リングレントの竜
リンデルツの街は、遥か昔、リングレントという名の小さな国だった。
この国の北西は、リングレントの平野を守るように切り立った山々が連なり、自然の要塞となっている。
その要塞であるハボニア連山の山頂は、年中雪で覆われ、裾野では至る所で質の良い雪解け水が滾々と湧来出している。この湧水に育まれた平野部では多くの実りが生まれ、人々はそれを糧に暮らしていた。
一年を通じての気温は温暖で比較的過ごしやすく、山に比べて平野自体の冬の寒さもさほど厳しくはない。
リングレントは、紀元前の時代には、この豊かな大地に生きる者たちの集う小さな港町に過ぎなかった場所だが、時代を経て賑やかさが増し、大きな戦の後、貿易中心の一国として成立するまでになった。
ハボニア連山の影響で、隣国ルガリアードを経由する以外に交通手段のなかったリングレントが、貿易を中心とした国へと変貌を遂げることとなったのは、凡そ五百年前。
時のリングレント王、ガルニギウスは山の一部を切り崩し、新たなる貿易拠点を築き上げた。
だがこの小さな国が豊かになった本当の理由は、この道を切り開く大工事によって、地中から大量に出てきた青い宝石の原石の為だった。その宝石は『蒼き夢』と呼ばれ、ダイヤモンドやクリスタルより高値で取引されている。『蒼き夢』は他国で出土していないため、この宝石の希少価値が高かった。
『蒼き夢』は原石の時点でつるりと加工されたように角が取れているのが常で、空や海を思わせる蒼の色合いが他にはない特徴だった。宝石でありながら温かみを感じる原石。そのほんのかけらでさえも人は欲しがった。
この国には『蒼き夢』以外にも特別なものがあった。リングレントには『二匹の竜』が住んでいたのである。
山越えの内陸ルートを作った事で国同士の貿易が盛んになると、竜の存在も噂されるようになった。やがてその噂は各国へと伝わり、いつしかリングレントは『竜の生きる国』として認識されていった。
他国にはない生きた神とも言えるこの竜達をリングレントの人々はとても大事にしていた。
翼のある竜は大空を自由に飛び回り、人と心を通わすことができた。もう一匹の竜は翼の無い竜で翼のある竜よりひとまわり大きく、空は飛べないが翼のある竜よりも、その慮る力は長けていた。
この二匹の竜がいつ頃からここに住んでいるのか誰も知らない。だが、人々はこの竜達が大好きだった。そしてそれを知っている竜達は自分の住処のあるこの国から決して離れようとはしなかった。
人々は翼のある竜の事を『ソラ』と呼び、翼のない竜の事を『フィール』と呼んだ。彼等は人の力ではどうしようもない力仕事を手伝うのが好きだった。それは人といられるからでもある。
翼のあるソラは、大きな石や丸太を運ぶのが特に好きで、翼のないフィールが一番好きな仕事は子守だ。フィールはよく背中に子供達を乗せて、ユサユサ揺らしながら石や丸太を運んだ。子供達はフィールが大きく揺れる度に歓声を上げ、その大きな身体の鱗にしがみ付く。フィールは何よりそれを楽しむ姿がよく見られた。
竜の寿命は長い。国一番の長生きのお婆さんも、その昔、竜の背中で遊んでいたという。
人は竜より短い命しか持たなかったが、何世代を経ても竜の周りにはいつも人がいた。それに翼のあるソラと翼のないフィールは、種は違っても親と子の様に二匹一緒だったから淋しくは無かったという。
この『ガラスの植物園』を書くにあたって、想像上の生物を出すことは決めていました。
でも想像上の生物はかなりの数があり、何を出すかを決めかねていました。そんな時、東日本大地震がありました。
それで筆の方も止まってしまい、そのままになっていたのです。それから時間が経ち、ある時ニュースでブータン王国のジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク王が震災地の表敬訪問をする事を知りました。
彼が福島の子供達に話した内容があまりにも素敵で、一も二もなく竜を出すことに決めました。
この話の中で、ワンチェク王の話した内容をどこかで使いたいと思っています。