送別会
色々なことがあったけど、マーラの記憶が戻り、シュプライダーたちも追い払うことが出来て、俺は胸をなで下ろした。
あとはマーラを惚れさせるだけ・・・・・・と思ったが、ドラクマちゃんは寝てしまってるし、アマンダさんは感情を操作することが禁忌だし、マーラは巨大猫になったアマンダさんを見て気絶してるし。
うーん、どうしたものかなと考えていると、だんだん眠たくなってきた。あぁ眠い、眠い眠い眠い。俺は魔王谷で倒れるように寝た。
目覚めると自宅のベッドの上に居た。窓からは、綺麗な夕焼け色が差し込んでおり、遠くから賑やかな声も聞こえた。なんだろう?
窓を開けて、声が聞こえてくる広場を覗いてみると、たくさんの村人が異世界人を交え、酒を飲んだり、愉快に踊っていたり、楽しげに楽器を奏でたりと、何かしらの催しが行われていた。なんだろう?
とりあえず俺は一階に降り、料理をする母ちゃんを横目に、家から出て広場に向かった。するとキシモトさんが、眼鏡に夕日を反射させ、トボトボと近寄って来た。
「あっ、ケヌトくん。さっきはゴメンね」
「えっ、何のこと?」
「ほら私さ、興奮しちゃって、ケヌトくんに囁いて変なこと言わせちゃったでしょ? 夢を叶えるためなら他人を傷付けてもいいだとか、ボロ雑巾になるぐらい追い込んでもいいだとか。ホントゴメンね」
「あぁ~~~、別にいいけど」
そんなことすっかり忘れてた。マーラが記憶無くすとか、アマンダさんが巨大猫になるっていうビッグニュースがあって、マジで忘れてた。
「それより、この集まりは何事?」
「あれ、ケヌトくん聞いてないの? 今日私たち異世界人は、アマンダさんの能力を使って、元の世界に帰るんだよ。だからその送別会ってことで、みんな集まってくれてるんだよ」
「ってことは、異世界人みんな帰っちゃうってこと? ドラクマちゃんも帰っちゃうってこと?」
「そうだけど、何か言い残したことでもあるの?」
マーラを惚れさせるミッションが残ってんだよ。ヤバイ、急がなくっちゃ。
俺は、踊り狂う村人たちを掻き分け、ドラクマちゃんを捜した。銀、銀、銀。どこに居るんだ? フォスター先生の後ろ。ライトソードの影。こんなとこに居るわけねぇよな。
「あぁぁケヌトく~ん。寂しくなるねぇ」
涙を浮かべたタマオッチが抱き付いてきた。お前じゃねぇんだよ、まったく。邪魔すんなよ。
俺が辟易していると、北の路地から顔を赤らめたゴールド村長と光沢感のあるドラクマちゃんが、仲良く肩を組んで出てきた。そのまま二人して、広場の中央までフラフラと歩み寄ってきた。
ゴールド村長は、ライトソードをマイクのように掴み、度々ドラクマちゃんと顔を見合わせながら、不安定な調子で言葉を発した。
「最初ねぇ、この人はねぇ、私にねぇ、いきなり襲いかかってきたんですよッ」
ドラクマちゃんは、すぐ隣で満面の笑みを浮かべ、コサックダンスを踊っている。
両手を胸の前で組み、しゃがんだ状態で足を交互に前に出す。その動きに合わせて周りの村人たちは手拍子をする。ギターを持つ者は、一定のリズムで奏でる。
「しかもねぇ、ヒゲをガッと掴んできてねぇ、滅茶苦茶に揺さぶるんですよ、この男はッ」
「男・・・・・・。実に古い概念ですね。私たちの住む世界では、全ての人類はイカ好きかタコ好きかに区別されます。ちなみに私はイカ好きです」
コサックダンスを踊りながら定型文を発するドラクマちゃん。それに重なるようにゴールド村長は喋り続ける。
「でもねぇぇ、この人のおかげでねぇぇ、立派な息子が産まれたんですよぉぉ」
「息子・・・・・・。実に古い概念ですね」
「ホントね、うちのワイフも喜んでましたよ。こんな痛くない出産は初めてだって」
「私たちの住む世界では、全て人類はイカ」
「こんなに痛くないなら100人でも1000人でも産めるんじゃないかって」
「好きかタコ好きかに区別されます。ちなみ私はイカ」
「だからワイフに、こう言ってやったんです」
「好きです」
「そんなに子供を作る前に、私の方が身体を痛めちゃうってね」
なにやらジョークらしきことを言ってドヤ顔をキメるゴールド村長。それを掻き消すように、タマオッチが左手で股間を抑え、右手で天を指し示し、雄叫びを上げる。
「フォォォォォォォォーッ!」
タマオッチは暴れ踊る。上半身裸になって、バク転、バク宙、三点倒立。さらに数人の村人たちと輪になって、「ほいッほいッほいッ」と回り出した。
次第に陽が沈み、辺りは薄暗くなった。円形の広場を縁取るように点々と置かれた鉄カゴの中には、それぞれ一匹ずつバーニングハリネズミが入っており、エサを食べることによって背中から炎を噴出させる。ぼんやりと明るくなった。
その間に、ぐでんぐでんのゴールド村長は、ベジーさんにヒゲを引っ張られ、広場の端で介抱されていた。
ベジーさんは、産まれて間もないとは思えない、首の据わった精悍な顔立ちの赤ちゃんをおんぶしていた。赤ちゃんのおでこには、ドラゴンの紋章が刻まれていた。
俺は、踊り疲れて座り込むドラクマちゃんの腕を引っ張り、マーラを捜した。
マーラ、マーラ、マーラ。可愛いマーラ。一体どこに居るんだ? ガンティムの後ろ。四方の路地。パターソンのスケッチブックの中。サニーばあちゃんの入れ歯の中。アマンダさんの背中。こんなとこに居るわけねぇ・・・・・・あっ、居た。
広場の端で香箱座りをする巨大猫のアマンダさん。その頭の上でちょこんと座り、物憂げに空を見上げるマーラ。光を滲ませた神秘的な満月が、地上を優しく照らした。
俺はマーラを指差し、小さな声でドラクマちゃんにお願いする。
「あの子に魔法をかけて、俺のことを大好きにさせて」
「わ~かりましたぁ。ま~かせて下さい」
ドラクマちゃんは地面に寝そべって、腕で十字架を作り、親指・小指を立て、虚ろな目をして叫ぶ。
「M≡K(mod 5)に花束をッ」
その言葉をきっかけに、マーラは素早くアマンダさんの頭から降りて、俺の元にスキップで駆け寄ってきた。そして目を煌めかせ、俺の手を握り締め、跳ねるように喋った。
「ねぇ、一緒に踊ろうッ」
マーラと俺は手を繋ぎ、見つめ合い、まるでミュージカル映画の主役のように、優雅に舞い踊る。頭の中ではキャッチーなメロディーが流れる。思わず節をつけて小粋な台詞を言いたくなる。恥ずかしさは無かった。
「ねぇ、マーラ」
「なに? ケヌトくん」
「マーラの瞳は、あの満月よりも美しい」
「それはケヌトくんが映ってるからだよ」
酔っ払う大人たちの間隙を縫って、タマオッチが作る人の輪をくぐり、アマンダさんのフワフワな尻尾を飛び越える。魔法陣の描かれた石畳でステップを踏み鳴らす。広場全体がステージだった。
「ねぇ、マーラ」
「なに? ケヌトくん」
「マーラの声は、天使の歌声のようだ」
「それはケヌトくんのことを考えると、天国に居るような気分になれるからだよ」
なんだかマーラの方が一枚上手な気がするけど、まぁいっか。俺たちは切り株に登り、ライトソードの柄に片手を添えて、時計の針のようにグルグルと回り、お互いの愛を確かめ合う。
「好きだよ、マーラ」
「私の方が、もっと好き」
「俺の方が、もっともっと好き」
「私の方が、もっともっともーっと好き」
「俺の方が、もっともっともっと・・・・・・」
俺が〈もっと〉を重ねてるうちに、マーラは3時の位置で立ち止まった。俺は9時の位置で止まった。
そしてマーラは、目を閉じ、前屈みになり、顔を赤らめ、唇を軽く突き出した。キスじゃん。キスするヤツじゃん。
全身がドキドキと脈を打つ。顔が火照る。ツバをゴクリと飲み込むと、口の中が急激に乾く。
俺は動揺しつつ、前屈みになり、マーラに顔を近付けた。不思議と周りの景色が止まっているように感じた。いや、実際に止まっていた。ん?
踊り狂っていた村人たちが銅像のように固まり、バーニングハリネズミの炎も風になびいたまま固まっていた。
マーラも俺も、丁度ライトソードの真上で顔を突き合わせ、キスする直前でピタリと動けなくなっていた。何だ、これぇぇ? どうなってんのぉ?




