それは焼け焦げた紙のようにパラパラと崩れ落ちた。
彼の体重は執行前から十八キロ減っていた。目元はくぼみ、頬はこけ、唇の血色は失せている。だが、その口元にはかすかな笑みが残っていた。
僧侶は深く頷き、口を開いた。
「間違いなく、彼の罪は洗い流されました」
スーツの男たちと医師もまた頷き、薄い笑みを交わした。
その後、彼は医療刑務所へ移送された。体重が増え、血色を取り戻した頃、別の施設へと送られた。
全身の体毛を失い、かつての面影は完全に消えていた。昔の彼を知る者がいたとしても、誰一人として気づくことはないだろう。
移送先で支給された制服――ツナギのようなもの――に彼は粛々と袖を通した。そして、扉を開けた。
その先に広がっていたのは、歓声に包まれたスタジアムの芝生だった。
今日の受刑者は三人だった。