4皿目
義理とわざわざ強調する辺り、彼女の照れ隠しなのか?
ハート型にラッピングされたチョコレートは手間がかかっているのではないだろうか。
その照れ隠しに一日遅れのバレンタインチョコだったのだろうか。
僕は帰り際にも「ありがとう」と笑って、田中から貰ったチョコで総計11個のチョコレートを手に入れた。
しかし、親父にこれがバレると確実にからかわれる。
家に着くなり僕は即刻チョコレートを引き出しに仕舞った。
そこで気づいたのが、引き出しの一番下の段はさやかから貰ったチョコレートの空箱がぎっしりと詰まっていた。どうやら僕が忘れているだけで、彼女は毎年僕にチョコをくれていたようだ。捨てるのも勿体ないし今年の分もとっておこう。
僕は仕事モードに頭を切り替えると制服からポロシャツに着替えて、ユニフォームのエプロンを着け、家を出てスーパーの裏口から事務所へ向かう。
さて、鈴木さんはもう来ているだろう。そう思って事務所に入ると、見慣れない女の子がユニフォームを着て立っていた。
「店長代理!」
「す、鈴木さん?」
三つ編みと丸眼鏡を取っているのか、ウェーブヘアーにコンタクトレンズの姿の鈴木さんは、にっこりと笑いながらお辞儀する。
……かわいいな。
とりあえず僕は昨日のうちに作っておいた研修生用の名札を手渡した。
「じゃあ、まず…接客七大用語を覚えて貰うから」
「もう暗記しました。事務所に貼ってあるのですよね?」
「そうだね。「イカも大足」。意外とこれが出来ていない人が多い」
イカも大足とは、
い…いらっしゃいませ。
か…かしこまりました。
も…申し訳ございません。
お…お待たせいたしました。
お…おそれいります。
あ…ありがとうございます。
し…失礼いたしました。
この頭文字を取って、「いかもおおあし=イカも大足」と呼ばれる。
それはさておき、本当に出来るかどうかは見定めるのも僕の仕事だ。
「鈴木さん。それじゃあやってみて」
鈴木さんは、貼り紙をチラチラと見ながらだが、スムーズで通りのよい声を出す。
「うん、大丈夫だね。じゃあ、今日のチラシはこれ。
お魚の切り身とかは値段が書いてないでしょ?バーコードが貼れないからね。
発泡スチロールの中にお魚とかが入っているから、まず売り場に出たら鮮魚市を確認してね」
「はい!えーっと、サケの切り身…?」
「チラシで先に判断しないの。ちゃんと売り場を見て」
僕は念を押しながら鈴木さんと売り場に出る。
「うん、鈴木さんの言った通り、サケの切り身だね。
で、なんだけど……これはお客様がビニール袋に入れて、レジに持ってくるからね」
「日によって変わるんですか?」
「そうだよ。売れ残る事はあまり見ないし、生鮮だからね」
「すごい……」
「じゃあ、レジはレジ長に教えてもらうとして、半額シールをお刺身やお寿司に貼ってみようか」
「はい!店長代理!」
「ははは……」
慣れない呼ばれ方に苦笑を漏らす僕は、エプロンのポケットに入れた半額シールの束を取り出す。
うちのお店は、バーコードがついていないタイプの半額シールなので、鈴木さんには「バーコードに被らないように」とだけ指示した。
「すみません、卵ってどこですか?」
売り場に出れば、今のように唐突にお客様から牛乳や卵のある場所を必ず聞かれる。
たとえ、こちらがどんな作業をしていてもだ。
でもお客様優先。これは接客業では一番大切な事である。
「鈴木さん、シールは今は良いよ。卵はお訊ねされやすいから一緒に行こう」
僕は、卵コーナーまでお客様と鈴木さんを連れて歩き出す。
……ん?
おかしい。
今日仕入れた筈の豆腐、全然売れてないぞ…?
こんな日もあるかと思って、頭の隅に日配商品の売れ行きを置いてから
「卵はこちらでございます」
と、お客様をご案内するついでに鈴木さんに勉強させる。
「ありがとうございます。LとM…どっちにしようかしら」
お客様はぺこりとお辞儀をした。
僕は、お客様の「ありがとう」を聞いたらとてもモチベーションが上がるタイプで、学校で疲れた体も少し活力が蘇る。
「店長代理、凄いです」
「僕がここに何年勤めていると思ってるの…
とりあえずレジ長にレジを教わって貰えるかな。
レジ長は5番レジに居る人で、背はこのぐらい、髪を束ねていてこの辺りまで長いから」
僕は身振り手振りでレジ長の特徴を教えると、ぱたぱたとレジに向かう鈴木を尻目に半額シール貼りに戻った。
売り場の事は後々また教えれば良いだろう。
「てんちょー代理ぃ」
耳元にふぅっと息を吹きかけられる。
「うわぁ!?さ、さやか!!?」
「ふーん、なんか良い雰囲気じゃない。なんか鈴木さん、アカ抜けてるねー」
さやかはどこか面白くなさそうに唇を尖らせる。僕はそこに誤解がないようにすぐに否定した。
「仕事の話しかしてないよ…」
「確かに、田中くんの言う通り…独占されると気分悪いな」
「さやかもバイトに来る?」
「勉強の時間、減るからいい」
「そっか」
「ね。豆腐、全然売れてないね」
「そうなんだよ…豆腐は足が速いから困ったな」
「明日、炒めるタイプの日配ナポリタンを重箱いっぱいに作ってくれたら原因を教えてあげるわ」
「本当?僕、もしかしたらこの豆腐が売れない状況が続くんじゃないかって予感がしたんだよ」
「今のままだと続くでしょうね。
まったく、カンだけは良いんだから」
「あはは……」
「じゃ、ジュース買って帰るわね。何かあったら電話して」
「うん、そっちもね。困ったことがあったらいつでもどうぞ」
……別に困ったことがなくても電話して欲しいけど。
僕は良く分からない感情をモヤモヤと抱きながら、さやかに別れを告げて事務所に戻った。
「監視カメラで全部見てました~!!
俺さんもね、若い頃はモテたんだよ。でも、当時学校のアイドルだった母さんが好きで好きで、土下座して……うぐぁい!!?」
入室するなり、クラッカーをパァンと鳴らす親父の顔面は殴っておいた。