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盤上ノ箱庭ヨリ -Are you ready to exist?-  作者: 安崎依代
3rd.

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10/17

4

 レジの前を素通りして表口から外へ出ると、頭上にはスッキリとした青空が広がっていた。


「……どこへ行こう」


 右耳にはピアス、左後ろのポケットには財布。とっさにでっちあげた『買い物』という用事はあるが、正直言って気のりはしない。


 それに、普段近所へ買い物に行く装備は揃っているはずなのに、妙に落ち着かないのも気にかかる。


「……あ」


 そもそも財布をどこで失くしたのだろう、と考え込んだ疾太(はやた)は、襲われた時に通学鞄を持っていたことを思い出した。


 財布とスマホは、その鞄の中だ。あの時以来触れた覚えも見た覚えもないということは、おそらくあの時に鞄ごと失くしてしまったのだろう。


「……」


 ──えー……


 正直言って、あの場所を再び訪れたいかと問われたら、もちろん答えは否だ。誰が好き(この)んで自分が殺された現場に舞い戻ろうというのだろうか。


 だが通学鞄を取り戻したいという気持ちはある。学校で使っていた教科書やノートに未練はないが、あの鞄を取り戻せばスマホが手元に戻ってくる可能性が高い。


 ──スマホを取り返せれば、外に連絡が取れるかもしれない。


 しばらく思い悩んだ結果、最終的にその考えが他の全てに勝った。


 普段はズボンの中に何気なく突っ込んであるシャツの裾をだらしなく外へ出し、その裾先で財布を隠してから、疾太はひとまず表通りへ向けて歩き始める。


 ──えっと。昨日のあの場所は、どこの裏道だったっけ……


 四角く切り取られた街の中は、おおよそ碁盤の目のように規則正しい並びをしているから、表通りを歩く分には迷うことはない。


 だがそれはあくまで表通りに面した部分だけだ。


 少しでも中に入れば、無秩序に建てられたビル群によって方向感覚を惑わされる。下手に近道をしようと変な横道に入ったが最後、外周は確かに碁盤の目のように整えられているはずだから、とにかく表通りへ出れば何とかなるはずなのに、その表通りへさえ行き着くことができない、なんて事態に(おちい)ることもザラにある。


 街に閉じ込められる前から通学のために通り抜けていた疾太ではあるが、決まったルートしか歩いたことがない疾太は決して土地勘を備えているわけではない。


「……っ、あれ?」


 案の定、気付いた時には疾太も迷子になっていた。


「確か昨日は、あそこをこう、こっちへ……。あれ? あっちだったっけか?」


 表通りから一本中に入り、キョロキョロと左右を見回す。だが建物にも道筋にも、全く見覚えがない。


 ──そもそも僕は、何でこんな裏道を通学ルートにしていたんだろう。


 周囲を見回しながら、とりあえず歩を進める。


 なんとなく、方向はあっているような気がした。歩き続けていたら、見覚えがある場所へ出るかもしれない。


 ──もっと人通りの多い表通りを歩いていれば、こんな目に遭うこともなかったかもしれないのに。


『とにかく歩き続けよう』と決めて歩を進めている間にも、疑問とも後悔ともつかない言葉は次々と湧いてきた。


 問いかける先は自分自身であるはずなのに、疾太はその疑問に対する答えを持っていない。思い返してみても、記憶に鮮明に焼きついたムカデカマキリ肉と、それを薙いでいく漆黒の大鎌が全てをかき消している。


『いつも通りに』学校に行き、『いつも通りに』帰路に着いたことだけは確かだ。


 だけどそれ以外のことは曖昧で、何もかもが明確になってくれない。


「……僕は」


 不意に、足が止まった。無意識のうちに、言葉が唇の端からこぼれ落ちていく。


 その言葉が何と続く予定だったのかは、疾太にも分からない。


 まるでその続きを言わせまいとするかのように、グラリと強烈なめまいが疾太を襲ったから。


「っ……!」


 自力で立っていることができずに、とっさに壁に手をつく。唇から今まさにこぼれ落ちようとしていた言葉は、めまいに押しやられるようにして霧散した。


 ──なんっ、これ……! いきなり……っ!


 グラグラと揺れる視界と突如沸き起こった吐き気に助けを求めるように視線を走らせれば、不意に明るい光が目についた。


 すがるように光の先を注視すれば、曲がり角の先に表通りの景色がチラついている。表通りに面した角にはコンビニが入っているらしく、目に馴染んだカラーリングの看板がここからでも目に留まった。


 ──とにかく、あそこで休みたい……


 とっさにそんなことを思った瞬間、めまいは嘘のようにスッと消えていった。


「……は?」


 ──え、何だ、今の。


 健康優良児、とまでは断言できないが、持病を持っているわけでもない。こんな風に急にめまいや吐き気に襲われたことなど、今まで一度もなかった。


「え? ……脱水症状、とか?」


 己の異変に寒気を覚えながらも、疾太はひとまず目についたコンビニに向かうことにした。そんな自分の行動が目に見えない何かに操られているかのようで気持ち悪くもあるが、とりあえず一息ついて気分を変えたいというのも偽らざる本音だ。


「脱水症状を起こすような季節でもないような……」


 ──そう言えば今日って、何月何日だっけ?


 その寒気を散らしたくて、疾太は意図して独り言を口に出す。だが結局それも寒気を加速させるだけの結果に終わってしまった。


 ──昨日の衝撃で、色々と記憶からすっぽ抜けてるんだな、うん!


『後で蒼月(そうげつ)の誰かに確認しよう』と無理やり納得した疾太は、駆け足でコンビニの中に逃げ込んだ。


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