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木曜日

一週間後、人類は滅亡するらしい。


一ヶ月前、各国の偉い人達がそう発表してから私たちは1人残らず大パニックだった。

未知のウイルス?第三次世界大戦?はたまた神の裁き?

色々な憶測が生まれては否定され生まれては否定されを何度も繰り返している。

わたし達は、一週間後に滅亡する。

でも、その理由は今この瞬間にも明かされていなかった。

わたし達は、自分達がなぜ滅ぶのかも分からずに今日も生きていく。


なぜわたし達は滅ぶのだろうか。

どうしてわたし達は滅ぶのだろうか。





・・・


「そんなの、軍事兵器の暴走に決まってるじゃん。みーんな言ってるよ。」


暖房の効いた昼下がり。程よい満腹感と適度な教室内の温度からくる眠気を誤魔化そうと、私は口馴染みのある質問を漫然と投げかけた。

何度目か数え切れないほど繰り返してきた質問と、毎回テンプレートで返ってくる答え。

この生産性のない応酬を分かっていながらやめられないのはどうしてだろう。

「でもそうだとしたら人間ちょっと間抜けすぎるじゃんか。」

私のその一言に、勝ち気そうな瞳が一瞬不機嫌そうに揺らぐ。

自分の意見に反対されるのを、莉央はすごく嫌がった。

だからなのかは分からないけれど、莉央は自分の意見に"みんな"という言葉をつけて使う癖がある。

「"みんな"もそう言ってるしこれにしよう。」

「"みんな"がこう言ってるからそれは悪いことだ。」

『世界の中心は自分』を地で行く莉央のそういう所が好ましい部分でもあるし、うんざりする部分でもある。

「人間なんて間抜けだよ。二足歩行が出来るちょっと賢いだけの猿だもん。」

スカした笑顔でそう言った莉央に、お前は何を知ってるんだと噛み付きたくなる気持ちをぐっとこらえる。

だって、今回に限っての"みんな"は、本当に"みんな"なのだから。

「…それじゃあつまんないよ。」

例の発表があってから、テレビや新聞では毎日のように『ゆうしきしゃ』達が人類滅亡の理由についての議論を交わしている。

まだ1度も人類は滅亡していないのになんの知識が有るのか甚だ疑問だったが、そんなことを考えているのは私だけらしかった。

パパもママも先生も莉央も、みんな『ゆうしきしゃ』達の言葉を鵜呑みにしている。

『Q.人類はなぜ滅びるの?』

『A.どっかの国のなんかの兵器のせいだよ。』

これが、今の人類の正解だ。

「間抜けでもつまんなくても仕方ないよ。

ここは陽向の好きな小説の中じゃないんだからさ。」

そうだけどさぁ、と私が口をとがらせた瞬間に、前側のドアが開いた。

ツンと澄んだ冷たい空気とともに、長い真っ直ぐな黒髪の女性が静かに教室へと入ってきた。ぎゅっと間一文字に結ばれた口からは弱々しい強がりのようなものを感じる。

目を赤く充血させたキョーコちゃんの姿は、わたし達の口を無意識的に閉じさせた。

普段はシワひとつないスーツを着こなす、気高さの象徴のようなキョーコちゃん。

そんなキョーコちゃんが涙を流して教壇に立っている。

その光景は私たちの日常に穴を開けるのにあまりにも十分だった。


「皆さん。もう聞いていると思いますが、今日で学校へ来るのは最後になります。

理由は…、そうですね。分かりません。何も明かされてはいませんが、一週間後に人類は滅亡します。それに伴って、全ての学校が今日で授業を終了します。


…私は、皆さんのような未来溢れる若者の未来が奪われることが悔しいです。みなさんを守れなかったことがすごく悔しい。

皆さんの担任として、進路先へ笑って送り出してあげたかった。

こんなに無念なことはありません。


皆さんは、数年後の未来を想像した時、どんな自分を思い浮かべますか?

私は、こんな事態になってから益々未来の事を考えるようになってしまいました。

やりたいこと、挑戦してみたいこと、全てをいつかの未来に取っておいてしまっていた。ショートケーキの苺を最後に残しておくのと同じようにね。

だから、私の未来像はありったけの苺を頬張る姿なんです。

皆さんも同じではないでしょうか。

今よりももっと良くなるように、人は現在努力して未来へ繋げようとします。未来の自分の幸せを保証するために、今の自分の幸せを諦めるんですね。

それが悪い事だとは決して思いません。むしろ賢い生き方とさえ思います。私もそうして生きてきました。

でも、それが破綻してしまった。

あまりに理不尽です。

こんなに酷い話はありません。

私の、私たちの対価を払った未来への報酬がいきなり泡となって消えてしまったんですから。


回りくどい言い方になってしまいましたね。

つまり何が言いたいかと言うと、私たちはもっと怒っていい。泣いてもいいし喚いてもいいし叫んでもいい。

むしろ、そうするべきだと私は思います。

貴方たちの人生、今後の未来にはとてつもない価値があった。

ある意味残酷なことかもしれませんが、その事をもっと理解すべきです。


未来、と言えばなんですけど。

私ね、ひとつ楽しみにしていた事があったんですよ。

行事ごとに話す担任のスピーチ。きっとあと3回はする機会がありました。

私、みなさんに話す内容を頭の中で練っている時間がすごく好きなんです。

言葉という力の強さをよく知っているからでしょうか。

今まで話してきたものも、私の人生で得た過去の経験だったり未来への傾向だったりをより効果的に伝える内容を試行錯誤してきました。

実はね、もうすっかり中身を考えているんです。3回分のスピーチ。

卒業式と成人式と、後は同窓会。呼ばれるかも分からないのにね。

…それを、皆さんに当たり前のように伝えられると思っていました。

何が起こるか分からないとみなさんに教えておきながら、私が一番この日常が何事もなく続くことを妄信していたんです。現在から地続きで未来へ繋がっていると信じて疑わなかった。

だから、こんな形でみなさんとさよならするのが、とても悲しい。


…大袈裟だと思われるかもしれませんが、私は本当に皆さんのことが大好きなんです。

18分の1。

過ごした時間はたったそれだけかと言われればそうかもしれない。

でも、それだけだと私は思いたくない。

みなさんの、強さや弱さ、優しさや狡猾さ。悪性と善性の入り交じった等身大の姿を少しはしれたのではないでしょうか。

貴方たちを1年間見守ってきた担任の私から断言します。

貴方たちは、誇っていい素晴らしい存在だ。


貴方たちのほんの一部だけだとしても、私に教えてくれてありがとう。

私は、教師人生最後の生徒たちが貴方たちで本当に良かったと心から思います。」


ぼた、

ぼた、

ぼた、


多分、クラス中の皆が泣いていた。

頬を流れる涙が机を濡らして跡をつくる。

たしか、木って濡れたら腐るんじゃなかったっけ、なんて検討はずれなことを思いながら、それでも最後に人の暖かさを知れたお前は幸せものなんだぞ、と心の中で机に語りかける。

身体中の優しさとか暖かさとかいうものが涙のつぶに変わって頬を伝った。

ぼやけた視界で辺りを見回すと、そこらじゅう幸せ者の机ばかりが溢れていた。

いつもヘラヘラおどけてばかりのあの子も、ムッとしてちょっとおっかなかったその子も、みんなキョーコちゃんの言葉にはらはら涙を流している。

そんな皆の瞳には、涙だけではなくて覚悟のようなものが浮かんでいると思った。


キョーコちゃんは、私たちにずっしりとした実感を教えようとしてる。


人類は、一週間後に滅亡する。

わたし達は、一週間後に死ぬ。

『人類が滅亡』、それはつまり『私が死ぬ』ということ。


キョーコちゃんの言葉を聞いて、今更ながらそれがじわじわと私の火照った頭に流れ込んできた。

あの発表から今まで、わたし達はテレビの中の『ゆうしきしゃ』さながら日常会話の一ネタとして滅亡の話をしてきた。

けれど、今この瞬間にやっと私は自分の死期を理解したのだと思う。そうか。私は死ぬのか。

その実感が脳を侵食していくにつれ、頭の中の別の場所を源とした涙がぐんぐんと目頭に上がってきた。恐怖が瞳から溢れる。

怖い。と今初めて思った。


なぜ私たちは死ななければいけないのだろうか。

なぜ、どうして。


そこに、小説のような面白い理由がなくてもいい。つまらない事実でもいい。

この、私たちとの別れを惜しんで涙を流してくれる人との、当たり前の日常が壊れてしまうその理由が知りたい。


背中から聞こえる莉央の啜り泣く声を聞いて、普段強気な人の弱った姿にキュンとくる!と話していた葵の顔を思い出した。

ここにいたら、葵も泣いてたのかな。

あの、澄み切った群青色の瞳に浮かんだ涙を想像して、宝石みたいだろうなと思った。

膝に掛けた毛布をぎゅっと握って考える。

ああそっか。葵も一週間後には死ぬのか。

青空をそっくりそのまま人の形にしたような、綺麗な彼女。


『約束できる?』


あの日の、あの時の言葉は。

「…会いたいな。」

呟いた一言は、誰の耳にも入らずに湿気った空気へ吸収されてふっと消えた。


「あえて口に出しますが、私たちは何をしてもどうしてもあと一週間後には死んでしまいます。

だからこそ、最期の一週間の猶予をめいいっぱい有効に使って欲しい。

悲しくて辛くて受け入れられないのは本当に分かります。

だけど、だからこそ。最期に自分がどう生きるのかを意識して欲しい。

陳腐な言葉ですが、今この状況でこの言葉以上のものはありません。

『悔いのないように生きて』下さい。」


私の悔い。

死ぬ前に、残したくない悔い。


自分の中にある重い石のような塊に触れてみた。

心の大部分を占めているけど重すぎて動かせないし、壊せない。だから手付かずのまま放置しっぱなしだった感情の塊。

私は、あの青い化身にもう一度会いたい。

死ぬ前に、葵に会いたい。

もし彼女が、どんな秘密を抱えていたとしても。

もしそれが、到底許せるような事じゃなかったとしても。

あの日の生ぬるい風、夏の匂い、どこまでも続く底抜けの晴天。

それと、舌に残ったブルーハワイ。

夏色の君に、葵に、私はもう一度逢いに行く。

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