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3皿目

2月15日。冬の朝は暗くて寒い。

僕は、さやかの為の昼ごはんを朝5時から仕込み始めていた。

シーフードミックスが入っているグラタンは、電子レンジの中でぐつぐつと煮だっている。

幸か不幸か、僕はスーパーマーケットを運営している両親の子供なだけあって材料の買い物には全く困らない。

電子レンジはそのままに、ウインナーを茹で始める。

このウインナーは”僕セレクション”として一番美味しい、パリッとした食感にジューシーな肉汁を楽しめるちょっとお高めのやつである。


料理はマルチタスクが出来れば出来るほど、楽なのだ。

エビフライも揚げようかと思ったけどあまり栄養が偏るのも良くないし、サニーレタスをごまだれで味付けして、重箱のバランで区切った部分に詰めておく。


あとは、重箱の下の段に無心で握った20個ほどのおにぎりを入れてある。勿論、何が入っているかはお楽しみといったところだ。


今日はグラタンも皿ごと重箱に入れるのでこのぐらいで良いだろう。


さて、そうこうしている間に着替えなくてはならない時間になった。

僕はカッターシャツに袖を通しながら電子レンジの中を定期的に確認する。



Prrrrrrrrrr…Prrrrrrrrrrr……


6時半を過ぎたころに、家の電話が鳴った。


「はい、もしもし」

「おはようございます、かつやさん。鈴木です」

「どうしたの?こんな早くから」

「いえ、面接の答えをまだ貰ってなくて…眠れなくて、気になって…」

「じゃあ、今日からおいで。親父には言っておくから」

「はい!店長代理!」

「学校ではそういう風に呼ばないでね」

「わ、分かりました。ちょっと調子にのりすぎちゃいましたね」

「放課後にお店に来てくれれば、軽いオリエンテーションをするから」

「はい!雇ってくれてありがとうございます!」


僕は相槌を打って家の電話を切る。

店に電話すれば良かったのに………あ、うちは8時開店だからそれじゃあ登校時間に間に合わないのか。

ネクタイを締め、ブレザーを着ると出来上がったグラタンの皿を重箱の上段に入れて、倒さないようにスポーツバッグに入れる。

さやかは辛いものがとても大好きだったような……僕は思い出せば、タバスコもバッグに入れた。


ピンポーン…。


自宅のチャイムが鳴る。

きっと、さやかだろう。僕はそう予測して扉を開けるが、意外な人物だった。


「よ~~~~~~~~」


ブレザーを着ずにカッターシャツを着崩しているクラスメイト、田中だった。


「田中、珍しいな。一緒に登校するかい?」


「ああ!今日、俺マジで暇だし!

それに、かつやにもちょっとお願い事も聞いて欲しいんだ」

「どうしたの?」

「昨日、チョコレートを貰いすぎて……10個で良いから食ってくれ!」

「嫌味かな?この野郎」


田中は首を激しく左右に振る。


「気に障ったならごめんな。でも、俺一人じゃ捌き切れないよ」

「はははは、冗談冗談。田中がそういうヤツだってのは分かっているよ」

「悪いな。食べ物は粗末にしない主義なんだよな」

「律儀だね。うちじゃ、数十人分の食べ物を一日で廃棄するのに」

「スーパーなら仕方ない。でも、貰ったものは話が違くね?」

「だね。とりあえず、今から出よう。さやかも呼ぶよ」

「ごめん、俺…あいつ無理なんだ」


僕は田中の意外な言葉に多少驚いた。


「意外だな。なんで?」


「最近、かつやは付き合い悪いじゃん。店の事もあるだろうけど、それを差し引きしても、さやかと遊んでたりするんだろ?ちょっとした嫉妬だ」

「男の嫉妬は見苦しいよ。さ、行こう」

「週末、遊ぼうな。いつでも良いから、ケータイに連絡しておいてくれ。

確かに、さやかは可愛いし綺麗だけど、友達を独占されるのはきっついから」

「ああ、分かったよ」


僕と田中は、勉強の話題や進路の話題、女の子の話題などをしながら学校へ向かう。


「あれ?佐藤先生とさやかじゃないか?」

「あ、ほんとだ」


佐藤先生はこちらの視線に気づいて、僕らを手招きする。


「なあ、ちょっといいか?お前ら…というか、かつや」

「先生、良いんです。洗剤が合わなかっただけで……」

佐藤先生は僕らに食い気味になり、さやかは何かを隠したいらしい。


聞くところによると、さやかは両手に大量の絆創膏を貼っていた。

そして、イジメを疑っていると佐藤先生は言う。


「佐藤先生、さやかはイジメなんて受けてませんよ」


僕はしっかり否定する。さやかの事は分かっているつもりだったから。


「もし私の生徒がそういう目に遭っていたら、必ず解決させるつもりだったんだよ。

他の先生…えーーー、誰とは言わないけど、イジメを黙認しているクラスもあるからな。

だが、私は生徒全員に「学び舎としてのあるべき姿」を保ちたいんだ。

しかし、かつやが言うなら信用しよう。隣の席で、家もお向かいさんなんだろう?」


この人の教鞭はとても心に来る。

佐藤先生は奥さんと娘5人といった大家族らしいが、家でもしっかりしているんだろうな。

僕も家庭を持ったら、佐藤先生みたいな父親になりたいものだ。


「田中も、引き留めて悪かったな」

「なはは!いーっすよ。

俺もある意味かつやと同意見なんでね~」


「ある意味?まあいい、ホームルームまで時間はあまりないから、三人で教室に行ってなさい」


「はい」

「ありがとうございます、先生」

「ウス」


僕ら三人は、またどうでもいい談笑を交わしながら学校へ入っていった。


「ねえ、田中くん。お昼休みはかつやを借りていい?」

「いーよー。かつやは昼休みになったらいつもどこかに消えるから先約入れておきなよ」

「ありがとう」


さやかは、相変わらずのたおやかな微笑みを田中に向けるも、やはり田中はさやかの事が苦手なようであからさまな作り笑いをしていた。


…。


そして昼休み、今日は屋上を指定された。

封鎖されている訳だが、南京錠のナンバーは既に知っている。

去年の生徒会長が僕にこっそり教えてくれたのだ。

林先輩、元気かなあ……。


そうこう考えながらお弁当を広げると、さやかは眼を見開きグラタンに大量のタバスコをふりかけた。


「真っ赤になったね、グラタン」


「むしゃ、もぐ…んむむむ!

わたひの、このみよ!くひ、ださないれ!」

「食ってから話そうな」


「んー!んーー!なるほど!んー!」といった感想を漏らしながらグラタンをおかずにおにぎりを頬張るさやか。どうやら今日も気に入ってくれたようだ。


「痛っ!」

絆創膏だらけの指で箸を持ったまま生傷に触れたのか、さやかは箸を落とす。

僕はそれを拾い上げ、屋上の水道で軽く洗ってやった。


「あ、そうだわ。食べ終わる前にこれ」


ハート型の箱に、「義理」と書かれた紙をテープで貼り付けてあるそれを、さやかは隣にまた座る僕に差し出した。


「義理よ。言っておくけど、義理」


僕は頬がほころびそうになるも、受け取って「ありがとう」と返した。

そして、色んな謎が解けた。母さんや田中の意味深な言葉、両手の絆創膏だらけの指。

彼女の中ではこれが義理らしい。まあ、宣言されたから本命ではないのは少しダメージのような気もするが…。

それでも、僕の為に作ってくれたのが何よりも嬉しい。


「さ、五時限前には食べ終えてね」


「え、ええ!!もぐ…んーーーーー!幸せ!」


「なあ」


「ん?」


「明日は何が食べたい?」


「んぐっ…エビフライ!」

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