妻
「…聞こえたか?」
3人はさっきの謙治の発言に動揺した。
「誰か1人の命を捧げなきゃ、蘇れねぇのか…?」
洋介はハッとして諒子を見つめた。
諒子は目の前にそびえ立つ神殿を見つめていたが、やがてゆっくりと立ち上がり、神殿のほうへと歩きだした。
「…まさか、あいつ!!」
洋介は「諒子!!」と叫んだ。「何する気だ!?」
「何する気?って…」
諒子は洋介を振り返った。目には涙を溜め、口元は薄く微笑んでいた。
「こうしなきゃ、あなたたちそこから出られないのよ」
諒子の頬を涙が伝った。
「…ねぇ、洋介…。私、洋介の幸せのために生きていきたいの…」
優しくささやくようなその口調は、洋介をハッとさせた。
「洋介…蘇ったら…」
諒子の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。洋介は叫んだ。
「バカ野郎!!お前、死ぬんだぞ!!」
洋介は見えない壁に手をついた。
「今すぐそっちへ行ってやる!!待ってろ!!」
洋介は壁を叩いた。衝撃など何の痛みもなかった。
諒子はそんな洋介を見て、微笑んだ。涙がポタポタと溢れだした。
「洋介…」
洋介は俯いていた顔を上げた。涙でくしゃくしゃになっていた。
「ここに2人で築いた家庭があります…」
諒子は涙を流しながら、ゆっくりと後進する。
「私は今、玄関で靴を履いて、遠い旅に出ようとしています…」
諒子の足がピタリと止まる。境界だった。
「それ以上行くな!!諒子ぉ!!」
洋介は涙声で叫んだ。諒子はニコリと笑い、
「今から行く場所はあなたには絶対来てもらいたくないの…」
涙が諒子の頬を二筋流れた。
「今、そっちへ行く!!待ってろ!!」
洋介は壁を何度も何度も殴った、叩いた…。そんな洋介の姿を見て諒子の瞳から涙が大量に溢れだした。
「…洋介…」
諒子は涙で消え入りそうな声で言った。
「…ずっと…一緒に…いたかった…!!」
洋介は顔を壁に押しつけた。切なくて歯痒くて、涙が幾筋も流れた。
「…私は…玄関のドアを開け…」
諒子は左足をゆっくりと境界の中に入れた。ジジッという音がして消えてなくなる。
「あぁ…あぁ……」
洋介は歯を食い縛り、涙でぼやけるが、消えていく諒子を見つめた。
「…行ってきます…!!」
そう言って優しく微笑んだ諒子の顔が境界の中に消えていき、すぐに大爆発が起こった。
電磁波は消え、そのまま洋介は雪崩落ちた。
洋介は天を仰ぎ叫んだ。
「諒子ぉぉぉ!!!」
悲痛の叫びは大地に悲しくこだました……。
【残り3人】