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クラウディオがソファの上で仮眠を取っていると、何かが動く気配がした。
クラウディオは反射的に剣を手に取って起き上がり、ベッドを見ると、アドリアナが上半身を起こしていた。夜着の下にある胸の傷は見えないが、服を通り抜けて立ち上がる瘴気がまだ傷が癒えていないことを示している。
アドリアナは宙を見ていたが、クラウディオが起き上がったのに気が付くと、ゆっくりと視線を動かした。その目はいつもの碧ではなく、血のような赤い色をしていた。
魔物に乗っ取られたか。
クラウディオは剣を鞘から引き抜こうとしたが、赤い目のアドリアナは襲い掛かってきそうな気配はなかった。婚約してから向けられる蔑視も敵視もない。
「おまえは、…誰だ」
思わず問いかけたクラウディオに、
「アド、…アドアド? …アド、イアナ。ナマエ」
返ってきたのは、カタコトの返事だった。アドリアナであればそんな半端な自分を許しはしないだろう。しかし今のアドリアナはたどたどしい自分を少しも恥じることはなく、むしろ答えられたことに満足しているように見えた。
「おまえは、…魔物か?」
ばからしい問いかけだと思ったが、意外にも相手は正直に答えた。
「ソウ。アドイアナ、ハナシ、ムリ」
「おまえはアドリアナの体を乗っ取ったのか?」
「ノットル? …ナニ?」
「おまえの名前は?」
「アドイアナ、ユッタ。ワカラナイ、オマエ、バカ」
確かに二度目の質問だった。魔物自身の名を聞いた、その真意がわかっていなければ。
クラウディオは思わずくっと笑い声を漏らした。アドリアナの口から飛び出たバカと言う言葉。本を投げつけられた時のような憎悪はなく、魔物の方がよっぽど可愛げがある。
「どうして、あの屋敷にいた」
アドリアナは黙り込んだが、怒った表情は見せなかった。ぼんやりとクラウディオに目をやりながら首を傾け、
「アイツ、ヨンダ。カエス。ホント、ユウ。デモウソ」
「あいつ? あいつとは誰だ?」
「…。…、セブ。セブイアン」
セブリアン・アゴスト。今日同じ場所にいた密会の相手だ。アドリアナは呼ばれてあの家に行ったのか。
「セブイアン、キライ」
子供が拗ねるように口をすぼめて言う姿に、
「嫌いなのはおまえか?」
とクラウディオが尋ねると、
「アドイアナ」
とだけ答えた。そして瞬きがだんだんと長くなり、そのままぱたりと後ろに倒れると、再び静寂が訪れた。