俺には忘れられない女性がいるんです……って言われたけどそれ私私私〜!!
めちゃくちゃなタイトルなのにだいたいシリアスでお送りします。
「申し訳ございません、俺には忘れられない女性がいるのです。その方以外に仕える気はありません。この処分はいかようにも」
私につむじを見せるこの男へ、言いたいことはたくさんある。
来世では貴方様を探しに行きます、その時は必ず一緒になりましょうね、とか。
生まれ変わっても変わらず貴方を愛します、とか。
俺の最愛の姫──エリーシャ、とか。
散々わたしの耳に甘く吹き込んでおきながら、希望を胸に死を迎えさせておきながら。
今の私を見ても冷ややかな感情しか浮かばせない、ひどい男。
とりあえず、これだけは叫ばせて欲しい。
俺には忘れられない女性が居るんです……って言われたけど、それ私私私〜!!
◇ ◇ ◇
アルベルト・シェライン。
莫大なる富を持つシェライン公爵家の次男坊であり、政略結婚にしては珍しくおしどり夫婦の間に生まれた彼は、数奇なことに前世の記憶があった。
かつての亡国アシード、その王国でとある姫君の護衛騎士を彼は務めていたのだという。
まるで理想郷のように豊かで緑あふれる国には、それそれは賢い王太子と、その妹である可愛らしい姫が暮らしており、温和な王が収める国はこじんまりとしているものの、他国と対等に交易ができるほど文化や技術が発展していた。
姫君はアルベルト一目見たときから好きになり、同様にアルベルトも姫君に好感を抱いたという。身分の差はあれど、公平な精神を尊ぶ王は2人の恋路を温かく見守った。
二人は優しく甘い日々を過ごし、幸せな日々を過ごしていた。
しかし、それは長くは続かなかった。
ある裏切り者が王城へと敵国の兵士を手引きしたのだ。
軍事に力を割いていなかった王国は、すぐに火に包まれた。王太子の行方もわからぬまま、護衛騎士は嫌がる姫君の手を掴み、城を出て逃げようとした。
しかし、敵国の兵士に見つかり、姫はあっけなく命を奪われた。護衛騎士も同じように深い傷を負い、息も絶え絶えになりながら、冷たくなった姫の手を掴んで誓った。
生まれ変わったら、貴方様を探しに行きます。
その時は必ず一緒になりましょう。
生まれ変わっても変わらず貴方を愛します。
私の最愛の姫──エリーシャ。
そして姫を抱き、持っていた短剣で胸を貫いた。
それが、アルベルト・シェラインの生まれながらにして存在していた記憶である。
アルベルトは生まれてすぐ、このような記憶があったために混乱し、夜は泣き喚いて疲れては眠り、また昼も泣き喚き続けた。
公爵夫妻は心配し医者を手配したが、健康になんら問題はないという診断を下された。他の医者を呼んでも、同じように言われるだけで、なんの手立てもなく日常は進んだ。
泣くアルベルトを心配し、ある日、10歳上の兄のロベルトはベビーベッドを覗いた。小さな赤ん坊がぱんぱんに目を晴らした姿を見て、悲しくなったロベルトは、アルベルトの手を取り言った。
「大丈夫だよ。何があってもお前はこの兄様が守ってやるから」
アルベルトはこの言葉に、存在した記憶がストンと心に落とし込まれる音を聞いた。今まで他人の記憶でしかなかったものが、アルベルトの記憶になったのだ。そう、かつてのアルベルトも、兄と同じように守ってやりたいと思った子がいたはずだ。
そこからアルベルトはすくすく育ち、5歳になってすぐ、「父上、母上、兄上、そしてリーン。俺には前世の記憶があります」と告白した。
公爵夫妻は衝撃のあまり卒倒しそうになり、一歳になった妹アイリーンをロベルトは慌てて公爵夫人の腕から救い出した。
あまりにも荒唐無稽な話に、理解を示したのは兄のロベルトだった。半信半疑の夫妻にロベルトは歴史書のページを開き、示した。
「アルベルトの話は本当だよ。かつてアシードという国があって、王子と姫がいた。そしてその代に国は滅んでる」
あまりにもアルベルトの話と合致した歴史の変遷に、夫妻はアルベルトを信じることにした。それに好きな姫君をまた見つけてお嫁さんにします、と宣言する息子は、微笑ましいものがあったからだ。
しかし、待てども待てども、姫君の生まれ変わりと思える女性は現れなかった。
アルベルトの容姿も名前も、今世と前世で変わっていない。
だから姫君──エリーシャ──も同じだろうと踏んでいたのだが、合致した女性は現れなかった。アルベルトは市井に潜り込み平民まで探したし、最下層のスラムまで向かったが、彼女らしき人は居なかった。
アルベルトが7歳のときに、自国に公女が生まれ、「エリーシャ」と名付けられた。しかし育つにつれて「我儘で性悪な王女」と噂され始めた。さらには黒い髪で真っ赤な目をしていると知り、彼女ではないと判断した。
アルベルトはすでに23歳となり、王国騎士団でも高い地位を得るまでに出世した。それでも姫は見つかっていない。
しかし、アルベルトは生涯、姫君だけを追い求め生きていくだろう。「あなただけは生きて」とアルベルトを庇って命を落とした彼女に、もう一度会うために。
◇ ◇ ◇
私には前世の記憶がある。
ふわふわとして愛らしくて、なんとも間抜けだったお姫様の時代の記憶が。
かつてアシードという王国があった。穏健派の国王夫妻は善人であり、そして理想主義者だった。独自の文化と技術を持ちながら、人と人は対話のできる唯一の存在だと尊んだ。
そんな優しい両親に育てられ、何も恐れなど知らず、ぬくぬくと育った。そして護衛騎士と恋に落ち、優しく甘い日々を過ごした。
ある日、青年を拾った。ひどい暴力に晒されたであろう青年は傷だらけで、今にも息が止まりそうで、護衛騎士に頼み込んで城へと連れて行ってもらった。
1ヶ月もわたしはその青年を看病し、目が覚めてもどこか暗い瞳をする彼を放っておけず、護衛騎士に反対されつつも彼を側使えとして置いた。毎日一生懸命話しかけて、彼の好きなものを探して、献身的に彼が笑顔を取り戻すように努めた。
彼は出会って一年後、初めて笑顔を見せてくれた。
その夜だった。
王国が火の海に沈んだのは。
意味がわからなかった。あっという間に見知らぬ兵士に城を占拠され、使用人たちが斬り殺されていく。その合間を護衛騎士に手を引かれて駆け抜けた。血で滑る床を踏む上げ、城を出て森へと逃げる。しかし追っ手は執拗に私たちを付け狙い、応戦した護衛騎士も苦戦を強いられていた。
暗い木々の合間から、一人の男が現れた。
それはわたしが保護した青年だった。すっかり顔色が良くなった青年は、わたしを見て微笑んだ。
「姫様」
「あなた……! ダメ、あなただけでも早く逃げて!」
「ああ、わかってないんですね。なんて幸せな姫様なんだろう」
わたしは青年の言葉が分からず、じっとその瞳を見つめた。
「おれ、姫様を裏切ったんです」
何事もないように言う青年は、楽しげに言葉を続ける。
「あなたのこと、ずっと嫌いでした。綺麗で可愛らしくて、純粋で──残酷なひとだから」
「……なにを言ってるの?」
「反吐が出ます。なにも知らず耳を塞がれて思考を奪われて夢の中で生きるお姫様なんて。可哀想。だからせめてもの償いです。あなたのあの最愛の男と一緒に死なせてあげる」
ボーガンの矢先が、護衛騎士を向く。その前にわたしは走り出し、あっけなく心臓に矢を受けた。
たぶん、何も考えていなかった。彼だけは巻き込んじゃいけないと思った。
「姫……!!」
痛切な叫び声が聞こえる。人間を切り倒す音が聞こえる。
やがて息吹は最愛の男のものしかなくなった。わたしの肩を抱く大きな手は、護衛騎士のものだ。
「姫、エリーシャ、リーシャ……ッ!!」
震える声に涙が出るはずなのに、もう何も動かない体が不思議だった。
残酷、と言われた意味がようやくわかった。姫に庇われて死なれた護衛騎士が、恋人に守られて死なれた彼が、この先どう生きろというのだろうか。
でも、わたしはもっと残酷にならなくてはいけない。この恋ごと、彼を死なせたくない。
「アル、おねが、い、あなた、だけは、生き、てね……」
彼はわたしに来世での約束を誓い、そして、わたしの言葉に逆らい胸に短剣を突き刺して絶命した。
そして、私は生まれ変わった。
エリーシャ・アウル・フォンベルク。
フォンベルク公国の第一公女だ。
ずいぶんとおとなしい赤子だったから、メイドたちには気味悪がられた。
でも、どうでもよかった。
かつての私は愚かだった。
なにも考えず、愛嬌を振りまき、そしてその無邪気さで王国を滅ぼした。父王も母君も、兄上も私のせいで死んだ。そして最愛の人に自死を選ばせた。純粋で残酷。かつての青年の言った通りだ。
一人で歩けるようになってからは、本を読み漁った。
同じ歴史を繰り返してはいけない。同じ轍を踏んではいけない。愛した人の悲痛な叫びを思い出すたび、夜は眠れもしなかった。
大公である父は私には興味がなく、王妃である母は私や兄に厳しく、そしてある程度の距離を取って接していた。
それでもよかった。放っておかれるのは勉強するにも楽だったから。
でも私が10歳になったある日、兄がやってきた。
双子で生まれた私たちは、やはり微妙な距離があった。だからこそ、今までは兄が部屋を訪れるようなことは無かったはずだが。
「エリーシャ」
「……フィロン」
前世の兄と同じ名前。しかし、容姿は違う。
前世の兄は金髪で、青い瞳だった。しかし今は兄も私も、黒髪と赤い瞳をしている。
「エル」
今まで呼ばれたことのない名称は、しかし前世はたくさん愛情を込めて兄から呼ばれていた名前だ。
目を見開けば、フィロンは泣きそうに笑う。
「思い出すのが遅れて、ごめんね。一番言わなきゃいけないことを、伝えにきた」
「兄、様……?」
「お前のせいじゃない。お前せいじゃないよ、エル。あの国が滅びたのは、たくさんの理由があった。もし、お前が自分のせいであると思っているなら、僕は言わなきゃいけない。お前のことを恨んだことなんてない。後にも先にも、ないのだから」
兄に抱きしめられ、兄の言葉が胸に浸透した頃には、私はひどい嗚咽を漏らし、震えていた。
兄はわたしの背中をトントンとあやし、言葉を口にする。
「いい国にしよう、エル。お前と僕で、この国をアシードにも負けない国にするんだ」
その夜、生まれ変わって初めて、私は大声をあげて泣いた。
◇ ◇ ◇
12歳の時、アルベルトと出会った。
私は公女であったし、アルベルトは一介の騎士で、今まで出会うことはなかった。
アルベルトが生まれ変わっていたことを知ったのは、11歳のときだった。しかし、あまりの罪悪感に彼に自分が「あなたの愛したエリーシャは私なの」と言いにいくことは憚られた。彼は私のせいで死んだのだから。
ある噂は、私の耳にも入ってきていた。「公爵家の御令息であるアルベルトには前世の記憶があり、かつて愛し守っていた姫君を探している」というものだ。
これを聞いたとき、私は心臓が止まるかと思った。歓喜と悔恨に打ち鳴らされる心臓は、私をとてつもなく振り回した。
その噂に頭がおかしくなった、と嗤っていた貴族は、やがて彼が婚約者を作らないことや、一心不乱に騎士団で序列を上げる様を知り、「なんという美談だ」ともてはやした。
そして、彼の純愛とその美麗な顔立ちに撃ち抜かれ、「私が貴方の探していた女性です」と何人かの令嬢が名乗り出たという噂も聞いている。
そのたび私は身を火で炙られるかのような気持ちになり、そして余りの己の身勝手さに吐き気がした。彼の噂を聞かないようにしながらも、12歳で結局彼に出会うことになってしまった。
デビュタントに備え護衛騎士を選ぶのだ、という父の命令により、遅くはあったが護衛騎士を選ぶことになった。
その候補に、アルベルトが選ばれたのだ。そして兄であるロベルトもまた、候補に上がった。
そして、冒頭に戻るのである。
「アルベルト──」と思わず声をかけ、私の期待は打ち砕かれた。
「申し訳ございません、俺には忘れられない女性がいるのです。その方以外に仕える気はありません。この処分はいかようにも」
ぐっと唇を噛み、気持ちを堪える。
「……わかった。お前は候補から外す」
「寛大な処分に感謝申し上げます」
そんなわけで結局、アルベルトの兄であるロベルトを護衛に選んだ。
もう一人必要だったけど、あまりにも衝撃的すぎて「護衛は当分一人しかいらない」と言って部屋に引き篭もった。
……嘘つき。
なにが「来世では貴方様を探しに行きます」なの?
嘘つき、嘘つき、嘘つき!
わたしのことを分からなかったくせに。
あなたのエリーシャなのに。わたしがあなたのエリーシャなのに!
髪がピンクじゃなくて真っ黒だから?
目が青じゃなくて真っ赤だから?
あの頃より身長が高いから?
垂れ目じゃなくて吊り目だから?
あの頃みたいに勉強嫌いじゃないから?
泣いて、泣き疲れるまで泣いて、うとうとして目が覚めては泣いた。起きたら膝の上に寝かされていて、視線を上げたら兄の顔があった。
「にいさま……」
「いまは忘れて、ゆっくり寝なさい」
頭を撫でられる。その気持ちよさに目蓋を閉じて、夢の中に落ちていった。
◇ ◇ ◇
それから、一年が過ぎ、二年が過ぎ、三年が過ぎて。
私はふっきれた。
よくよく考えれば、ひどい話だ。
あんなに「来世であなたを見つけて一緒になります!」と豪語してたのに、私を見て誰かわからないなんて!
百年の恋だって五十年に半減してしまうぐらいの暴挙だ!
いくらアルベルトがそっくりそのまま生まれ変わったから、エリーシャもそうなっていると信じていても、だ。
容姿が多少違ってても、名前が同じ「エリーシャ」なのだからもっと疑うべきじゃない!?
あまりにも周りへの態度がそっけないから、いつのまにか性悪だと噂されているのを聞いたのかも知れない。
あるいは、15歳にして男を5人囲っているという噂を聞いたのかも知れない。
事実無根だ。成績優秀だが平民ということで城内で働けない人を本格登用するために、何人か世話をした覚えがある。父はこの案に難色を示したが、フィロンと二人がかりで説得した。いかに国家においての損失を示すか理詰めでフィロンと説明してたら、父は折れた。もともと、子供に関心がないだけで合理的な人である。
しかし、それだけで男を5人、しかも下賤の民を囲っている、みたいな噂を立てられるのは、この悪女顔のせいだろうか……? 噂の出所を突き止めたら処す所存だ。
というか、かつて自分のせいで国を滅ぼしたのにまたほんわかな性格してたらやばくないか?
ちょっとどうかと思う。
でもアルベルト、昔から私に対して変な幻想を抱いてたからなあ。
「実のところ姫は妖精の国で生まれ、取り違えられたのではないですか?」とマジ顔で言ってきてたもんなあ。かつてのお兄様でさえ、ドン引きしてたもの。
「殿下、訓練所に寄っても? 忘れ物をしてしまって」
「私を待たせるなんて良い度胸だな、ロベルト」
「あなたが待ってくれるとわかっているので」
そう言ってウインクをして煙に巻く始末だ。弟が猪突猛進なのに、どうしてこうも軟派になってしまったのだろうか。
訓練所ではたくさんの騎士が模擬刀を使い、打ち合いを行っている。ひときわ激しい剣戟の音に顔を向ければ、アルベルトがいる。
「アル、そんな形相じゃ例のお姫様に逃げられるぞ!」
打ち合ってる相手の男が軽口を飛ばす。
「黙れ!」
そう言い、アルベルトの振り切った剣筋は、相手の模擬刀を飛ばした。勝負がついたようだ。
「ったく、お姫様のこととなると頭に血が上るのどうにかしろよなー」
「うるさい、お前がお姫様などと呼ぶな。姫が汚れる」
「そんな妖精姫なんて忘れてその辺の女性に目を向けろよ。不毛だぞ」
「うるさい。姫を見て並の女で納得できるか。姫は柔らかいピンク色のふわふわの髪に、うるうるとした大きな快晴の空のような目をしていてな……! 声まで可愛らしくて、あの頃でさえ国では一番の美姫だったんだ。もし今存在していたら姫のために大陸は傾くぞ」
フィルターかかりすぎでは??
大陸が傾くなら危険因子すぎて殺した方が後にも先にも良いのでは??
聞いてるのもしんどい。わたしはめまいがしそうで、そっと目を手のひらで覆った。
「おそらく、妖精族の血が混ざっていたのだろくう……。もしかしたら、王家と縁のある妖精族からやむを得ない事情で養子にされたのかも知れない……。あの純粋さであれば納得がいく……」
「恋愛フィルターかかりすぎでは?」
よく言った、名も知らぬ騎士!
わたしはセコンドのようにガッツポーズをした。
「は?」
一音なのにドスが効きすぎている。
「あの、ほら……恋はあばたもえくぼって言うじゃん?」
「姫にはあばたもえくぼも無いが!?!?」
違う、そうじゃない。
「いやそうじゃなくてさ……。どうすんだよ、そんな過度の期待をかけてさ。あるだろ、記憶の中では凄く美味しかったものを久しぶりに食べたら、そうでもなかった話とかさ。実際に会ってそうでもなかったら、どうすんだよ」
見知らぬ騎士、めちゃくちゃ良いこと言う!
そーだ、そーだ!
「実際に会ったら記憶より548768億倍は可愛いに決まってるだろうが!!??」
「お、おう……そっか……」
もうダメかも知れない。
私は一生あのエリーシャだと気づかれない方が幸せかもしれない……。
五十年の恋も二十五年に半減しそうだ。
「クハ、おもしろすぎる……!!」
いつのまにか背後にきて腹を抱えて笑うロベルトがいたので、とりあえず拳を腹に決めた。ゴフゥ! と口からうめき声が出たが、そんなに大袈裟にしなくてもいいと思う。
「笑うな」
「今笑わないでいつ笑う? その"愛しの姫君”は殿下なのにさ」
そう、このロベルトという男、弟であるアルベルトの忘れられない相手が私だと気づいているのである。
ちなみに兄のフィロンも気づいてる。「ちょっと顔と性格が変わったくらいでエリーシャだと気づかないなんて愚かの極み」と言っていたが、おそらくちょっとどころではないからアルベルトは気づかないのだろうに。
うーん兄の欲目。
「まあ、だいぶ前世の恋に頭やられてるからなあ。弟ながらバカだなーと思いますが、面白いものは面白いんで」
「あの妄言を耳にした私の気持ちになれ」
「すみませんね、愚弟が」
「ああ、本当に悪いと思うならどうにかしろ」
「古来より馬鹿と恋につける薬はないのでねえ……」
私がため息をつくと、ロベルトはケラケラと楽しそうに笑う。
「で、殿下……!?」と私たちのことに気づいた騎士たちが片膝をつく。
なので私は「楽にしろ」と一言だけを告げた。
強い視線を感じ、そちらの方に顔を向けると、アルベルトと目が合った。アルベルトは気まずそうな顔をした後、目礼をする。
護衛騎士を選ぶとき、思わずアルベルトの名前を口にしてしまった。そのことにより、アルベルトは私に護衛騎士に選ばれたと思っているのだ。そして自分の意思でその申し出を断ったと認識している。
「邪魔をしてすまなかった。国のため、大変だが精進してほしい」
全員がビシッと敬礼を決めるので、私は一度、微笑んでから訓練所を後にした。
◇ ◇ ◇
「弟には打ち明けないんですか?」
「何度目の質問だ、それ」
「142回目ですね」
「お前らそういうところがちょっと気持ち悪いぞ。何度も言っただろう」
「ええ、聞きました。何度も。姫の立場では弟への脅しになるからって」
「ああ。私が申し出たら、納得しなくても私がその前世の相手だと認めなくてはならない。権力とはそういうものだ」
「前世の相手そのものなのに?」
「アルベルトにとっては偽物の相手だ。彼が納得しない限りは」
「難儀ですねえ」
◇ ◇ ◇
「エリーシャ殿下、15歳の貫禄じゃないんだよな……」
「俺も平民じゃ無いけど6人目の男にしてくれないかな、踏まれたい……ってイテェ! 殴んなアル」
「すまない、手元が狂った」
「そう言いながらも殴り続けんのやめてくれる?」
◇ ◇ ◇
「エル、由々しき自体だ。父上の隠し子が見つかった」
「は?」
寝耳に水、とはまさにこのことだ。城は大騒ぎになり、急いでその落胤を迎えることとなった。
ミシェル、という名前の、17歳の女の子らしい。そうなると、私とフィロンの姉となる。
今までは城下町で暮らしていて、ミシェルの母が王である父上からもらったペンダントのおかげで発覚したらしい。
というか王家の宝を一般人にあげるな。
ミシェルの母はミシェルが14歳の時に病死してしまったらしい。
それから後見人に面倒を見てもらっていたミシェルだが、17歳になり娼館に無理やり売られそうになったようだ。それでやむなく逃走資金を得るため、母の形見を質屋に出し、それが王家の宝だと発覚。
そして私たちは今、ミシェルと顔合わせをすることになったのだ。
「初めまして、ミシェルと申します」
──似てる。
前世の私に、似ている。
ふわふわのピンク色の髪も、快晴の空のように青い瞳も。背の低く華奢なところも。
黙り込んだ私の手を握り、フィロンが「よろしく。しばらくは慌ただしいだろうけど、ゆっくり落ち着いたら三人で話をしよう」と言い、私の手を引いて部屋を出た。
「エル……」
気遣わしげにフィロンが呼ぶ。だから、私はなんとか笑顔を作った。
「大丈夫」
なにが大丈夫かとは言えなかったが、フィロンは困ったように笑って「無理はしないで」と言ってくれた。
フィロンと別れてから、城にある庭園へと足を運ぶ。月が昇り、星がちらついているが、構わずに噴水の縁に座った。
ぽろり、と涙が溢れたら最後、決壊するだけだった。
──きっとアルベルトは、ミシェルを愛するだろう。
ミシェルは何も分からないまま、彼の純真な愛を受け取り、二人は結ばれるだろう。
そのとき、私は笑顔でいられるだろうか。何事もなかったように姉を、彼を祝福できるだろうか。
黒くまっすぐな髪が目に入る。ピンク色だったら、すぐにわかってくれただろうか。
涙が溢れる目も、冴え冴えとした青だったなら、気づいてもらえただろうか。
でも、このままでいいのかもしれない。
わたしのせいで彼は死んだ。わたしが彼を殺したようなものだ。
──この罪を償うために、手放した方がいいのではないだろか?
心の中でリーシャが泣き喚く。
嫌よ! 彼はわたしの騎士だった! わたし以外は目もくれないと言った! 来世も愛すると言った! わたしのなの、アルベルトは、わたしのなの──。
おさない姫が心の中でくずおれて泣いている。
泣けばすべてが手に入ると思っていた、甘ったれたお姫様が喚いてる。
私は目を開いた。
潮時だ。心に住む甘ったれたお姫様と彼への恋心を殺すときが来た。
私はわたしが嫌いだった。アシードの姫エリーシャが嫌いだった。何も聞かず何も見ず、何も考えない彼女が嫌いだ。その無知と純粋な心が、無辜の国民さえも殺し、愛する人まで殺した。
だから、私は今の私が好きだ。嫌なものでも聞いて見て考える。傷だらけの今の私の方が好きだ。彼に受け入れてもらえない私でも、きっと好きでいられる。
「殿下?」
俯いていた顔をあげれば、アルベルトがいた。
──ああ、あなたは簡単には諦めさせてくれないのね。
◇◇◇
「見るな」
命令を下す。我儘で性悪な公女らしく。
「……殿下、あの……俺でよければ、話を──」
「出ていけ」
ぎゅっとドレスの胸元を掴みながら、ぴしゃりとアルベルトの言葉を跳ね除ける。
「聞こえなかったか? 出ていけ」
「……こんな夜更けに一人にはできません」
「うるさい、命令だ。三度は言わない」
ギリギリと歯噛みをする。涙がツンと鼻をつく。今にも箍の切れそうな涙腺を、必死でこらえる。
今そばにいられたら、縋ってしまう。私を見て、と。私があなたのエリーシャなの、と。みっともなく縋ってしまう。
「せめて、そばにいさせてください」
──その言葉に、心が荒れ狂う。一瞬にして憎悪と愛情に飲み込まれた私の心が、軋んで歪んで音を立てる。
「嘘つき……」
「え……?」
「嘘つき、嘘つき、嘘つき! そばにいてくれないくせに、いつもそばにいるって誓ったくせに! どうして、どうして……! 私のことをわからないくせに!!」
「殿下……?」
「私のことを見ないくせに、来世では必ず見つけ出すと言ってくれたくせに、私の言うことを必ず聞いてくれるって言ったくせに、あなただけは生きてって、言ったのに……ッ!!」
残酷だとしても、アルベルトには生きて欲しかった。愚かな姫を守れなかった騎士と蔑まれても、生きて欲しかった。
嗚咽で震える肩に、手が触れる。そっと目の前に片膝をつき、アルベルトがこちらを覗き込んでくる。そして、私の頬に手のひらを寄せて、笑った。ひだまりの中でほころぶ、花のように。
「その泣き顔、リーシャだ……」
「は?」
「貴方、普段はすごく可愛いのに泣き顔はブチャイクで昔から最高に興奮する」
「は???」
こいつ処すか???
私がキレている間、アルベルトの長い腕が伸びて私を囲う。
「昔よりデカいな……」
「は???」
処すか???
「昔は折れそうで心配だったけど、今は心配なさそうだ……」
「……そんなこと言ったって許さない」
私はわざとアルベルトの肩口で涙を拭いてやった。
「許さないでください、リーシャ。ずっと俺のそばで俺を恨んでて。愚か者と隣で百年蔑んでいて」
「せめて二十五年だな」
「二十五年でも構いません。残りの七十五年は貴方のそばに俺がいます」
ぐすぐすと泣き声を漏らす私の背を、アルベルトがゆっくりと撫でる。
「貴方のお願いを無碍にしたことは謝ります」
「それは……もういい。結果的に私のせいでお前を死に追いやったのだから」
「それは違うと断言します。そもそもあの国は、多くの他国から狙われていたのです。どのみち同じことは起きていました」
「……アル、慰めはいらない」
「なら、償いのために俺のそばにずっといてください。俺をもう一度死に追いやらないように、貴方がそばにいて見張っていて。貴方に死なれたら、俺はもう一度同じことをします」
その言葉にゾッとした。背を撫でるアルベルトの手が、知らない男のように感じる。
アルベルトは私の体に回していた腕を離し、肩を掴んで、私の顔を正面から見た。
「ああ、リーシャだ。かわいい……」
都合のいい男、とか。気づかなかったくせに、とか。言いたいことはたくさんあったけど。
触れた唇の熱に、私はそっと目蓋を下ろした。
◇◇◇
噴水の縁に座りながら、アルベルトと手を繋ぐ。
「ミシェル姉上を見て……どう思った?」
そして、いま一番気になってることを聞いた。
「人間ですね」
アルベルトは考え込む素振りすら見せず、そう言った。ちょっとぐらい一考してほしい。
「は?」
「確かに、貴方の昔の姿に似ているけれど、人間の枠を出れてません。昔の貴方はまさしく妖精でしたので」
「お前、私の容姿が好きだったのか……?」
「もちろん好きでしたけど、昔、俺に告白する時の貴方のブチャイクな泣き顔を見て、俺は貴方を一生守ろうと思いましたよ」
「なんかもう末期だなお前……」
「そうなんです、姫様のせいですよ。最後まで面倒見てくださいね」
そう言って微笑むアルベルトを見て、もしかしたらとんでもないものを前世から捕まえていたのかもしれないと私は寒気がした。
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