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サリナス侯爵令嬢、アドリアナの死が伝えられた。
葬儀は親族だけで済ませ、弔問は遠慮願いたいと告げられた。
それから三日後、アゴスト伯爵とその長男セブリアン、長女イルダが王城に呼ばれた。
セブリアンはまだ肩を痛めていると言ったが、王の命令に欠席は許されなかった。
アゴスト伯爵は、招かれた部屋にいるサリナス侯爵と、アドリアナの婚約者クラウディオに足を止め、不審そうに睨みつけたが、すぐに平静を装い、王に言われるまま席に着いた。
「さて、今回貴殿達を招いたのは他でもない。先日の貴殿の別荘で魔物が出た件について、幾分か確認したいことがあってな」
王がサリナス侯爵に目をやると、侯爵は頷き、言葉を引き継いだ。
「あの日の四阿での状況を確認したい。魔物の出た位置を考えると、何故娘の方が重傷を負ったのか、どうも腑に落ちないのだよ」
「何を言うかと思えば。気の毒ではあるが、どうして魔物が令嬢を選んだのか、それは魔物にでも聞いてもらわなければわからないことでしょう」
アゴスト伯爵は鼻息を鳴らし、出されていた茶を手に取った。その横でセブリアンは小さく身を震わせていたが、ぎゅっと拳を握り、
「大変申し上げにくいことですが…。アドリアナ嬢が、私をかばったのです」
そう語るセブリアンの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「婚約者の前で打ち明けるのは申し訳ないが、私達は愛し合っていた。あの日もアドリアナ嬢が私の元を訪れ、私達はお互いの愛を確かめ合っていたのです。そこに現れた魔物に、私の前にアドリアナが立ちふさがり、あのような怪我を…」
ちらりとクラウディオに目をやりながら涙を流し、イルダが
「お兄様…」
と横からハンカチを差し出した。しかしその発言にサリナス侯爵もクラウディオも驚きも怒りもしなかった。サリナス侯爵は、ただ確かめるために質問を続けた。
「うちの侍女に四阿に近づかず、屋敷の中で待つように指示をしたのも、そのためだと?」
「ええ、そうです。二人きりになりたかったのです」
「自宅の庭だからと護衛もつけず?」
「…今となっては、恋に盲目になっていたとしか申し上げられません。ですが、あのような場所に魔物が出るなどと、誰が予想できたでしょう。とは言え、私の判断が甘かったことは否定しません。…大変申し訳ありませんでした」
浮気をした間男が相手の女を守ることさえしなかった。それを女が男を守ろうとした美談にして自らの保身を図ろうとしている。その浮気さえ本当かどうかわからないが、アドリアナがいないこの場では、セブリアンの言葉の他、状況を確認できるものはない。
サリナス侯爵は、目の前の兄妹に細めた目を向け、小さく溜息をついた。
「なるほど、うちの子と恋人同士だったから、一緒にドッケン伯爵邸の乱交パーティにも参加したと、そういうことかな」
その言葉に涙も忘れ、二人は顔色を悪くした。
「わ、私は、そんなパーティには行ってませんわ」
いち早くイルダが否定した。
「あの火事があったパーティですわよね。私もお兄様も、あの日は家にいました。うちの馬車の記録をご覧いただいても、ドッケン伯爵様の馬車の受付を見ていただいても」
「ないだろうね。うちの馬車に相乗りしたと証言を得ている。我が家の馭者、侍女だけでなく、ドッケン伯の従者にも確認が取れているよ。当日の参加者からも、お二人の姿を見たと複数の証言を得ている。特にセブリアン殿はこの手のパーティの常連だったとか」
「な…」
イルダはドレスの布を握りしめた。その手はブルブルと震えていた。
あの手のパーティは他言無用、何があっても互いの秘密を守るのが暗黙の了解だというのに、サリナス侯爵は証言を得ていた。あのドッケン伯爵からも…。
「逆に、パーティ参加者の中で、ドッケン伯爵を除くとうちの娘の姿を見た者がいないのだよ。おかしいだろう? 派手に着飾ったパーティに、訪問着を着た娘が紛れていれば悪目立ちし、目撃者がいてもいいはずだ」
セブリアンもイルダもそろって様子がおかしい。アゴスト伯爵は子供達二人が何かしでかしたことに感づき、
「それは関係のない話だ。今日は我が家の別荘に現れた魔物のことで」
と急ぎ話題を変えようとしたが、王は差し出した手を追い払うように振った。
「アゴスト伯は発言を控えるよう。…続けよ」
サリナス侯爵は王に一礼し、二人への追及を続けた。
「娘が見つかったのは二階の部屋だったと聞いている。…娘はパーティへではなく、別件でドッケン伯爵の元を訪ねたのではないかと思われるのだがね」
「そ、そうです、言うに言えなかったのですが…」
サリナス侯爵の疑いに、そのまま乗ってしまえばいい。セブリアンは自らのひらめきに笑みを見せた。
「私とアドリアナ嬢はあの日、パーティ参加ではなく、その、…秘かに部屋を借りるために、あの家を訪れていたのです」
「では火事が起こった中、あなただけが逃げたと?」
「い、いえ、アドリアナ嬢が眠いと、休んで帰ると言ったので、私は…。まさかあの後、あんなことになるなんて」
「娘の風評にも、何の対応もせず、守りもせずに?」
サリナス侯爵の怒りをこらえた目線にも動じることなく、セブリアンはとうとうと語り続けた。
「私が出て行っては、アドリアナ嬢の評判を落とすだけだと、そう思ってしまったのです。アドリアナ嬢はそんな私を許してくれました。だからこそ、その後も私の元を訪れ、魔物が出た時には私をかばってくれたのです。ああ、アドリアナ…」
婚約者がいながらも自分を愛するアドリアナ。愛のために自分を守ったアドリアナ。
セブリアンは自分の筋書きにうっとりと満足し、にやけそうになる顔を必死に抑え、涙を浮かべた。
乱交パーティに参加した疑いが消えないイルダは不満げだったが、兄の小芝居のおかげでその話題は霞み、このまま誰も指摘することなくこの場が収まることを願っていた。