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「チッ、また面倒なこと言いやがって……っ!!」
今まさしくモニターの前に座ったばかりだった皇は、高らかに舌打ちを鳴らしながらキーボードへ指を滑らせた。
まるでこちらの様子を見計らったかのように、皇の意識がスピーカーに集中力したタイミングで指示は投げられた。思わず一から十まで素直に聞き入ってしまった自分に対して舌打ちが止まらない。
──何っであいつは! こっちが見えてないはずなのにっ! 俺がここに座ったって分かるんだよっ!?
なぜ祥来の勘がここまで外れないのか、じっくり調査してやりたい衝動に駆られる。もちろんその能力の穴を探り、行動の裏を衝くことが目的だ。
だがあえてそこに労力を割かずとも、皇はすでに祥来が『そういう存在である』ということを知っている。
祥来の勘は外れない。理屈上外させることはできるが、それを為すには祥来を上回る実力がいる。そして皇にそれだけの力はない。
そのことが、きちんと理屈で説明できる。その事実がとにかく腹立たしい。
──依頼の内容は、どれもそう難しくはない。ないけども!
それをヤツに言われてやらなければならないということが腹立たしい。気に入らない。
「ったく! 俺がやらなくったって、お前は自分で視れるだろうが!」
苛立ちを吐き出しながらも、皇の指は素早くキーボードの上を滑り、目にも止まらぬ速さでキーを叩いていく。
望まれたデータは、すぐに行き着くことができた。
「なんっであいつは今更こんなことが気に、な……」
不機嫌を吐き出しながら、皇は行き着いた映像に目を向ける。
その瞬間、唇が動きを止めた。
「……は?」
同時に、祥来がなぜこのデータを調べるように指示したのか、意味が分かったような気がした。
「……」
スッと目をすがめて映像を睨みつけた皇は、隣のモニターへ視線を投げながら再びキーボードへ指を滑らせる。
トンッと静かにエンターキーを押し込むと、望むデータは即座に呼び出された。今日から新機材を投入したおかげで、今までよりも詳細で多角的なデータが取れている。
皇はじっくりそのデータに目を走らせた。その間も皇の脳内では、めまぐるしく思考が駆け巡っている。
「つまり、そういうことなのか?」
ユルリと開いた唇から低い声がこぼれるまでに、しばらく時間がかかった。
片肘をキーボードの傍らに置き、その先に顎を乗せた皇は、トンッ、トンッと指先で頬を叩きながら、なおも思考の海の中に潜り込んでいく。
「いや、でも。そんなレベルで戦盤を歪ませることなんて……」
さらに小さく呟いた皇は、眉間にシワを寄せると腕から顎をどけた。自由になった両手は、再びのせわしなくキーボードを叩き始める。
皇の部屋に置かれているパソコンは、皇自身が設計し、作り上げたスパコンだ。皇が己の思考速度に着いてこられるように組み上げたパソコンは、複雑な処理を並列でこなしていてもストレスなく処理結果を皇へ返してくる。
「……」
部屋の中に響き渡っていたタイピング音が、不意に止まる。
パソコンが上げる低いモーター音だけが満たす部屋の中に、音のない映像が流れていた。モニターの中では、短い映像が飽きることなくリピートされている。
もう一度みっつのモニターに順番に目を向けた皇は、エンターキーを静かに押して流れ続ける映像を止めた。その間に左の指はヘッドセットのマイクを下ろしている。
「……話がある」
呼びかけた先は、店に備え付けられたスピーカーではなく、祥来個人の通信機だった。今の皇の声は、祥来にしか届いていない。
目の前のモニターをみっつとも解析に使っているから、店の様子は全く分からない。だが祥来がこの呼びかけを聞き逃すはずがないという確信が、皇にはあった。
「戦盤の歪みについて、分かったことがある。なるべく早く、話がしたい」
一方的にメッセージを送って、通信を切る。たったそれだけのことで、厄介な案件をこなした後のような深い溜め息がこぼれた。
深く椅子にもたれかかり、皇はもう一度モニターへ視線を向ける。エンターキーをもう一度押せば、映像は最初から再生を始めた。
映し出された裏路地。そこに人影はない。
きっちり三秒後にバグが落ちてくる。そしていつの間にか現れていた人影に襲いかかる。
腰が抜けて、必死に後ずさる人影。そこに大鎌を携えた少女が飛び込む。
「鞄、ねぇ……」
祥来からの依頼のひとつは、『みぃくんがバグに襲われた時に持っていたカバンについて調べてほしい』だった。
皇はデスクに肘をつくと、画面の中にいる人影をねめつける。
「その前に、テメェ自身は、どこから現れたんだよ? ア?」
コマ送りにしても、バグが現れる直前まで人影は確認できない。バグと同時に現れたとしか思えないタイミングで、人影は画面の中央に、唐突に現れている。
「なぁ、三五疾太」
映像は鮮明に、その人影の表情まで映し取っていた。
三五疾太。
結の生屍となった青年に、間違いなかった。




