1皿目
「これも美味しい!これも、うん!んむー!!」
むしゃぶりつくような大食いにうんざりしながらも、僕は彼女の隣でサンドイッチを一口食べる。
さらりとたなびくロングヘアー、その横顔は頬についたお米粒を除いては端麗であり、天は二物を与えずといった表現が良く似合うその姿を僕はちらりと横目で見た。
「なぁに?かつや」
「おこめつぶ、ついてるよ」
制服のポケットからハンカチを取り出して彼女の頬をぬぐう。
「まだ食べているわ!」
むしゃぁっと彼女、さやかは重箱の下段のから揚げにマヨネーズを大量にかけて物凄い勢いで箸を進めた。
……あ。
僕は、ある視線に気づく。
さやかは、この大食いで食い散らかす姿を誰にも見られた事はない。僕を除いてだが。
僕は、そんな彼女の姿を独占しているような気がして少し優越感を感じていたが、いまこの瞬間にその特権も消えてしまった。
鈴木さんだ。
お下げに丸眼鏡、地味でまったく目立たないその子は、体育館裏で昼食をとる僕らを見るなり軽く会釈をして逃げ出してしまった。
時は、4限目に遡る。
場は教室。
担任の佐藤先生は、テストのプリントを返す作業を始めていた。
佐藤先生はとても人格者で、一人ひとりの「良かったところ」や「もっとこうして欲しいところ」などをアドバイスしながらプリントを返す。
その行為そのものが嫌な生徒には罰ゲームに過ぎないのだが、どうして僕はこの先生を気に入っているし、学級全体の点数アップにも繋がっているようだ。
ファンも多く、佐藤先生が担任である事を別のクラスの生徒が羨むほどでもある。
「かつや、72点だ。お前は相変わらず、字が綺麗だな。字が綺麗な人は心も綺麗だぞ。心の綺麗さは点数に比例しないけどな」
僕はちょっとその気になっちゃうぐらいには嬉しくて、テスト用紙を受け取ると、次はもっと頑張るぞ。といった気持ちになる。
「えー……さやか、98点だ。今回も学年トップだな。凄いぞ。でも、ちゃんと遊んでるか?学生のうちだけだぞ、遊べるのは」
「ありがとうございます、先生」
1時間後には野生児のように弁当をむさぼる彼女、さやかはプリントを手にして微笑みを絶やさず自分の席に戻る。
「あー…今日もマブい…可愛いなぁ」
「男子、聞こえてるし、きめぇし」
「なんで、かつやと隣の席なわけ?あんな冴えないヤツのさ」
「苗字順だから仕方ないだろ」
「チッ」
「あー、羨ましいねぇ」
針のむしろだ。僕は望んでそうなった訳じゃないのに。
「……昼休み、今日は体育館裏」
彼女はすれ違い様に僕に耳打ちすると、優雅に席に座った。
さやかは完璧なのだ。
どこが、というと……今回のように98点を取ると、間違った2点をバカみたいに勉強して、原因を探し、原理を図書館で研究し、完璧をつとめる。努力の天才なのだ。いや、違う。非効率な完璧人間だ。
それでエネルギーを使って、ストレスを解消する為に大食いになったと、さやかは言うが、絶対に違う。あの暴食っぷりは生まれつきだ。
だが、スタイルもよく、スカートから覗く脚も綺麗で傷ひとつない白い肌である。
「次ー、鈴木。96点。よく勉強したな。方程式も綺麗で採点しやすかったぞ。先生はいいけど、自分のペースでも良いからな」
…そう、今回の問題は鈴木さんなのである。
時を戻そう。
僕は体育館裏で食べるサンドイッチを思わず落としてしまった。
3秒ルール、3秒ルール……。
鈴木さんに目撃された事と、サンドイッチの命で頭がごちゃごちゃになる。
「どうしたの?かつや」
「い、いや…今、鈴木さんが…見てた…」
「私、気づかなかったけど?まあ、もし見ていたとすれば口封じしないとね」
「乱暴は良くない」
「躾と言って頂戴。この姿はアンタにしか見せれないんだから……あ、このカツ丼もうまッ!!」
「作るのは僕なんだから、もっとゆっくり食べてよ…」
「また明日も重箱でお願いね!!ゲップゥゥゥ!」
さやかは、世界一汚いゲップをして、自分のハンカチで頬を拭い始めた。
世の男子は美少女がゲップをしないと思っていただろう。僕は初めてこのゲップを聞いた時、女の子像というものがバラバラと音をたてて崩壊していた。今や、期待などどこにもない。
さて、話を戻そう。僕は鈴木さんに口止めに行かないといけない……
……でも、どう言おう。
まあ、さやかの食い散らかしが誰かに見つかるのは時間の問題だったし、明日でいいか。
能天気にそう考えながら5時限目の体育に向かおうと、砂がついたサンドイッチを半ば飲み込みながら重箱をバッグに入れて立ち上がった。
「それじゃあ、帰りに会いましょ」
「はいはい……明日の献立、考えておいてね」