禁断
今日は、真っ黒なしろかえでです(^^;)
上履きを隠された時、バスケでレギュラーになれなかった時、第一志望の高校に落ちてしまった時、そして……母が亡くなった時、彰人はこの胸を涙で濡らした。
涙と嗚咽の生温かさを感じるくらいに散々泣かれた後に、彰人は顔を上げて私を見つめ……決まって言った。
「ごめんね!お姉ちゃん。オレってホントにダメだね。お姉ちゃんに甘える事しかできなくて……」
「そんな事を謝らないで!! あなたは私のたったひとりの弟なのよ!!」
こう叫んで私は彰人の頭を抱き、ふわふわ猫っ毛に何度も何度もキスをした。
泣き虫だけど……実は頼りがいのある三つ違いの弟……
私が中三の時に母は亡くなり、程なく父はベトナムの工場へ単身赴任となった。
半分主婦の様な高校生活だったけど、私は十二分に幸せだった。
もちろん帰宅部で……終礼と共に無味乾燥な学校から飛び出し、通学定期を最大限に利用した途中下車を繰り返し、商店街やスーパーや時にはデパートまで“ハシゴ”する。
教科書の大半を“置き勉”し、スカスカの筈のリュックはいつしかパンパン! 両手にエコバックを持ったひっつめ髪のJKが私だ!
私との身長差が日ごとに縮まるのではと思う位にすくすくと伸び続ける彰人の食欲を満たすのは私の腕に掛かっていたし、彰人が平らげた二段のお弁当箱を洗う時や、私の作ったご飯を満面の笑みで頬張るのを見るにつけ、私の心は果てしない充足感と幸せに満ち溢れた。
しがない女子高生の私にとって、今やバスケ部一の長身でイケメン、内申だって悪くない彰人は唯一無二の想い人とも言える存在だ。
彼は弟だけでは無く、子供であり、恋人であり、“食卓を囲む時には”夫ですらあって……
共に机を並べて受験勉強に勤しむ頃には、彼のお陰で勉強がはかどったりはかどらなかったりした。
「これは高校卒業まで!! お父さんだって単身赴任から戻って来るし、大学生になったら私も人並みな恋をするんだ!!」
こう自分に言い聞かせて日に日に熱くなる胸を何とか冷まそうと努力した。
その甲斐あって私は第一志望の大学に合格したのに、彰人は不合格……
彰人が第一志望の学校を落ちたその夜、彰人の涙は服だけではなく私の体の奥底にまで染み入って……私は彰人が巣立つまでは“彰人だけの私”で居ようと心に決めた。
--------------------------------------------------------------------
社会人になって三年目の春、私は家を出た。
彰人の恋人の陽菜ちゃんが私に訊いて来たからだ。
「彰人さんの好きな物って何ですか?」って!
「それは陽菜ちゃんだよ」って言ってあげると真っ赤になって頬を膨らますくらいに私達は仲良しだ。
陽菜ちゃんが“気が利くお料理上手なコ”なのは良く知っているので、ウチの台所を明け渡してやろうと思った。
「私だって嫌な小姑になんかなりたくない」
そう独り言ちながら丁寧に丁寧に最後の掃除をやった時には涙がこぼれてしまったけど……
--------------------------------------------------------------------
誰も来る当ての無い部屋の明かりを点ける。
ついこの間までは灼熱地獄だったのに……つるべ落としの秋の日に追い立てられて帰ってきた部屋は冷え込んでいた。
でも何も作る気にはなれない。
最近はやりの“カレーメシ”が私の常食になりつつある。
電気ケトルに水を入れ、お湯が沸くのを待つ間に着替えているとインターホンが鳴り、モニターを覗くと懐かしい彰人の顔があって……
私は自分の“今の恰好”を忘れて、そのまま鍵を開けてしまった。
高校時代の私の様に、両手一杯に食材やらビールやらを提げて入って来た彰人は笑顔で言った。
「オレが鍋作るから、ねーちゃんは適当に着替えて来て!」
私の返事を待ちもしないでさっさとキッチンに向かう彰人……
「ねーちゃん!ちゃんと食べてる?! カップ麵やパックサラダのガラばっかだし、食器類とか全然出してないだろ?!」
なんて小憎らしい事を言う。
しかも、言い返そうとした私に“カレーメシ”に使うはずのお湯で淹れたコーヒーまで出してくれた。
「アンタ!気が利くのはいいけど、口うるさいと陽菜ちゃんに嫌われるよ!」
「ああ、それはいいんだ」
背中を向けたままで彰人は答える。
「良くない!! 今もそう! いくら料理していてもこういう時は手を止めて、キチンとこっちを向くの!! ちゃんと会話しなきゃ!」
そう言うと彰人はコトリ!と包丁を置いて、スウェット姿でカーペットにベタ座りしている私の前に正座した。
「ねーちゃんとならいくらでも話すよ!」
「そうじゃないでしょ!! 陽菜ちゃんと……」
「別れたから!!」
私の言葉を遮って言い放たれたこの言葉に私は戸惑った。
「どうして??!! いったいなぜ??!!」
彰人は静かに微笑んで、その熱い手のひらを私の膝に乗せた。
「どうあがいても、オレはねーちゃんだけなんだ! ずっとずっと昔から……そう感じていたんだ!!」
彰人から囁かれて私は飛び跳ね、俎板の上の包丁を握った。
しかし彰人は両手を大きく拡げ、私を包み込もうと近づいて来る。
「ダメ!!!!来ないで!!!お願い!!!!」
「どうしてもオレを止めたいんなら、しっかり包丁を握ってて!! 包丁ごと胸に抱きしめるから!」
私にそんな事が出来るはずも無く、包丁はゴトリ!足元に落ち、彰人の腕の中で瞬く間に私は溶けた。
--------------------------------------------------------------------
カーペットの上でそのまま乱れてしまった私達は今も絡まったままだ。
「雪山の凍死除けの話ってホントかもな」
「何よ!いきなり」
「素肌ってこんなにも温かいから」
「そうだね……」
裸の胸に彰人の頭を抱き込むと……彰人は涙の代わりにキスをくれた。
「でも、せっかくオレが用意したんだから、鍋する?」
その言葉に私はクツクツ胸を揺らし、また彰人からじゃれ付かれた……
もう、何があっても彰人を手放す事はできない!!!
でももし……
今日不用意にシてしまった事で……子供が出来てしまったら
私はやはりその子を
失いたくないと
思ってしまうのだろうか……
終わり
とまあ、こんな感じです!
ご感想、レビュー、ブクマ、ご評価、いいね 切に切にお待ちしています!!