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お前って馬鹿だよな。

作者: あじたに

初めまして、あじたにと申します。

初の投稿となります。

少しでも面白いと思って頂けると幸いです。

「お前って馬鹿だよな」


 中学校の下校時間。

 俺はクラスメイトにそんな言葉を吐いた。

 椅子に座るソイツはまるでネズミの様に萎縮して怯えている。俺はその様子を見て酷く滑稽だなと思った。


 何故、俺が馬鹿などと暴言を吐き捨てるのか。理由は簡単で見ていると苛立ってくるからだ。それ以外に無い。


 別に集団で暴力を振るったりだとかはしていない。そもそも手を出したことはない。だから別にイジメではない。


「コイツ一言も言い返せないでやんの、情けねーよな」


 隣の友達が呆れたように言った。


 俺はそれに肯定しつつも、何処か胸に引っ掛かる違和感を感じていた。


 虫の居所が悪い。

 コイツを見ていると怒りが際限なく湧き出てくる。

 弱虫で軟弱で能無しで何か言い返す度胸も無くて、一度声を掛ければ怯えるグズ。


 俺はコイツが大嫌いだ。


「もうほっといて帰ろうぜ」


「…そうだな」


 友達からの提案を受け入れ、俺は怯えたままのソイツを背にして帰宅する事にした。


 友達と途中まで一緒に帰り、一人になる。


 途端、先程の大嫌いな奴の顔が思い浮かぶ。考えるだけでも腹が立って仕方がない。わざわざ思い出してまでイラつくなんて、それほど俺はアイツの事が嫌いなのだろう。


 もはや嫌いの一言で表せる感情ではない気がしてきた。かと言って言語化するには至らない。なんと言えば良いものかが分からない。

 俺はこの感情の正体を知らない。


 考え事をしていると家に着いてしまった。

 


「ただいま」


 玄関の扉を開ける。

 ふと、嫌な予感がした。


「おかえり〜」


 出迎えてくれたのは三つ上の兄だった。

 胸が苦しくなる。


「ただいま。今日は高校終わるの早いんだね」


 当たり障りの無い会話を投げかける。

 何故か手汗が出る。


「おー、だから今から遊びに行こうと思っててさぁ」


 息が浅くなる。鼓動が速くなる。脂汗が頬をなぞる。


「そうなんだ、いってらっしゃい。兄さん」


「金、持ってる?今月小遣い貰ってるだろ。寄越せ」


 手が震える。足がすくむ。視線が落ちる。手を握るも震えは止まらない。


 産毛が逆立ち鳥肌が立つ。


 過去、兄からの仕打ちを思い出す。


「だ…だめだよ…」


「は?なに聞こえねーんだけど」


 兄が右の拳を強く固めて見せる。皮膚が張り詰められ血管が薄く見える。その拳骨がどれほどのモノか、忘れられない。


 上手く声が出せない。心の根っこから恐怖心を植え付けられている。逆らっては駄目だと腹部の鈍痛が教えてくれる。


「部屋の……机、引き出し2番目……」


 嗚咽混じりの声が情けなく声帯を過ぎ、遅れて涙腺に水分が溜まる。


「おっサンキュ、あんがとな〜」


 蛇に睨まれたネズミのように萎縮している。実に滑稽だ。


 兄を相手に言い返す事も、両親に言いつける事も出来ない。


 こんな自分に苛立ちすら覚える。弱虫で軟弱で能無しで何か言い返す度胸も無くて、一度声を掛けられると怯えるグズな自分。


 そんな自身が大嫌いだ。


「じゃあ行ってくるな〜。あ、チクったら覚えとけな」


 懐を暖めた兄がそう言い残し出かけて言った。


 胸が痛い。怒りなのか、悔しさなのか、恐怖なのか、それは分からない。


 ただでさえ言い表すのが難しい感情達が一つの鍋でかき回されている。


 その日、思考から逃げるように眠った。


 次の日、またいつもの日常が始まる。


 学校に行けばいつものようにアイツがいる。俺の大嫌いなアイツが。


 しかし、どうして俺はこんなにもアイツの事が大嫌いなのだろうか。


 何故だろう。疑問には思うが、その答えを出す気持ちにはならない。


 ただ、見ているとどうにもイライラして堪らない。


 だから今日も変わらず口にする。

 少しでもこの胸の痛みが和らぐと信じて、繰り返し言い放つ。


「お前って馬鹿だよな」


 俺の心は酷く傷んだ。

お付き合い頂きありがとうございました。

楽しんで貰えましたでしょうか。

感想等お待ちしております。

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