瑠璃色の夜
次の日、王女は体調が悪いと騎士対抗戦の観戦をするのを辞めた。今ゼファールに会ってしまうと、間違いなく何かを感じ王女への態度を変えてくる可能性がある。今のままでいる方が、少し自由にさせて貰えそうだ。
ゼファールはこれを受け、昨日の事で心労を得たのなら十分に休むようにと、心配していると言う短い手紙とお菓子を王女に贈ってきた。さすがに気の強そうな王女も、昨日の出来事にはショックを受けていると思っているのだろう。これは都合が良い。暫くはゼファールに会わずに居られる。
「姫、昨夜の内にロルカを城へ向かわせました。ロルカは山に慣れている。明日には城へ報告が出来るでしょう」
エリスロットの言葉に王女は少し不安げに彼を見たが、彼の表情には不安は微塵も見えず、王女と目が合うと微笑み、重ねて口を開いた。
「大丈夫ですよ。ロルカが城へ行ったのは、食料と物資の追加を願い出るためだとして許可を取っていますから、今騎士戦の行われている砦の中で疑う者は誰もいないでしょう。居たとしてもそれで通します」
「彼等は、この後も数日この状態が続くと考えていると思います」
イリスがエリスロットに続けて言った。
ゼファールとの初見から六日目になるその日はどこにも出掛けず、窓から騎士戦の歓声を聞くだけで終わったが、夕食にはさすがにお伺いを立てたゼファールからの誘いを受けた。それもゼファールの部屋で、伴を付けただけの形で来て欲しいと言うのだ。さてどうしたものか……。
「ここで拒否なさると変に思われると思いますが……」
王女の避けたい理由も知っているリリーが言葉を濁した。それはわかっているが、気が乗らない。昨日の話の中の観察されていると言う事実が王女の気持ちを強張らせるのだ。この状況では王女の様子がおかしい事にすぐに気付かれてしまうのではないだろうか。
心理的には拒絶したい、でもこれを乗り切らなければならない。
王女は目を閉じ大きく息を吸った。そしてユックリと吐く。そう、ジークリフトが教えてくれた呼吸法だ。繰り返すと自然と落ち着いて来る。そして目を閉じたままジークリフトを想った。ジークリフトを想えば力が湧き出て来そうな気がしてくるから不思議だ。彼の存在は王女に勇気を与える。
「行くと伝えてください」
目を開けた王女は静かにそう言った。
その日の夜、ゼファールの部屋に用意された二人だけの食事会に王女は身を置いていた。テーブルの上には見たことのない料理が所狭しと並べられている。
王女は緊張しつつも、その料理に興味を示した。
「あれからは何もなかったか?」
食事を取り分けながらゼファールが尋ねてきた。アレと言うのは剣が飛んできた事だろう。
「えぇ、わたくしはあれ以前の試合は面白く観ておりましたのよ。剣士達の腕が上がると試合が殊の外面白く思えていました。でも、今日は少し怖くなってしまって……」
王女は素直に見えるように話した。それをゼファールは満足そうに眺めている。
「そうか、面白くは感じていたのだな……リングレントの騎士にも良い者がいた。お前の騎士を伴えば昨日のような事はもう起こらぬ。安心して良い」
今日のゼファールは自然な雰囲気だ。そう昨日のあの事件以来ゼファールは完全に肩の力が抜けているように見えている。
「そうですね……私の騎士が許せば、ルーディア側の試合も伺わせていただきます」
「あぁ、そうだったな。お前の行動は騎士の許可がいるのだったな。不自由なものだ。もう少し自由にすれば良いものを……」
そう話すゼファールに王女は思い切って尋ねてみた。
「ゼファール様、わたくしは一度お聞きしたいと思っていたのです。ゼファール様はわたくしを不自由だと仰いますが……当のわたくしは少しも不自由を感じておりません。ゼファール様は何をもって自由と感じ、何をもって不自由だと感じるのですか?」
何度も自由にして良いと言われ、何度も王女を不自由だと言うゼファールの真意は何処にあるのか。
するとゼファールはマジマジと王女を見つめた。
「成る程……私とお前の、自由に対する感じ方の相違か……」
そして酒の杯を持ったまま少し目線を落とし考える。暫くすると彼は杯の中の酒を呑み干した。
「うむ……形のない物を説明するのは難しいものだな。出歩く事を例に話そうと思ったが、女であるお前と男である私の差でもあるように思う……今、答えるのは難しい。少し考えてみようと思うが、良いか?」
ゼファールは真っ直ぐに王女を見た。その中に誠実さを見せ付けるゼファールを感じる。
王女も出来るだけ肩の力を抜き、自然と気負い無くゼファールと話をする努力をする。時に大きくユックリと息を吸い、またユックリと息を吐きながら……。
その王女にゼファールは優しく笑い言葉をかけた。
「今日の料理はどうだ? 今日はルーディアの料理人が私の国の料理を作ったのだが……お前の舌には合うのか?」
「えぇ、とても美味しゅうございます。ルーディアの料理は深みのある味が致します」
濃い赤の色味のスープには様々な野菜が入り、牛の肉が使われた物で深い味わいが何とも美味しい一品だった。王女の言葉にゼファールは微笑んだ。
「そうか、本来ならこの料理には鹿の肉を使うのだがな、今日は牛を使ったと言っていた。微妙な味わいが少し違うのだが……我が国の料理をお前に食べてもらいたかった。口に合ってホッとしたぞ」
美しい男が優しく微笑む様は、捉えようのない不思議な感情を生み出した。
王女はふとジークリフトを思った。手紙を出してから彼は連絡さえ寄越さなかった。だがまだ心はジークリフトを恋しがっている。このまま自分は本当にこの男の妻となるのだろうか? 正直に言えば王女の中ではまだ半信半疑なのだ。実感として、この男の妻になるのを感じる事が出来ないでいる。
例えば今、目の前にジークリフトとこのゼファールが並んだら……やはり自分はジークリフトを選ぶ。彼を思うと恋しさと愛しさが胸の中で疼く気がする。この美しい男の本心は何も見えていない。だが、このままこの時間が過ぎて行けば……受け入れざるを得なくなるのではないか? そんな不安が起こってくる。
覚悟を決めてここへ来た筈なのに、気持ちがまだついて行かない。自分はどうなるのだろう。もうジークリフトに会うことも叶わず、王都へ戻りこの男と婚姻を結ぶ事になるのだろうか? ゼファールを疑う今、自分はどうすれば良いのだろう。
王女はそれ以上考えたくはなかった。今この状況では、シャリファの言っていた『良い思い出』というものの意味は当て嵌まらない。疑いながら一生を共にするなど、不可能だ。
「……どうしたのだ?」
王女の目の前で美しい微笑みを見せている男が少し心配そうに表情を揺らした。
「いいえ、余りにもこの料理が美味しくて明日もこれを頂きたいと思っただけですわ。でも、同じものを続けて頂くのはしたない事ですものね……諦めますわ」
王女はニッコリと笑った。王女の笑う姿にゼファールも応えて笑う。
「食べれば良いではないか。はしたないなど誰にも言わせぬ」
そう言いながら、ゼファールの目が少し細くなり王女を見ていた。あぁ……あの目だ。彼は自分の様子に気付いたのだろうか? 王女はそう思ったが口を開いた。
「ゼファール様がそう仰るのであれば……そう致します」
王女はまたゼファールに笑い掛けた。
部屋に戻る途中で王女は冷たい風を浴びたいと思った。冷静になるために少し風を感じたい。
「何処か、外へ出る所はありませんか? 少し風を感じたいのです」
徐に王女は騎士達と侍女に声をかけた。
「あぁ……それならば姫様の部屋に行く途中に外へ出る場所が御座います。風が強い場合は出られませんが、そこなら少しの間良いと思います」
イリスが言い、そのまま案内され外へ出る。
そこは小さなバルコニーになっており、侵入者を弓で威嚇できるスペースだった。
風が冷たく王女の頬を撫でる。夜空には月が出ていた。空は瑠璃色に染まっている。月の影に隠れた星がぼんやりと見える中、王女は深い溜息をついた。
冷たく緊張感のある場所に身を置き、王女は自分の置かれた立場をもう一度考えた。ゼファールは友好的にリングレントとの交渉を望みたいと言ってきた。そして自分を嫁に欲しいと。それがあったから今自分はここに居る。だが、ゼファールの考える事はそこではないように思う。何度も考えた。彼の目的はなんなのか。それについては何もわかってはいない。
初めは竜を欲しがっているのかと思った。だが竜はこの温暖の地でなければ生きられない事を彼に伝えると、彼はあっさりと諦めた。次に『蒼き夢』を欲しいのかと思った。だがこれも細工した物を献上した後は何も言っては来ていない。つまりは、彼が欲しいのは物ではなく、この国だと言うのだろうか?
では、自分達リングレントはどうだ? ゼファールを排除する事が一番良いと思うが。それが出来ないなら、この国に影響のない距離で付き合って行くのもやむなしと思える。だがまたふと思う。影響のない距離とはどのくらいの距離を言うのだろう。自分が嫁げば心理的にその距離は近くなる。
父や兄達はどう思っているのだろう。昨日イリスに言われた事を更に考える。彼の、今ここに居る目的は自分の心の鎧を外す事。それを成し遂げたら、彼はどう動くのか。言わずともわかる。彼はこの国を手中に収めんと動くのだ。では何故、そこまでしてリングレントを欲しがる? ただ土地が欲しいのなら、他にもルーディアに隣接する国はある。竜ではなく、宝石でもない。何が目的なのか……考えはいつもここで止まってしまう。
「姫、そろそろ部屋に戻られた方がよろしいのでは? このままここに居ると凍えてしまいますよ」
エリスロットが声をかけてきた。王女は振り向き頷いた。建物の中に戻ると、イリスが扉を閉めた。冷たい風は建物の中には入らず、閉じた扉を素通りして行く。王女の手足が冷たくなっていた。そして部屋に向かって歩き出し、数歩歩いた所で、王女は腕を取られ横の窪みに引き摺り込まれた。
声を上げる暇もなかった。口を押さえられ抱きかかえるように細い通路を移動する。その時、懐かしい匂いが王女の鼻をくすぐった。不思議な事にエリスロットとイリスが何も騒がず、王女の後をついて来ている。どう言う事なのか? 状況が分からないが、二人の騎士が後ろを気にしながらついて来ているのを見た時、王女は自分の口を押さえて抱きながら走る者の首に手を回し抱きしめた。彼の匂いだ。この匂いは、王女が会いたくて仕方のない、ジークリフトの匂いだ。
迷路のような細い通路を行き、何度も曲がり角を曲がり進んだ先に隠し部屋の扉があった。そこに飛び込み扉を閉めると、王女は漸く自由になった。
部屋の灯りが点けられ、そこに浮かび上がった顔を見た時、王女は彼の胸に飛び込んだ。
「ジーク! ジーク! ジークリフト!」
ジークリフトは王女を抱き止め固く抱きしめた。
「貴方が手紙をくれないから、怒っているのかと……」
「馬鹿な、君を救う手立てを考えていた。私はゼファールと対峙してでも君を取り戻そうと誓ったんだ。君を誰にも渡さない」
優しい腕は王女を包み込んでいる。耳元で恋しくて仕方のないジークリフトの声が響く。涙が王女の頬を知らぬ間に伝っていた。抑えていた気持ちが堰を切ったように流れ始めた。首筋にジークリフトの唇の熱を感じる。もう離れるのは嫌だ。ゼファールの元に嫁ぐのも嫌だ。上っ面の笑顔など作りたくもない。このままこうしてジークリフトの傍に居たい。
王女はジークリフトの腕の中で彼を離すまいと腕に力を込めた。だがエリスロットの声がした。
「姫、時間がありません。これからの事を簡単に話します」
ジークリフトが腕の力を弱め王女の体を離し、顔を覗き込んだ。
「いいか? 君は今日この日を境に行方がわからなくなる事になる」
「どう言う事ですか?」
「一足先にリングレントの城へ戻り、そのままシャリファ妃と共に彼女の国シエラルへ向かえ。準備は全て整えてある。そこでルーディアが撤退するまで居てくれ」
「あ……貴方や皆は? リングレントの者達は?」
「心配するな。我らルガリアードとリングレント、それから山岳民族の国ガイルス、そして海洋国のシエラルが手を組んだ。ルーディアがいかに巨大な勢力であろうと、地の利はこちらにある。君はシャリファ妃と共に安全な場所で待っていて欲しい」
王女が返事を出来ないでいるとジークリフトが王女の頬に触れた。
「心配していたのだが、元気そうだ……また暫くは会えなくなる。だが私の心は君と共にある。それを忘れるな」
そして優しい口付けをする。
「必ず迎えに来て下さいますか?」
「あぁ、勿論だ。次に会う時は、晴れて君は本当の私の花嫁となる。必ずな……」
王女は深く頷いた。やはり自分の相手はゼファールではない。ジークリフトだ。彼しかいない。それを痛感する。王女はジークリフトの手を握ったままやっと微笑んだ。ジークリフトの後ろには少し微笑むリーナスの顔もあった。
「では、姫様、ここからは姫様一人で城へ戻らねばならなくなります。我等は姫様が突然姿を消したとして、ここに留まらなければなりません。途中、先に出たロルカとジークリフト王子の部下であるセルバ隊が待っています。彼らと合流すれば目立たずに城に行けるでしょう」
イリスが手短に説明した。
「……わたしが消えた事で貴方達に害は?」
「そこは大丈夫です。上手く立ち回りますから」
イリスが笑う。その笑顔に後押しされ王女は頷いた。
「そろそろ移動しましょう。時期にソラが到着する筈です」
リーナスの言葉に王女は驚いた。
「ソラが来るのですか?」
「君を連れ出す思案をしている最中に、会議の場にソラが来たのだ。自分を使えと思念を送って来た。彼らも役に立ちたいのだな……」
ジークリフトが笑った。王女はジークリフトの手をギュッと握った。そしてその手を自分の頬に持って行く。ジークリフトがそのまま王女の肩を抱いた。
「気をつけて行け。必ず迎えに行く」
「はい」
一行はそれから砦の屋上へ上がって行った。リリーが王女の上着や暖かい帽子とストールを持って来ていた。王女以外の者は皆この作戦を知っていたのだ。
王女はエリスロットに尋ねた。
「皆、この計画を何時頃からしていたのですか?」
「計画は城を出る直前ですが、実行に移すためにジークリフト様がこちらへ到着したのは……実は、昨日なのです。実にタイミングが良かった!」
エリスロットは王女を見て笑った。
見張り台にはリングレントの兵士とルーディアの兵士が二人一組でいる筈であるが、今日はリングレントの兵士しか居なかった。
「今日はルーディアの兵士には腹を壊して貰っています。トイレから出て来れない状況を作っているので、今の内に脱出しましょう」
エリスロットが何でもない事のようにそう言った。王女は一瞬眉を顰めたが、今はそれどころではない。
屋上から空を見上げれば、月の灯りの傍に黒い影が見えていた。
「ソラが来ました。少し下がっていて下さい」
リーナスの声に皆は下がった。見上げると黒い影は徐々に大きくなり、音もなく上空に現れると旋回し砦の屋上に飛来した。
「ソラ、よく来てくれた! 後は城の側まで王女を頼んだぞ」
ジークリフトは長年の友であるかのようにソラに近付き、ソラの頬を撫でた後、王女に向き合った。
王女はその目を見つめた。そして、自分の首から下げていたペンダントを外すとジークリフトの首に下げた。ペンダントトップには、『蒼き夢』が埋め込まれてあり、その周りには、金の飾りで二匹の竜が青い石を守るように装飾してあった。二匹の竜は言わなくてもわかる、フィールとソラだ。
「これは、私が生まれた時に父が作らせたお守りです。どうか貴方を守ってくださいますように……」
ジークリフトはそのまま王女を引きよせ固く抱きしめた。抱擁の後、ジークリフトは王女の瞳を見つめもう一度その頬に触れ、真剣な表情になった。
「良いか? 私は何があっても必ず君を迎えに行く。必ずだ。それを決して忘れるな」
そしてジークリフトは王女の唇に自分の唇を重ねた。離した時、彼はニコッと笑った。
「……早く、ソラの背へ」
リングレントの兵士達が、ソラの身体にハーネスを取り付けてある。もう、時間はないのだ。王女はそのままソラの背に乗った。そして、ジークリフトに視線を戻すと、彼は口を固く結び真剣な眼差しのまま、また笑った。その笑顔を見た王女は、もう一度ジークリフトを抱きしめたい衝動にかられた。なぜだか、母を亡くした時の、あの人知れず泣いていた少年のジークリフトの姿と重なるのだ。
(離れてはいけない!)
咄嗟に王女は、ジークリフトへ手を伸ばそうとした。だが、ソラが一度伸びをする様に翼を広げ、王女は身を硬くした。そうだ感情に流される前に、なすべき事をしなくてはならない。王女は宙に浮いた手を握りしめ、手綱をつかんだ。
(今は行かなくては……)
王女はジークリフトを見つめたまま、ソラに声をかけた。
「ソラ、わたしを連れて行って……」
それを聞いたソラは、大きな翼をグッと持ち上げ、軽く羽ばたいた。それが合図だった。次には大きく二、三回力強くと羽ばたくと、大きなソラの体は背中の王女共々中に浮く。そのまま、少し砦に沿うように進んだソラは旋回し、今度は高く高く空を目指して、力強く羽ばたいた。
砦を見下ろすとジークリフトが王女を見上げていた。その目が真っ直ぐに王女に向いている。しかし、その時、そのジークリフトの背後に人影が立った。エリスロットとイリス、それからリーナスが兵士達と揉み合っているのが見えた。
(あれは……)
一瞬の出来事だった。背後に立つ影が月の光を受け、キラリとプラチナブロンドに光ったと思った瞬間、ジークリフトが背後を振り向きざまに剣を翳したのが見え……そして、スローモーションのように切られて行く彼が見えた。
「いやぁーーーー!! ジーク!! ジーク!!」
王女の叫びは瑠璃色の空に飲み込まれて行く。なす術のない、行き場のない想いがそこにあった。
「ソラ、戻って! お願い! 戻って!! あの人を、ジークを助けて! ソラ! お願いよ! お願い!!」
ハーネスを握り締め王女は何度もソラに訴えた。だがソラはそのまま飛んで行く。風が冷たい筈なのにそれを感じない。体が熱く、心臓が早鐘のように鳴っている。
「お願い……彼が、死んでしまう……ジークが死んでしまう……誰か、助けて……」
王女はソラの首にしがみついた。もう眼下に砦の姿はなかった。ジークリフトは? エリスロットは? イリスは? リリーにマーレットは? もうどうなったのかわからない。
先程まで握り合っていた手の温もりが、王女の手の中にまだ残っている。彼の触れた唇の感覚がまだ王女の唇に残っている。
「ジーク! ジーク!」
王女は度も何度も彼の名を呼んだ。もう声は届かない。そう思った時、王女は天を仰いだ。
(神様どうか、ジークリフトを助けて下さい! そのためになら私の命を捧げます! 貴方に私を捧げます!)
王女は心の中で何度も叫ぶ。
ソラは王女を背に乗せたまま、王女の気持ちは無視し広い森の上を悠然と飛んで行った。