2
婚約者になって一か月後、侯爵に城の夜会にアドリアナを連れて来るよう命じられ、クラウディオは正装をしてアドリアナの元を訪れた。しかし部屋にアドリアナはおらず、アドリアナの侍女が
「お仕度は終わっているのですが…」
と言葉を濁した。
ふうっと溜め息をつき、クラウディオはアドリアナを探して屋敷中を回った。
やがて、庭の奥で見つけたアドリアナは、若い騎士団員の男レオンと抱き合っていた。それを見てもクラウディオは顔色一つ変えず、
「その男がいいのか」
と言った。その声に振り向き、慌ててアドリアナを引き離したレオンに、アドリアナはレオンの腕をつかんで自分の近くに引き寄せた。
「ち、違うんです、クラウディオさん」
レオンは何か言い訳をしようとしたが、
「後で侯爵に婚約者候補にレオンを勧めておこう。だが、今日は城の夜会に連れて行かねばならん」
アドリアナは隠れるようにレオンの後ろに回ったが、すぐに腕をつかまれ、どんなに踏ん張っても何の抵抗もしていないかのように足が進んだ。
「離してっ! こんな乱れた髪で夜会なんて」
「自分がしたことだ」
クラウディオはひどく暴れるアドリアナの両手首を縛り、抱きかかえるとそのまま馬車に乗せた。車内には侍女がいて、揺れる車内でも何とか髪を整えた。城に着くまで手の拘束は解かれず、降りる間際にようやく解かれた。手を縛っていたのはクラウディオのタイだった。しわになったタイを気にもせずそのまま締め直し、アドリアナの手を取った。
アドリアナの手の震えがクラウディオの手に伝わって来た。本気で夜会に行きたくなかったのだろうとクラウディオは察したが、サリナス侯爵の命に背くわけにはいかない。時に強く握る手を、軽く握り返した。
クラウディオの腕を取り、アドリアナは夜会の行われる王城の大広間へと足を進めた。
視線の刃物がアドリアナを突き刺す。手や扇で隠された口から吐き出された毒がアドリアナに向けて注がれる。しかし、震えを感じさせないほどにアドリアナは胸を張り、一見動じることなく歩みを進めた。
会場に着くとクラウディオは護衛のようにアドリアナのそばについていた。遠くでは嘲り笑いながらも、近づくときには笑みを見せ、親し気に話しかけてくる貴族の有様をクラウディオは不快に思い、時に鋭い視線を返し、体で陰になりながら侯爵が来るのを待った。やがて侯爵が会場に入るとアドリアナを侯爵に引き渡し、会場の隅で見守った。
王への挨拶を終えると帰ってもいいと言われ、何も言わず足早に会場の外へと向かうアドリアナを形だけでもエスコートし、共に侯爵邸へと帰っていった。