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2皿目

「かつや、私…明日は魚介グラタンが食べたいわ」


…。

……目立つように鍋で作って持って行ってやろうか。

僕は両親がオーナー兼店長として経営しているスーパーマーケットの隣にある自宅に到着すれば、ちょっとした思考をしていた。


魚介はシーフードミックスでなんとかなるとして、グラタンは焼き加減が命なのだ。

どう作ろうか考えながら、殺意半分、実験意欲半分でカバンをベッドに放り、空になった重箱をキッチンへ持って行く。


「かっつやー!」


天真爛漫な声が響く。母さんだ。


「どうしたの?母さん。お店はもう良いの?」


お店のユニフォームであるエプロンを着けたままの母さんは、にこにこしながら

「さやかちゃんは?」

と聞いてきた。


僕は肩を竦めると

「向かいの家に住んでるだろ。これ終わったら店、手伝うね」

そう返しながら重箱を洗い始める。


「そう……おかしいわね。今日、バレンタインデーなのに…」

「何が言いたいの?」

「さやかちゃん、何もくれなかったの?」

「母さん、いい加減にしてよ」

「うふふっ、ごめんね。あ、品出しがあるから、かつやは事務所の方をお願い」

「事務所……って、父さんは?」

「何事も経験だから、今日はかつやに事務所をやらせたいらしいわ」

「また遊びに行ったの…?」

「ゴルフゴルフ~!」


何も持ってない両手でゴルフクラブをスイングする仕草をしながらにこやかに答える母さんは、僕から見てもお茶目で可愛い。

なんで父さんと結婚したんだろう。

そりゃまあ、スーパーの店長と結婚すれば将来は安泰だけど……。

いや、そういう考え方はひねくれてる。

僕は朗らかな母さんを侮辱するような事を考えた自分の思考に嫌気がさした。


「まあ、事務所に行くよ」

洗い物が終わり、両手を洗濯したてのふわふわのタオルで拭くと、母さんに片手を掲げて僕は家の隣であるスーパーに裏口から入った。


…。


「何事も経験…ねぇ」


事務所で僕は盛大な溜息をついた。

今日は面接だったらしい。しかも、もう約束の時間なのだ。


履歴書が入っているであろう封筒を店長席から取ると、中身を出す前にノックの音が聞こえてきた。



コンコンコン……。


「はい、どうぞ。お入り下さい」


かちゃり、とノブの音をたてて、入って来たのはうちの学校の制服……そして丸眼鏡に、お下げの格好をした…今日の昼……そう、アレを目撃した鈴木さんだった。


「す、鈴木さん!?」


僕はせわしなく履歴書を封筒から取り出す。

鈴木さんだ。写真映り良いなぁ……って、今はそれどころじゃない。


「ごめん、鈴木さん。今回は縁がなかったということで」

「ひどい…!」


鈴木さんは勝手に椅子に腰かけると「帰ってやるもんか」と事務所の一席を占領した。


「お願いですから雇ってください。私、変わりたいんです!」


「変わるって……」


「さやかさんみたいに、もっと自分を出したいんです!」


「やめた方がいい!このスーパーだけは!!」


彼女の意図は測りかねるが、僕はさやかが店に来た場合とか、親父にからかわれることとか、もうこれは色々考えていながら拒絶した。


「もし、お祈りしたら、さやかさんのこと言いふらしますから」


早く帰って来い、クソ親父ぃぃぃいいいい!!


鈴木さんはクラスではおどおどしていて、友人関係も希薄な女子だ。

分かっていても昼休みの食事風景を見られていたのかと思うと、溜息を漏らしてしまった。


「お二人の事は黙っています!」

こんなに大声が出せたのか、と鈴木さんの履歴書を見ながら、持っていたボールペンでコツコツと机を叩きながら考えていた。


親父め、ゴルフから帰ったらどうしてやろうか。


「さやかが知ったら鈴木さんの立場が危なくなるよ、とだけ言っておくね。

シフトは希望は……大体僕と一緒か」


さやかが知ったら、採用した経緯も色々と僕に聞いてくるだろうな。鈴木さんの事は伏せるべきかと思ったが、それは僕の立場が危うくなる。

それに、この履歴書は今日出したものでは無いはず。つまり鈴木さんは僕が気づく前から、さやかの食事風景を知っていたという事になる。

色々と悩みどころだ。


「鈴木さんが僕たちに何もしないのなら考えてみる。

あと、採用したとしてうちでは僕以外の未成年は労働基準法で午後10時には退勤して貰うから、鈴木さんも選考結果が出るまでその辺りも考えておいてね」

賞味期限切れの廃棄扱いになっている麦茶を一気に飲み干すと、僕はもう一度履歴書に目を通して考え始めた。


面接を担当した子が何故、クラスメイトなんだ。

だが、取引材料を手に入れた代わりに僕に拒否権は存在しなかった。さっき言った「選考結果」のくだりもちょっとした強がりである。

──嗚呼、今日は厄日なのか。


バレンタインデーの収穫が一つもないまま、代わりに従業員の同級生が一人増える日が暮れていった。

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