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八月三十一日のメール

作者: ジグナム

 八月三十一日。俺のケータイに一通のメールが届いた。

 知らないアドレスからだ。見てみると、俺の通っている予備校の生徒で花火をするとのことだ。

 誰が企画したかは書かれていない。ただ今夜七時に予備校近くの神社に集合、一人一つ花火を持ってくることとだけ書かれていた。

 変なところも多い。まず予備校の生徒は皆で集まって花火をするような間柄ではない。皆、授業が終わればそそくさと帰ってしまう。

 そして、このメールは俺にしか送られて来ていない。皆で花火をするのなら何人かにまとめて一斉送信にすると思うのだが。

 いたずら、にしても変だ。予備校の名前もクラスもあっている。名前は明かさず、俺の事を呼び出したい誰かの仕業か。あるいは……

 今日は夏休み最後の日ということで予備校も休みだ。特にすることもなく勉強もしたくなかったのでぐだぐだしていた。

 メールが届いたのが昼の一時、現在夕方六時三十五分。予備校近くの神社までは自転車で十分といったところだ。

 振り返ってみると、高校三年生受験の夏だ。全く遊びに行っていない。当たり前だがドキドキすることも無かった。

 だが今、メールを見てからドキドキしっぱなしである。時間が経つにつれて妙に興奮して手が汗ばむ。

 心拍数が上がり鼓動が聞こえる。それに、そわそわして落ち着かずやけに喉が渇く。

 何を期待しているんだ俺。何かの間違いかもしれないだろう。

 メールが来たタイミングがこれまた絶妙だった。気の合う仲間でも誘ってどこかへ遊びに行こうとケータイを手に取った時に届いたのだ。

 疑心暗鬼になり自問自答を繰り返す。イヤ、いやだけど行くだけ行ってみれば……誰もいなかったらどうする?それならまだいい。誰か知り合いのいたずらだったら悲しすぎる。

 現在時刻六時四十五分。今から通り道のコンビニで花火を買って行けばぎりぎり間に合うだろう。

 太陽も沈み始めてだいぶ涼しくなっているのに信じられない量の汗が額を流れている。

 時刻六時五十分。もう花火を買っている時間はない。

 俺はこのアドレスを知っている。どこかで見た覚えがある。多分、絶対、そういうことにしておこう。と自分に言い訳しているうちに体は勝手に動き親にコンビニに行ってくると叫び外に出ていた。

 そうだ!とりあえず神社まで行って誰もいなければコンビニでアイスでも買って帰ろう。

 自転車の鍵を開けペダルに足をかける。震える肩をハンドルを強く握って黙らせる。

 力んでいるのが自分で分かる。普段自転車を全力でこがないのでこんなにスピード出るんだなあと関心する。

 ウオオオオオオオッ!なぜこんなに急ぐ?何を期待している?誰がいることを望んでいる?もうそんなことはどうでもいい。

 夕日に向かって走っている。まだ沈むなよ太陽。神社に着く前に沈まれたら全てが駄目になる気がするんだ。

 そしてさらにスピードを集め加速していく。自分以外が止まって見える。

 間に合った。なんと神社まで四分で着いてしまった。

 自転車を路肩に倒し辺りを見回す。さっきの滝のような汗は風に吹かれて乾いたが、自転車を全力でこいだ汗が気持ち良く流れている。

 シャツの袖で汗を拭う。サイフとケータイしか持ってきていない。

 何か飲み物が欲しい。体が水分を求めている。もう誰もいなくても、誰がいてもいい気がした。

 確か奥に自動販売機があったはずだ。ほらあった。

 ここは炭酸でシュワっと爽快にいくか、水分補給に徹してスポーツ飲料にするか悩みどころだ。結局どっちも買ってしまった。

 そしてどっちから飲もうか悩んでいたら

 「それどっちか私の分?」  一瞬世界が止まった。

 「ねえ、聞いてる?」

  フルマラソンを完走したかのような達成感に浸っていた俺は現実に戻る。

 そこにいたのは予備校でいつもそれとなく俺の隣に座っているあの娘。アドレスは交換したが登録するのを忘れていたのだ。

 「ああ、どっちがいい?」  こっちと炭酸を指さす彼女。

 「はい」と渡す俺。

 「ありがとう」と受け取る彼女。

 炭酸を受け取った逆の手には花火道具が一式入ったバケツが握られていた。

 「花火、持って来てくれた?」

 「……ごめん、忘れた」

 綺麗な夕焼けの中で俺は答えた。



         終わり

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