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 そこへノックの音がし、黒いドレスに黒いベールをかぶった女が入って来た。

 じれったいほどにゆっくりと歩みを進め、アゴスト家の面々の横を通り過ぎ、向かい合って座るサリナス家の側に行くと、クラウディオが差し出す手を取り、隣に座った。喪服の女は座った後もクラウディオの手をつかんだままだった。

 女はイルダに向けて

「イヤリング、カエシテ」

と言った。とっさにイルダは立ち上がり、後ずさって椅子につまづき、再び腰を下ろした。

「あ、…アドリアナ、…様、…生きて?」

 震えながらつぶやいたイルダに、ベールをかぶったままの頭がゆっくりと動いた。イルダを見ている。死んで当然の怪我だった。生きていたとしても、治癒師にも治せない大怪我を負い、立ち上がれるはずなどないのに。イルダは体をめぐる血に氷が混ざっていくような錯覚を覚えた。

「ドッケン、モッテル。ワタス。ソウイッタ。イルダ、イル。アンシンしてた。それなのに…」

「し、知らないわ、知らない。私はいなかったものっ」

 イルダは喪服の女に怯えた目を向けながら叫んだ。

「イヤリングを受け取るだけ。自分たちはパーティがあるから送ってくれればいい。そう言ったのに。何を飲ませたの? 体がしびれて意識がなくなったわ。誰が私を襲ったの? 火事が起きても見捨て、消火が間に合わなかったら私はあの時死んでいたわ」

 喪服の女の言葉からたどたどしさが消えていた。ゆっくりと、落ち着いた口調で問い詰めてくる。あの場にいた真実を知る者。もういなくなったはずの…。

「あ、あなたが好きでやったことでしょっ! お兄様といいことして、火事で逃げそびれたって、そんなの私には関係ないわっ」

 イルダは保身のためにアドリアナに手を出した犯人を口にしていた。

「やはりセブリアン様なのね。私に薬を盛って意識を奪い、眠らせた私を襲い、焼き殺そうとしたのはあなた?」

 ベールをかぶった顔がセブリアンに向けられた。顔は見えなかったが、視線を痛いほどに感じた。見えないはずのその目が赤く、血のように赤く食い込んでくる。

「ち、…ちが、殺そうなんて…」

「魔物が来た時、私を魔物の盾にして自分だけ助かったあなたなら、それくらいのことするわね」

「違うんだ、アドリアナ嬢…」

「人払いをして、強引に抱きついてきて、魔物が出た途端、魔物に向けて私を突き飛ばしたんだもの。うまく死んでくれてよかったと思った?」

 セブリアンの目の前で、黒い喪服の胸に赤い血が滲みだす。油絵の具のように服の黒さを上塗りし、まるで切り裂かれたばかりのように血の赤が広がっていく。

「うわああああああああっ!」

 セブリアンは頭を抱えてうずくまり、悲鳴を上げ続けた。喪服の女はそんなセブリアンからイルダに視線を移すと、手を差し出した。

「イルダ、お母様のイヤリングを返して。あれはわが家に伝わる大切なものなの。あなたにあげられるようなものではないのよ」

「し、知らない。私、知らない」

 イルダはその手から逃れるように、必死で後ずさった。ソファの背が当たり、それを乗り越えようと背を向け、人のいない左側に逃げようとしたが、慌てるあまりソファから落ち、床に尻を打ち付けながらも必死になって後ずさった。

「婚約者は譲って差し上げたわ。でも譲れないものもあるのよ」

 席から立ち上がり、イルダを追うようにゆっくりと歩みを進める喪服の女。差し出したままの手が迫ってくる。ベールの向こうの瞳が赤く光って見えた。

「か、返す、返すわ! だから来ないで! 寄らないで!」



 王が手をあげると、王城の衛兵がセブリアン、イルダ兄妹を捕らえ、連れ出した。

 喪服の女は連れ去られる二人を見ることもなく、ただ立っていた。セブリアンだけに見えた血の跡はどこにもなかった。アゴスト伯爵も事情を聴くため連れ出されると、まるで人形のねじが切れたかのように喪服の女は動きを止め、その場に崩れた。

 クラウディオは喪服の女を支え、抱えあげると一礼をして先に部屋を出た。

「王よ、ご協力いただき、ありがとうございました」

 サリナス侯爵が王に礼を述べると、王は

「アドリアナ嬢には、無理をさせてばかりだな…」

 そう言うと静かに席を立った。



 キルケア王国の第二王子との婚約は、本来王家の第二王女が受ける話だった。しかし王女は国を離れたくないと泣いて嫌がった。王女に甘い王は代わりを探し、サリナス侯爵家が引き受け、アドリアナが婚約者となった。

 婚約から十二年も経過した後で「王子は自国の貴族令嬢と結婚することになった」とアドリアナとの婚約は突然、一方的に破棄された。「元々王家同士のつながりを深めるための婚約を反故にしたのはそちらの国だ」とキルケア王国側は謝罪さえもしなかった。そのことが、アドリアナに何か非があったのではないかと余計な憶測を生んだ。


 王は善意で次の婚約者を推薦したが、アドリアナもその相手のブリオ伯爵家も納得しないまま命令として受け入れた。ブリオ伯爵は王族から不要と言われたハズレ令嬢を引き取らされたと思い込んでいた。それ故にアドリアナの不祥事を知ると早々に婚約を破棄し、当てつけのように間を置かず次の婚約者を決めた。

 その相手はイルダ・アゴスト伯爵令嬢だった。

 以前からセルジオ・ブリオに思いを寄せていたイルダは、アドリアナがブリオ家に受け入れられていないと知ると、セルジオに接近して自身をアピールし、ついにセルジオに

「婚約者さえいなければ君を選んでいたのに」

と言わせた。

 イルダはアドリアナを失脚させる以外に自分が幸せになる方法はないと決意を固めた。


 イルダは兄が嫌いだった。働くことを厭い、酒や女にふけり、頻繁に怪しげなパーティに参加している。そんな兄にも役に立ってもらえる時が来た。アドリアナが兄の好みだと知っていたイルダは兄をそそのかし、イヤリングを盗み、アドリアナに罠をしかけた。

 イヤリングを拾った人を知っているとアドリアナを呼び出し、共にドッケン伯爵の家へ向かえばアドリアナは疑うことはなかった。伯爵の協力でアドリアナは眠らされ、易々と兄の手に落ちた。自分の狙っていた男の婚約者を確実に消す。屋敷は半焼でアドリアナは死ななかったが、火事をきっかけに乱交パーティは人の知る所となった。パーティの参加者としてアドリアナの醜聞を広め、さらに刺激的な醜聞を追加すれば、貴族たちは喜んで広めてくれた。

 愚かな兄が勝手にアドリアナに追い打ちをかけ、さらに魔物がとどめを刺してくれた。

 目的は達成した。全てうまくいった。

 そのはずだった。


 後日、イルダは屋敷に火を放ったことを自供した。


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