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未来商会奇譚

サジタリウス未来商会と「幸福の分配機」

中嶋という男がいた。

40代半ば、大手企業の人事部に勤めている。地位も収入も安定しており、家庭も円満だ。

だが、彼には一つ悩みがあった。


「このままでいいのだろうか……?」


安定した生活の中で、どこか物足りなさを感じるようになっていた。


仕事での評価も悪くないが、これといった熱意を持てず、家族との関係も表面的には良好だが、どこか冷めている。

日々を淡々と消化するような生活が続き、いつしか彼は自分が「幸福ではない」ことに気づき始めていた。


そんなある夜、中嶋は奇妙な屋台を見つけた。


それは、帰り道の路地裏にひっそりと佇んでいた。

古びた木製の屋台には、手書きでこう書かれている。


「サジタリウス未来商会」


興味を引かれた中嶋は、その屋台に近づいた。


屋台の奥には、白髪交じりの髪に長い顎ひげをたくわえた痩せた初老の男が座っていた。

その男は、穏やかに微笑みながら中嶋を迎えた。


「いらっしゃいませ、中嶋さん。今日はどんな未来をお求めですか?」


「俺の名前を知っているのか?」


「もちろんです。そして、あなたが今何を求めているのかも分かっていますよ」


男――ドクトル・サジタリウスは、懐から奇妙な装置を取り出した。

それは、古びた手回し式の機械で、正面には「幸福の分配機」と書かれている。


「これは何だ?」


「これは『幸福の分配機』です」


「幸福の分配機?」


「ええ。この機械を使えば、あなたの持つ幸福を周囲の人々に分配することができます。また、逆に他人から幸福を分けてもらうことも可能です」


中嶋は怪訝な顔をした。


「幸福を分ける?そんなことが本当にできるのか?」


「もちろん。幸福は目に見えませんが、確かに存在し、分け合うことができるものです。ただし、分配の結果、あなたの幸福が減るかどうかは使い方次第です」


「興味深いな。試してみる価値はありそうだ」


中嶋は機械を購入し、自宅に持ち帰った。


早速、機械の説明書を読み、試してみることにした。

まずは、幸福を家族に分け与えてみようと考えた。


機械のダイヤルを「分配」に合わせ、妻と子供の名前を入力する。

そして、手回しハンドルを一回転させた。


すると、奇妙な感覚が彼の胸の中に広がった。


翌朝、彼はいつもと違う家族の様子に驚いた。


妻は朝から上機嫌で、子供たちも楽しそうに学校へ出かけていく。


「なんだか今日はみんな元気だな」


中嶋も穏やかな気分になり、「幸福を分け与える」という行為に満足感を覚えた。


だが、次第に彼は、自分の中にぽっかりと空いた感覚を覚えるようになった。


「俺の幸福が少し減ったのか……?」


数日後、彼は職場で機械を使ってみた。


部下たちに幸福を分け与えることで、職場の雰囲気が和やかになり、業務が効率的に進むようになった。

しかし、自分自身はどんどんエネルギーが減っていくような気がしていた。


「これはどういうことだ?」


再びサジタリウスの屋台を訪れ、問いただすことにした。


「ドクトル・サジタリウス、この機械は確かに効果があるが、俺の幸福が減っていく気がするんだ。どういうことだ?」


サジタリウスは静かに答えた。


「幸福を分け与えることで、あなたの内側に余裕が生まれる場合もあれば、逆に不足を感じる場合もあります。それがこの機械の特徴です」


「じゃあ、どうすればいいんだ?俺は自分の幸福を減らしたくないが、周囲を良くすることも諦めたくない」


サジタリウスは微笑みながら言った。


「一度、逆の設定を試してみてはいかがですか?他人から幸福を分けてもらう設定にしてみるのです」


翌日、中嶋は職場で再び機械を使った。

今度は「受け取る」に設定し、周囲の人々から幸福を吸収する設定にしてみた。


すると、彼の胸の中に温かさが広がり、活力がみなぎってきた。


しかし、周囲の様子が一変した。


部下たちは暗い顔をして働き始め、家に帰ると妻も不機嫌そうに口数が減っていた。

子供たちも宿題を投げ出し、ぶつぶつ文句を言い始めた。


「これでは……まるで俺が周囲から幸福を奪っているようじゃないか」


中嶋は機械の効果に恐れを感じ、再びサジタリウスを訪れた。


「ドクトル・サジタリウス、この機械は便利だが、結局、幸福を分けるか奪うかのどちらかしかないのか?」


サジタリウスは少しだけ考え込んだ後、静かに答えた。


「幸福とは、本来、分け合うものではなく、感じ方の問題なのです。この機械は、それを一時的に調整するだけの道具にすぎません」


「だったら、なぜこんな機械を売ったんだ?」


サジタリウスは初めて少し困ったような表情を見せた。


「あなたが本当に必要としていたのは、幸福を分け与えることでも奪うことでもなく、自分自身の幸福を見つめ直す機会だったのかもしれませんね」


その言葉を聞いた中嶋は、機械をそっと返却し、こう言った。


「確かに、俺はこの機械を使う前から、何かを見失っていたのかもしれないな」


それから、中嶋は機械に頼ることをやめ、自分の生活の中で小さな幸福を見つける努力を始めた。


家族との会話の中に、職場での些細な成功の中に、静かな満足感を取り戻していった。


サジタリウスは屋台を片付けながら、独りごちた。


「人は幸福を外から手に入れるものだと思いがちだが、実際には、内側から見つけるものなのだよ」


そして、次の客を待ちながら、静かに微笑んでいた。


【完】

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