勇者の夢
俺は疾走した。異世界人たちにマーラにフラれたことをぶちまけてしまい、みっともなさと恥ずかしさと情けなさが、心の中で蠢いた。
そんな感情を振り払うように走った。南へ南へ走った。短い路地を抜け、メメントさんが寝ている交番の前を通り、ジュブナイルの森へと入っていた。
湿った空気が肺を冷やす。鼻水をすすると草木の匂いも混じる。色んなモンスターの鳴き声が響く。苔むした岩と濡れた落ち葉の上は走りづらい。小さなゴブリンたちが揶揄うように併走する。俺は疲れた。
歩調を緩め、うつむき進む。緑、緑、茶色。どうでもいい地面の色を一つ一つ確認する。しばらく歩くと、緑が濃く深くなってきた。ゆっくり顔を上げると、一際大きな木が空を貫いていた。
精霊の樹。みんながそう呼ぶ巨木を背にして、ドサッと腰を下ろした。
「ハァァァァァァァァアアアアア゛」
溜め息がクレッシェンドで叫び声に変化する。それを最後に、俺は考えるのを止めた。何も考えないことにした。ただただ一点を見つめ、全身の力を抜いた。
なので、いくら頭の上でゴブリンが相撲を取ろうとも気にならないし。
イエローフォックスが鼻水をペロペロ舐めてきても全然気にならないし。
両耳の穴に一匹ずつ、電撃カブトムシが角を差し込んできたせいで、全身がビリビリと痺れ、同時にゴブリンもイエローフォックスも痺れ、一瞬骨が透けて見えても、全然気にならない。全ッ然・・・・・・気にならない。全ッ然・・・・・・・・・・・・。
「気になるなぁーーーッ!」
俺は身体を激しく動かし、モンスターたちを払いのけた。そして膝を抱え込み、少しだけ悩みと向き合った。
あぁどうしよう。これからどんな風にマーラと接したらいいんだろう。告白したのも初めてだし、フラれるのも初めてだから、接し方が分からない。気まずいなぁ。もう今まで通りの関係には戻れないのかなぁ。はぁ~、アマンダさんの念剰系の能力で解決出来ると思ってたのになぁ。
「そんな所で何をしてるかね」
パッと顔を上げると、警官のメメントさんが、ボロボロの傘を片手に近寄って来て、俺の隣にゆっくりと腰を下ろした。
「どうしたんだ? 何かあったのかい?」
「ちょっと・・・・・・色々ツラいことがあって・・・・・・」
「そっか・・・・・・ツラいことかぁ・・・・・・」
そこで会話は止まった。
おいおい、『ツラいことかぁ・・・・・・』じゃねぇよ。何か言葉を掛けてくれよ。今までの人生経験からさぁ、教訓とか格言とか訓示とか箴言とか与えてくれよ。スーじいちゃんでも『絶景見れば悩みなんて吹っ飛ぶじゃろ』とか言ってくれたよ。大して役には立たなかったけどさぁ。
「もうすぐ雨が降りそうだな」
言うこと無いからって天気の話しなくていいよ。ほら、例えばさぁ、〈人間は悩むことで成長するんだ〉とか、〈若い時の苦労は将来の自分を助ける〉だとか、〈失敗を糧にして頑張れ〉だとか、励ましの一つぐらい無いのかよ。
その後も長い沈黙が続いていると、メメントさんの言葉通り、空からポツリポツリと雨が降ってきた。俺たちは精霊の樹の膨らんだ枝葉に護られ、濡れずに済んでいた。
しかし次第に雨足が強まり、緑の森が無数の白い線で引っ掻かれ、徐々に地面に水が溜まりだした。お尻がじわ~っと濡れ始めた。
「そろそろ帰るよ」
「じゃあ、この傘を使うか?」
「要らないよ。そんなボロボロの」
俺は雨の中を突っ切って走った。そして家に帰って、自分の部屋で濡れた髪の毛をタオルで拭いた。わしゃわしゃと乱雑に拭いた。その最中、何か硬い物を踏みつけた。
「痛ッ!」
床に視線を落とすと、ペンダントが転がってあった。あぁこれは、その場しのぎで母ちゃんにプレゼントするとか言っちゃったヤツじゃん。でもホントに渡しちゃうと母ちゃんがポプラ姫に処罰されちゃうからなぁ。仕方ない捨てるか。
俺はペンダントをゴミ箱に放り込んだ。そしてベッドに飛び込み、すぐさま眠りについた。ZZZ。
「・・・・・・年よ・・・・・・少年よ・・・・・・めるのだ・・・・・・目覚めるのだ」
パッと目を開けると、辺り一面が真っ白な霧に覆われていた。ここは一体どこだ?
探り探り霧の中を歩いてみる。何も無い。もう少し歩いてみる。やはり何も無い。
「少年よ・・・・・・少年よ・・・・・・」
背後から声が聞こえた。サッと振り返ってみると、マントを羽織った精悍な男が、霧の中から姿を現した。
「アナタは誰ですか?」
「少年よ。我こそが勇者ロベルトである」
「えっ! ゆ、勇者ロベルト様? 本物ですか? 本物の勇者様ですか?」
「少年よ。我こそが勇者ロベルトである」
「うぁぁスゲェ。一回会ってみたかったんですよ」
「少年よ。我こそが勇者ロベルトである」
「ん? ところで俺に何か用ですか?」
「少年よ。我こそが勇者ロベルトである」
何だコイツ。同じことしか言わねぇぞ。怪しいなぁ。ホントに勇者様か?
俺は、勇者様に触れようと手を伸ばす。しかし触れる前に、ポンッと煙を上げ、一匹のシロポンタに姿が変わった。
「少年よ。我こそが勇者ロベルトである」
「嘘つけ! シロポンタじゃねぇか」
やっぱり怪しいと思ったんだよ。まったく舐めんじゃねぇぞ。俺だって勇者様とシロポンタを見分けるぐらいのことは出来るんだからーーと思っていると、背後から声が聞こえたきた。
サッと振り返ってみると、マントを羽織った精悍な男が、霧の中から姿を現した。
「少年よ、よくぞ見抜いた。私こそが本物の勇者ロベルトである」
「怪しいなぁ。自ら本物って言うところが信用出来ねぇ」
「ほぉ~なかなかの警戒心だな、褒めてやろう」
「一応会話は出来るみたいだな。さっきのシロポンタとは違って」
「しかし、それだけの警戒心があっても、気の緩みがあれば、マーラに告白してフラれてしまうんだろうな」
「何で勇者様が、マーラにフラれたことを知ってんだよォォォ!」
俺は、ニヒルに笑う勇者様に殴りかかる。しかし拳が当たる前に、またポンッと煙を上げ、今度は一羽のカラスに姿が変わった。そのカラスは黒い羽を器用に使って、三個のつくねでジャグリングを始めた。
「ただのピエロカラスじゃねぇか」
「マーラにフラれたおバカさん♪ マーラにフラれたおバカさん♪ マーラにフラれたおバカさん♪」
俺は、メロディーに乗せて馬鹿にするピエロカラスを蹴ろうとしたが、その前に霧の中に消えてしまった。
「クソォ~。何なんだよ、まったく」
「少年よ。惑わされてはいけない」
背後から声が聞こえてきた。サッと振り返ってみると、マントを羽織った精悍な男が、霧の中から姿を現した。
「少年よ。拙者こそがガチの勇者ロベルトである」
「ガチぃ? 絶対偽物だろ」
俺は、勇者様を名乗る男に触れようと手を伸ばした。すると、さっきまでの二人とは違い、しっかりと触れることが出来た。
「おぉぉ、ホントにガチだぁ~」
「少年よ。悩みがあるのだろ?」
「そうなんです。大好きなマーラにフラれちゃって・・・・・・。これから俺は、どうすればいいんですか?」
「少年よ。勇者になるのだ」
「勇者? 俺が? そんなの無理ですよ。俺なんて普通の人間だし。それに村に刺さってるライトソードだって偽物とか言われてるし・・・・・・」
「少年よ。勇者に必要なモノは三つある。一つは、何事にも恐れない〈勇気〉、もう一つは、物事の本質を見極める〈慧眼〉、そして最後の一つは、全ての生命を包み込む〈愛〉だ。この三つを身に付けさえすれば、誰しもが勇者になれる。もちろん少年、キミもだ」
「あのぉ、勇気と愛は分かるんですけど、慧眼って何ですか?」
「慧眼とは、物事の本質を見極める力だ」
「あぁ~さっき、ほぼほぼ言ってたんですね」
「ほぼほぼ言ってたな」
「でも、その三つを身に付けるためには、どうすればいいんですか?」
「それは、自分自身で考えるのだ」
その言葉を最後に、勇者様は霧の中に消えていこうとした。なので俺は、しがみつくように勇者様の脚を掴んだ。
「ちょっと待って下さい。そんなヒントだけ与えて、去って行くみたいなこと止めて下さい」
「いいか、少年よ。人間は悩むことで成長するのだ。だからその手を離すのだ」
「そんな、それっぽい言葉なんか俺には響きません。もっと、もっと分かりやすい答えが欲しいんですッ」
「うるさいッ!」
勇者様は俺の顔面を蹴飛ばした。そのせいで俺は、霧を突っ切るように吹っ飛んだ。どこまでも、どこまでも吹っ飛んだ。
「ヌト・・・・・・ケヌト・・・・・・なさい・・・・・・起きなさい・・・・・・」
気が付くと、50メートルを越えるほどの巨大なキノコが、辺り一面に何本も生えている場所に居た。しかもキノコの柄の部分には、一つ一つ扉があった。とりあえず俺は、そのうちの一つを開けて入ってみた。
キノコの中は、真っ暗闇で何も見えなかった。俺は呆然とした。すると急に、正面の一点がスポットライトによって鋭く照らされ、人影を浮かび上がらせた。その人影をよく見ると、俺の母ちゃんだった。
母ちゃんは、全身毛皮のコートを羽織り、顔は化粧で真っ白にして、鼻先だけは真っ赤に塗っていた。
「ライブハウス・マッシュルームにようこそッ!」
母ちゃんがマイクで叫ぶと、暗かった周りも一気に明るくなり、今まで見えなかった人たちも姿を現した。
ショベルをギターのように持っている父ちゃん。
黒光りしたピアノの前に座っているキシモトハヅキ。
フォークとスプーンを握り、ドラムセットの前に座っているアマンダさん。
母ちゃんは、ザッと左手を突き上げ叫ぶ。
「それでは聴いて下さーーーい。〈芋を焼け!〉」
それを合図にアマンダさんが銀食器でドラムを叩き始める。規則正しい一定のリズムで、鼓膜を傷つけるような不快なビートを刻む。頭がギシギシと痛む。
それを掻き消すようにキシモトハヅキが、軽やかにピアノを奏でる。華やかな旋律が、キノコ内に渦を巻いて流れる。心地良くて眠たくなる。
しかしそれを掻き消すように父ちゃんが、ショベルをギター代わりにして弾き散らかす。爪で鉄を削っていく。身震いする金属音。するとショベルの表面からタマオカテッペイの顔の絵が浮かび上がる。
そして、激しくロック調に歌う母ちゃんと、ブルージーに歌う絵のタマオカテッペイのデュエットが始まった。
「芋を焼けェェェ~」
「暁に染まってさ」
「芋を焼けェェェ~」
「なりふり構わずに」
「芋を焼けェェェ~」
「全財産を注ぎ込んで」
「芋を焼けェェェ~」
「お前の役目はそれだけ」
天井には、縄で縛られたガンティムが、メトロノームのように左右に揺れていた。その周りを下半身がペガサスのフォスター先生が、グルグルと旋回する。
そんな二人が、声を合わせてラップ調に歌い出す。
「Hey yo! Hey yo ! 栄養たっぷり健康大臣 任命させて早5年 何をしたらいいものか 迷った時に現れた 敵か味方か そりゃ芋だ 芋だ芋だ芋芋だ 答えはいつでも芋の中」
楽器の演奏は激しさを増す。アマンダさんは狂ったようにドラムを連打する。キシモトハヅキも長い黒髪を振り回し、ピアノの端から端へ指を走らせる。
いつの間にかバズラッドも現れ、トランペットを吹き鳴らす。息を漏らしながら必死の形相で、耳障りなほどに音程を外す。
母ちゃんとタマオカテッペイは、変わらず歌い続ける。
「芋を焼けェェェ~」
「杯の代わりにさ」
「芋を焼けェェェ~」
「しのごの言わずに」
「芋を焼けェェェ~」
「全人類の輝き」
「芋を焼けェェェ~」
「お前の役目はそれだけ」
吊されたガンティムの揺れのリズムに合わせるように、バズラッドのトランペットから、鉛色のゴブリンが何体も何体も飛び出した。
さらにいつの間にか、ゴールド村長とベジーさんも夫婦揃って現れ、ゴブリンと一緒に踊り出す。
ゴールド村長は、シンバルを持って左右に揺れる。妊娠中のベジーさんは、腰をクネクネと回す。
ガンティムとフォスター先生は意気揚々とラップを続ける。
「put yourhands up put your hands up ケツから出たぜ プッと屁がァァァ!」
母ちゃんとタマオカテッペイも声を合わせ、伸びやかに歌う。おそらくこの歌のサビのようだ。
「ケツ目線で 喋ればァァ~ 俺たちィは切ない噴射口」
「ガス目線で 喋ればァァ~ 俺たちィは儚い気体燃料」
「芋目線で 喋ればァァァ~ 俺たちィは焼かれる芋だろ」
二人の歌声が響く中、ゴールド村長がシンバルを空気を潰すように叩いた。けたたましい音が、旋律を切り裂く。
それをキッカケに、ベジーさんの股の間から、赤ちゃんが顔だけをちょこんと出した。そして可愛い声で、一言呟いた。
「I'm a イボ痔」
その後も不可解な演奏は続いた。天井に吊されたガンティムは、口からスライムを吐き出す。下半身がペガサスのフォスター先生は、自身の翼をムシャムシャと食べる。ベジーさんはリズムを刻むように、赤ちゃんを股から出したり入れたりする。
そして母ちゃんとタマオカテッペイは、無表情でリズムにも乗らず、ブツブツと言葉を唱え始めた。
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁芋屁」「永久機関ッ」
「芋屁芋屁ィ・・・・・・・・・・・・・・・・・
アァァァァ~頭がおかしくなりそうだ。頭が痛いよぉ。痛いよぉ。助けてくれぇ。誰か助けてくれぇ~。




