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第2小節【やるやると言ってやり忘れても、最後に間に合えば無問題】

 

 「あー。やっぱこうなったか・・・・・・」



 それから次の日、予備校の講義を経て帰宅し、現在に至るまで、結局荷物がまとめられることはなかった。

 絶賛ベッドでゴロゴロとゲームをしながら、いつもの自堕落を堪能している。

 チャイムが街中に鳴り響く夕方の五時。

 愛莉も両親も、今日の朝に祖父の家へ向かったため、家の中は水を打ったように静かで寂然としている。

 おかげで始めてしまったゲームを辞めるタイミングを完全に見失い、この有様だ。

 さすがに明日の準備だけはしなければならないので、プレイしていたゲームがゲームオーバーになったタイミングで、ベッドから転がり出る。


 ――そういやあの旅行バッグ、どこにやったかな


 親の転勤でこの家に引っ越してきたのは、たしか小学校の入学の時だったか。

 探しているのはそのときから使っていた黄色い大きなボストンバッグだ。

 当時からオレは黄色がお気に入りだったが、周りの同い年の男の子たちはこぞって黒や青がカッコいいとアピールしていた。

 オレの黄色いバッグはみんなから「アヒルバッグ」と呼ばれ、“かっこわるい”というレッテルを貼られていた覚えがある。



 荷物がぎゅうぎゅう詰めになっている押し入れを強引に開けると、まさに無秩序と化したセール売り場の残骸とでも言おうか、カオスな光景が広がっていた。


 ――こういうところにオレの性格出ちゃってるな・・・・・・


 ひとまず無理やり押し込まれていた衣装ケースやゲーム機の箱などを掻き出していく。

 お目当てのアヒルバッグは、押し入れの横脇にちょこんと座り込むかたちで納まっていた。

 バッグを救出しホコリを払いのけると、少し黒くくすんでいるイエローの生地が顔を覗かせる。


「おうおう、久しぶりだな。元気にしてたか~」


 棒読みの独りごとで迎えたアヒルバッグの中に、着替え・タオル・歯磨きセットやタブレット・ゲーム・充電器などをどんどん詰め込んでゆく。

 久々に日の目をみたアヒルバッグは、ものの五分でプクプクに肥え、愛嬌すら感じられる姿になった。


 「さ、準備はこんなもんかな」



 不思議なことに、“しなければいけないこと”がなくなると、なにか新たな“やらないといけないこと”を課したくなる。

 ・・・・・・もちろん、勉強だけは例外ではあるのだが。

 明日の準備を無事に終え、次は先程引っ張り出した荷物たちを、ふたたび押し入れに投げ入れていく工程に入る。

 ある程度片付けていくと、山積みとなったガラクタの中から一冊の鮮やかな青色の表紙の本が姿を現した。

 表紙には「卒業アルバム」と記されている。

 オレは何も考えずにペラペラとページをめくってみる。

 そこには、小学校一年生のときから六年生になるまでの同級生の写真や作文がたくさん詰まっていた。

 ミミズが這っているような字で一生懸命書いてある作文や、小さく丸っこい可愛らしい文字で書かれたクラス紹介のページ、遠足や修学旅行で友達たちと笑いながらピースをしている写真など、アルバムはたくさんの無邪気で無垢な思い出であふれている。



 しかし不思議なことに、改めて過去の思い出を辿っても、当時のオレの記憶が鮮明に蘇ることはなかった。

 自分の写真や作文を見てもそのときの感情は思い出せないし、好きだった女の子の写真を見ても、あの頃の胸をくすぐるような甘い恋心は戻ってこない。

 単純にオレの記憶力が悪いということもあるが、劇的な変化のある日常ではなかった、ということもあるかもしれない。



 そんな中で目に留まったのは、ある一枚の写真であった。

 それは音楽室の横に位置していた音楽準備室の中で撮っている音楽クラブの集合写真である。

 別にオレは楽器をやっていたわけでもないし、音楽室と音楽準備室を普段から利用していた合唱クラブや音楽クラブに所属していたわけでもない。

 音楽クラブのメンバーのなかには、よく話していた子もいたが、特段の思い入れがあるわけではない。

 それなのにどうしてか、夕日の差し込む窓際にピアノが置かれ、いくつもの譜面台たちがホコリだらけのまま部屋の隅にほったらかしになっており、壁沿いに並んだ棚にはアコーディオンやスネアドラムなどが所狭しと保管されている、少し陰気くさいこの教室の光景が、なぜか妙に気になってしまう。



 モヤモヤしながら、卒業アルバムのページをめくっていく。

 これまた同じように、目に留まる写真があった。

 オレの小学校では、月に一度、「給食ルーム」と呼ばれる大きい部屋で、みんなで給食を食べるというイベントがあった。そのときに撮られた写真である。


 ――あー。腹減ったなぁ・・・・・・


 そういえば、朝に食卓にあったパンを適当につまんでからというもの、丸一日何も口にすることなく、だらだらとゲームをしていた。

 我慢できなくなったオレは、読んでいたアルバムとまだ床に散乱している荷物を、取り出したときのように押し入れに無理やり放り込むと、ごはんを求めて家を飛び出した。


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