ソラ
冷たい風が王女を容赦なく叩き続ける。目の前で展開された砦の出来事は、思い出すだけで王女の心をすり減らして行く。
目の前の岩だらけの風景が、樹木に覆われた森に変化して来た。もうすぐ広がる畑が見えて来るだろう。そしてさらに行くと街の灯りが見え始めるだろう。
だが王女の心にホッとした余裕など微塵もなかった。心の全てはジークリフトと側近達に捕われている。手は冷たく強張り、寒さで身体は軋んだがそれが何だと言うのだろう。ジークリフトがゼファールによって斬られた。その事実だけが不明瞭な中、脳にこびり付いている。
気が付くと広い牧草地の真ん中にソラが降り立とうとしていた。それすらも漠然とした感覚で現実ではない気がしている。次の瞬間地面に降り立った衝撃で、手綱を引き締めていなかった王女はソラの背から転げ落ちた。
「……痛い」
背中を強打したが、王女は暫くそのまま夜空を見ていた。月が真上に出ている。瑠璃色の夜空は変わらずにそこにある。それを確認し王女はノロノロと起き上がった。自分は何をしなければいけなかっただろう。ジークリフトが王女に言った事は何だっただろう。そう思った次の瞬間、王女の眼から大粒の涙が落ちて来た。両手で顔を覆うと王女は愛しい人の名を口にした。
「ジーク……ジークリフト……」
せっかく逢えたと思ったのに、すぐに離れ、そして今は生きているのかもわからない。
こんな事があっても良いのだろうか?
自分は何か神様にとっての悪い事をしたのだろうか?
何故ジークリフトが斬られなければならないのか?
何故自分はジークリフトの傍に居られないのか?
何が悪かったのか?
何の落度があったのか?
王女の心には際限なく神に問い正す疑問しか浮かばない。
だが王女はハッと気付いた。自分がこうしている内にも砦では戦いが起こっている。今ここで泣いていも、起こった現実は変えられないのだ。
ならばどうする?
今、王女自身ができる事をするだけだ。それが最善であろうとなかろうと、自分がすべき事をしなければならない。
王女はジークリフトを思いながら涙を拭い、奥歯を噛み締めると立ち上がった。この近くの何処かでロルカとジークリフトの部下がいる筈だ。彼等を探さねばならない。
そして傍に立つソラを見上げた王女は、何かの違和感を感じた。側面から見たソラは片方の翼はいつものように畳んでいたが、もう片方の翼をダラリと落とし、荒い呼吸をしている。
王女は明らかなソラの異変に気付いた。
「……ソラ? どうしたのですか?」
王女はソラの正面に回り驚きで目を見張った。ソラの腹や脇や翼の根元と首元に無数の矢が刺さっていたのだ。いつ狙われたのだろうか? 王女はジークリフトで頭がいっぱいで全く気付いていなかった。
「……なんて事……ソラ、待って、今矢を抜きますから……」
震える手で腹の矢に手をやるが、ソラの腹に深く刺さった矢はびくともせず、王女の力では抜きようがなかった。悔し涙が溢れる。自分は何の役にも立たないのか。皆を窮地に陥れ、ソラまでもこんな状況にし、今も何も出来ない。
「ソラ、待ってて、人を呼んできます。お願いよ、耐えて、待っていて」
王女はソラに声をかけた時、ソラがククッと鳴いた。
「何? ソラ、何ですか?」
街に向かって走りかけた王女は、その声に反応しすぐにソラの傍に来た。王女の心にソラの思念が流れて来る。王女はその途端、ピクリと身体を震わせ目を見開き、ソラを見上げた。ソラは家に帰りたいと思っていた。フィールの待つ洞窟の家に早く帰りたいと。優しいフィールの傍で暖かい寝床でまるまって眠りたいと。その切ないまでの想いが王女の中に入って来た。
「ソラ……ごめんなさい。本当に、あなたをこんな目に……待ってて! すぐにお医者様を呼んでくるわ」
涙が溢れ、王女はソラの姿を凝視出来なかった。
いつ矢を射られたのだろう。記憶を辿るとソラは砦から飛び上がった時、砦に沿うように飛び、それから旋回して空へ上がっていった。きっとあの時だ。きっと下にはルーディアの兵が居たのだろう。
リングレントの騎士にとっては竜であるソラは神に近いものでも、ルーディアの騎士達にとってはただ恐ろしくあるだけで、攻撃出来る対象である。初めて見た目の前の竜に矢を射るのは何の躊躇いもなかっただろう。
「……ソラ、ソラ、ごめんなさい……」
王女は押し寄せる後悔に堪えるようにソラを摩った。
その時、遠くで馬の蹄の音がした。辺りを見回すと、こちらに向けて走って来る数頭の馬の影が見えた。その影は驀地にソラの元を目指しているように見える。
「ソラ、来てくれたわ。彼等に頼んでお医者様にすぐに来てもらいましょう。もう少し耐えて、ソラ」
励ますようにソラの脇を摩り王女は声を掛けた。
総勢八人の騎士達はソラの傍にやって来るとすぐに馬を降り、王女の前で跪いた。その中にロルカがいた。
「姫様、遅くなって申し訳ありません。馬を用意してあるので乗ってください。城へ向かいましょう」
ロルカはそう言うとすぐに立ち上がった。
「待って下さい。ソラが矢を受けたのです。このままにしては置けません。宮廷医師のソルムを呼んでください」
「竜の様子がおかしいのには飛んでいる状況からも判りました。既に部下を一人城へ向わせています。ここは我々に任し王女は速やかに城へ向かって下さい」
声を出したのはルガリアードの甲冑を着ている騎士だった。
「嫌です。ソラは私を助けようとして矢を受けたのです。このまま放っておく事は出来ません」
「大丈夫です。我々が傍に着いていますから……王女はすぐに城へ……必要であれば、我々が矢を抜いておきます」
ルガリアードの甲冑を着ている騎士は慈悲深い瞳をしていた。
「……貴方の名前は?」
「は! セルバと申します。ジークリフト王子の御命令でこちらにおります」
その言葉を聞き、王女は動きを止めた。ジークリフトという名を聞いた途端、王女の知らぬ内に涙が頬を伝った。
「私が砦を出た時に、ジークリフト様が……ゼファール王に斬りつけられるのを見ました……貴方は彼を助けに行って下さい。お願いです。彼を助けて……」
王女の言葉を聞いたセルバは一瞬顔を強張らせた。彼の後ろに控える部下を一瞥し、彼は王女に向き直った。
「我らの精鋭部隊が砦に着いている頃だと思われます。大丈夫です。ジークリフト王子は簡単には倒れない。それよりも……」
セルバがもっと何かを言おうとした時、王女の背後にいたソラがグラつき、ユックリと地響きを立て倒れて行った。そこに居た者達は、みんな唖然としてソラが倒れて行く様を見ていた。
「ソラ!! ソラ!」
いち早く王女は駆け寄り、ソラの顔の方へ回ると、名を呼びながらソラの頬に手を触れた。まだ暖かいソラの体温が、酷く生々しく無情に思えた。王女はソラの頭に頬を寄せると、肩を震わせた。
「何故……こんな事に……」
ソラの思念はもう聞き取れなかった。だがまだ息はある。
王女は心の中でソラに話しかけた。
(ソラ、ソラ……絶対に助けるわ。医師が来るまで耐えて……)
祈りながら王女はソラの側を離れなかった。見上げると胸の位置に突き刺さった矢が上下に動いている。閉じてあった片方の肩は倒れた衝撃で地面にのめり込み、辛うじて顔は地面の上にあったが、息は先程より荒くなっていた。
王女の頬を涙が止めどなく伝った。ソラの怪我がどれくらい酷いものなのか、地面に叩き付けられた衝撃を思えば苦しくなる。
ジークリフトとソラ、大切なその二つの命に危機が迫っている。何をどうすれば良いのか、王女はなす術もなくこのまま時間が過ぎて行く事が恐ろしかった。
「王女! ここは私たちに任せて下さい。貴女は一刻も早く城へ戻られて下さい。ジークリフト王子が貴女のために全てを手配したのです。貴女は行かねばなりません」
セルバが王女の肩を強く掴んだ。セルバの表情は険しい。
「でも、ソラが……」
「ジークリフト王子の想いを無駄にしないで下さい」
渋る王女にセルバは容赦なく言った。その一言は王女を動かすには十分だった。そうだ、ジークリフトが自分のために策を練り、行動してくれたのだ。ここで自分がグズグズする事で全てを無駄にしてはならない。
ジークリフトが斬られる場面を見たとしても、彼はそれを回避しているかもしれないのだ。必ず王女を迎えに行く、彼は確かにそう言った。ジークリフトは死んではいない! 絶対にそれはない! 強烈な信念のようなものが王女を貫いた。
(わたしは先へ行こう……)
そうしてジークリフトが言う通りに、シエラルで彼を待つのだ。決心すると後は早かった。振り向くとロルカが馬の手綱を握ったまま、茫然とソラを見ていた。まだ少年の名残のあるロルカの表情はいじらしくすら見えた。リングレントの者ならばソラのこの状況を平常心で見る事は出来ない。
「……ロルカ、城へ行きます。ソラは彼らに任せます」
本当はソラにずっと付いていたい、ソラが助かる事を確認してからこの場を去りたい。その気持ちを抑え王女は言った。
ロルカが王女を見つめ、言葉を発しないままガクガクと頷いた。その様からも動揺している事は見て取れる。
王女が馬の側に行き乗ろうと手綱を取った時、遠くの木々の間に土煙が立つのが見えた。土煙は月に照らされ、まるで霧のように拡がっている。
「セルバ隊長、救助隊が来たようです!」
ルガリアードの騎士が声を上げた。
土煙の向こうには兵団一個団体が木で作った巨大なクレーンを運びながらやって来ているのが見えた。これでソラは助かる……王女は心からホッとした。
到着すると救助隊は皆、沈痛な面持ちでソラを見ていた。宮廷医師のソルムが転がるように馬から降り、ソラの元へ駆けつけた。長い茶色の髪を後ろで結び、薬の入った鞄を持ったままソルムはソラに話しかけた。
「ソラ! 聞こえるか? 聞こえたら瞼を開いてくれ!」
ソルムがソラの耳元で話すと、ソラは重そうに瞼を少し開けた。
「意識はあるな……痛いだろうが我慢してくれ、少し楽な姿勢に動かすよ良いね」
ソルムはソラに話しかけ、王女に気がつくとすぐに王女方へ回って来た。
「姫様! 姫様はお怪我は?」
「私は大丈夫です。私の事よりもソラをお願い致します」
ソルムはニコッと笑った。
「こんな時ですから、このままソラの治療に当たります。姫様はもう行かれた方が良いでしょう……」
「ソラを助けて下さい。ソルム、貴方だけが頼りです」
王女の言葉に宮廷医師のソルムは力強く頷いた。
「私の全力を尽くします。ソラは絶対に守ります」
そう言った後、ソルムは王女の背後に立つ見慣れぬ顔に眉を顰めた。
「貴方は?」
「ジークリフト王子の別働隊隊長セルバと申します」
機敏に答えるセルバの顔を見たままソルムは頷いた。セルバの瞳は曇ってはいない。
「貴方の隊員達にも力を貸していただきたい」
「わかりました」
セルバは直ぐに隊員達に指示を与え、それを確認しソルムは兵士たちに声をかけた。
「みんな手伝ってくれ! ソラの肩を地面から引き出す!」
兵士達はソルムの指示の下、動き出した。
「縄はあるか? 少し首を上げたい! クレーンを固定して!」
「翼の添え木はあるか? こちらに急いで持って来てくれ! こちらの肩を浮かせたい! 板と重しはあるか?」
「矢を抜いたら布を固く畳んだ物を包帯のように裂いた布で患部に巻いてくれ! 布を乗せた馬車は? こっちに来てくれ!」
テキパキと指示を出すソルムに兵士達は反応し機敏に動いて行く。その中に、セルバ隊の隊員達も混ざり指示通りに動いている。
王女は少し離れた場所でソラを見ていた。周りで蠢く兵士達と動かないソラの対比が悲しい。
「私たち人間は何て愚かな生き物なの……」
王女はその様子を見ながら呟いた。何という事をしてしまったのだろう。その重苦しい後悔が胸の中に黒い塊となって巣食う。
「姫様……ここは任せましょう。我等は行かねばなりません」
ロルカの声が非情に響いた。だが彼もまたこの場に心を残したまま、王女を城へ連れて行く事に専念しようと努力していた。
(ソラ……お願い、生きて……神様、お願いです。ソラは貴方の一番の僕です。あの竜の命を助けて下さい……)
心の中で願い祈りながら王女は馬に騎乗した。
馬に乗り城へ戻る道もソラとジークリフトの事で頭がいっぱいで、ロルカと王女は言葉を交わす事なく進んで行った。
城に戻ると王女はすぐにディオニシス王の前に連れて行かれた。これまでのように王の執務室ではなく謁見の間に通された王女は、これまで以上に緊張して父の前に立った。その謁見の間には国中の主立った貴族達がいた。
「良く戻った……お前の労を労いたいのだが……ソラの一報を受けた。お前の知る事を話してはくれぬか」
父王は悲痛な面持ちで王女の顔を見つめた。広間に集まる貴族達の思いも同じであった。ソラの矢傷はどれ程のものなのか、ここに居る者は誰もその情報を持ってはいない。やきもきした中、王女の到着を待っていたのであろう。彼等は誰も口を開く事なく王女の言葉を待った。
「ソラは……砦の脱出時にたくさんの矢を受け、倒れてしまいました」
端的に言おうと、詳しく言おうと、事は同じである。王女は表情を引き締め、端的にそう言った。途端に広間の中が騒めいた。信じたくない重鎮達の思いが見て取れた。
「それは……それは……ソラはもう駄目だと言う事か?」
父の声が掠れている。王女は首を振った。
「違います! ソラは今、生きようと力を振り絞っています。宮廷医師のソルムがソラを手当てしているのですから。きっと大丈夫です。ソラは私を地上に降ろすまで、いつものように飛んでいました。ソラは……大丈夫です。きっと大丈夫です」
根拠など何処にもなかった。だが王女は言い切った。それは自分の想いでもある。こんな事でソラが死んでしまう筈はない。王女は強くそう思った。
だが広間の騒めきが収まる事はなかった。騒めきは不安を掻き立て、そこに居る者達の動揺を煽った。
「皆、鎮まれ! この場ではソルムが居らぬ限り、ソラの詳しい状態を知る事は出来ぬ。ソラの事は宮廷医師に任せ、我等は次の手を考えねばならぬのだ」
そしてディオニシス王は王女を見た。
「お前はこれからシャリファ妃と共にシエラルへ行け。如何にゼファールとて海洋国のシエラルを手中に収める事は出来ぬ。この戦が終わるまで、お前はそこに居るがいい」
ディオニシス王はそこで言葉を止め、一度ユックリと息を吐いた。そして王女の顔をもう一度、今度は優しく見つめた。
「良いか、これはルガリアードのジークリフト王子がお前を逃すために考えた策だ。彼は本気でルーディアをこの地域から排除しようとしている。我等はそれこそが脅威を除く唯一の道だと思った。もう、これ以上お前に負担を掛けはせぬ。シエラルへ行き、この闘争が落ち着くまでそこに居なさい」
父の決意がそこにあった。戦をするかしないかではなく、ここからルーディアを排除する。それはこのリングレントだけではなく、この地域近隣の国を脅威から救う事になるのだ。
今まで父の執務室でのみ話し合われていたルーディア対策が、この国の貴族達全てを巻き込み進められていた。小さな意見の違いが事を大きくすると仇になるのは良くある事だ。自分が役に立ったとは思えないが、それが布石となり、ソラの協力が糧となり、そして皆の気持ちが一丸となったのだ。王女はそれを実感した。
ジークリフトが戻り、ソラの回復が見られたら、もう何も心配する事はないように思えた。
「仰せのままに従います」
王女は深々と礼をしたままそう言った。顔を上げた時、静かに広間に入ってくる影があった。見るとアルカスの妃シャリファだった。
「シャリファ、貴女は王女を連れシエラルへ行く事を承知してくれた。私からも礼を言う。良く承知してくれた……暫しアルカスとは別れる事になるが、必ず再び逢える。私はそれを楽しみにしていよう」
ディオニシス王の言葉にシャリファは優雅に礼をした。
「承知しました。私たちが、早く戻れるよう、皆の御武運を祈る……」
ディオニシス王の言葉を受けシャリファの言葉は少し聞き取りやすくなっていた。
王女がシャリファを見ると顔を上げたシャリファはニコッと笑った。その笑顔を心強く感じ、王女は気持ちを落ち着けた。
その後は二人揃って広間を出た。広間を出てすぐにシャリファが手招きする。ついて行くと小さな部屋を用意してあった。中に入るとシリルがいた。
「姫様、お怪我もなく良くご無事でお戻りになりました」
王女は涙ぐむシリルの手を取った。
「シリル……これからまた私を助けてくれますか?
「勿論でございます」
馴染んだ顔に逢えた喜びはほんの少し心に安心を齎した。
「明日、早朝に船が出る。私の国シエラルへ向かう船だ。貴女は私の侍女として変装して貰う。私の国には王女は共に行く事を言ってはいない。何が起こるかわからないから、黙っておく。良いか?」
シャリファが王女に言った。かなり流暢に話すようになっている。王女は頷いた。
「えぇ、わかりました」
「では、明日の朝迎えに行く。ジャミル、明日、お前は王女の護衛を頼む」
シャリファの言葉にシャリファの騎士は頷いた。しかしそれを王女は断った。
「それはいけません。ジャミルはシャリファ様を守ってください。私にはロルカがいます。ロルカ、貴方は船まで私を護衛してください」
「はい、私はシエラルにもついて行きますよ」
「……良いのですか?」
「エリスロット様とイリス様より言われています。二人が居ない時には私が姫様を守るようにと……」
ロルカは真剣な表情になっていた。エリスロットとイリスは、今頃、砦で戦っているのだろうか? あの二人は強い、きっと大丈夫だろう。心配は要らない、王女はそう自分に言い聞かせ無理やり納得させシリルを見た。
ジークリフトと別れ、ソラを思うこんな夜にシリルが付いてくれるのは、本当にありがたい。
「明日は早い。もう休もう」
シャリファの言葉でこの場は解散となった。部屋に戻りながら、王女はシリルに言った。
「シリルと別れたのはほんの少し前の事なのに……もう何年も経ってしまったように思います」
「えぇ、本当に……」
シリルは見守るように優しく微笑んだ。その笑顔を見た王女は少し一息つける心地がした。実際は何も変わってはいないのだが……。
部屋に戻ると全てが何も変わってはいないように思えた。いつもの日常の延長線のようだ。だが、穏やかな日常ではない事を王女は知っている。
「シリル……私はジークリフト様が斬られるのを見ました……ソラの背に乗って……そのソラも攻撃を受け今は倒れています……シリル、私が関わると関わった者が不幸に陥る気がするのです……ジークリフト様もあのまま怪我を負ったのかもしれない、この先、何が起こるのか……私は少し怖い……」
王女は今の自分の気持ちを素直にシリルに打ち明けた。シリルは黙って聞いていたが、王女に笑いかけた。
「姫様、私は姫様といて不幸だった事は一度もございません。幼い頃から、本当に活発で元気な姫様でした。姫様と離れて初めて自分がいかに幸せな時間を持っていたのかを実感致しました……姫様は人に幸福をもたらすのですよ。だから皆は姫様のために必死に動くのです」
「……シリル」
シリルの言葉は心に染みた。気が弱くなっている今の自分の心を、シリルが真心で包んでくれている。そう感じる。
「さぁ、姫様。明日は旅立ちです。明日、港へ行く前に王妃様の元へ行く事になっております。夜明けから忙しいのですよ。今は全て忘れて、早めに休みましょう」
シリルが落ち着いた声でそう言った。ジークリフトとソラを想えば眠る事はできないように思った。でも、王女は寝る準備を整えると素直にベッドに横たわった。




