第8話 テュラーの街に辿り着く
しかし、思わぬというか、やはりというか、アリシアが助け船を出してくれた。
「もう、リゼッタちゃん! 人には言いたくないことだってあるの。わたしたちも言いたくないこと、たくさんあるでしょ? グレイブさんにだって、当然あるの。だからあんまり何でもかんでも、聞いちゃだめだよ!」
「で、でもっ」
「だめったらだめなの! わかった?」
「……仕方ないわね。今回だけよ」
アリシアに説得されて、リゼッタは不貞腐れた様子だ。
このままずっと不機嫌でいられるのも居心地が悪い。
それに、今後さらに当たりが強くなられるのも面倒だからな。
少しだけ、俺のことを教えてやるか。
「あー、その、なんだ。今から言うことは、俺たちだけの秘密にしておいてほしいんだが」
「わー、なんですか!? もちろん誰にも言いませんっ!」
「……なによ、もったいぶらずに早く言いなさい」
期待に目をきらきらとさせるアリシアと、無愛想なリゼッタが本当に対照的で面白い。
「実はな、俺はAランク冒険者だったんだ。だから銀狼程度なら、容易にやっつけることができるというわけだ」
今は、これくらいで良いだろう。
俺の根幹に関わる部分は、誰かに話すつもりなんて毛頭ないしな。
「そうだったんですか! グレイブさん、超一流の冒険者さんだったんですね! 強いのも納得ですっ」
アリシアが素直に賞賛してくれる。ここまで邪気なく褒められると、何だかくすぐったい。
「……Aランク冒険者、ねぇ。それならなんで冒険者を辞めたのかとか、色々と謎が増えるけれど、詮索はしないでおくわ」
「ああ、そうしてくれると助かる」
やはりリゼッタは聡い。
Aランク冒険者なのに引退するなんてやつ、普通はいないだろうからな。
かくいう俺も、アーリー・リタイア制度に採用されたからこそ辞めたようなもんだし。引退できていなかったら、今日も不毛な魔物狩りをやっていたことだろう。
まあ冒険者を辞めた理由なんて単純で、長年の労働に飽き飽きしていただけなんだけどな。
のんびり過ごして暮らしたって、別にいいだろう?
「さて、もういいか? そろそろ移動したいんだが」
「ええ、問題ないわ」
「わたしも大丈夫です!」
「それじゃあ行くか」
二人が賛同したので、歩みを再開する。
その後も何度か魔物に遭遇したが、俺が魔法でさくっと処理した。
なんだか今日はやけに魔物と出会っている気がするが、きっと偶然だろう。
俺は深く考えることなく、二人を守りながら近くの街に向かっていった。
☆
「リゼッタちゃん、街が見えてきたよ!」
「そうね、結構大きなところみたいよ」
ようやく街が視界に入った。
ずいぶん歩いたからな。アリシアは言うまでもないが、リゼッタもどことなく嬉しそうだ。いや彼女の場合は、やっと着いたかって感じかもしれないが。
まあとにかく、街は目前だ。
心なしか、歩く速度が上がった気がする。
護衛に俺がついていたとはいえ、いつ魔物に襲われるかという恐怖は、大人でさえ心を磨耗する。ましてこの子たちは少女なんだ。ずっと緊張しっぱなしだっただろう。
「ここは商業が盛んな街だからな。人の出入りが激しくて、活気があるところだぞ」
「へえ、よく知ってるじゃない」
リゼッタが珍しく感心したようだ。
「さすがグレイブさんです! 物知りなんですね! この街はなんて言うんですか?」
天真爛漫なアリシアは、好奇心も旺盛なのだろう。
「ここは、テュラーって呼ばれているな。聞いたことないか?」
「うーん、わたしは知らないです。リゼッタちゃんは?」
「……そうね、私も聞いたことないわ」
「リゼッタちゃんでも知らないんだね。やっぱりグレイブさんはすごいです!」
アリシアが尊敬の眼差しで俺を見つめてくる。
子どもに賞賛されるのは嬉しいんだが、アリシアが俺を褒めた途端、リゼッタがもの凄い形相で俺を睨んできたから、素直に喜べない。
この二人、いったいどういう関係なんだ……? 距離感がまだ掴めていないから、よくわからん。
「さて、それじゃあさっさと街に入るとするか。門はこっちだ」
「はーい!」
「こらっ、ちょっと待ちなさいよ!」
足早に先導する俺を、二人が追いかけてくる。
街の入り口にたどり着いた。
テュラーの街では、街に入る人のみ、簡単な検問がある。
出入りする人が多すぎて街から出て行く人まで対応していたら手が回らないから、仕方なく街に入場する人だけ検問していると、知り合いの冒険者から聞いたことがある。
冒険者は様々な情報を持っているから、冒険者の知り合いは重宝する。
検問に並び、二人と他愛のない話をして時間を潰した。
「次の方、どうぞー」
とうとう俺たちの順番がやってきた。
検問所に詰めている若い騎士に呼ばれ、歩を進める。
検問所では四人の騎士が、街への入場を希望する人たちの相手をしている。
「このたびはどういった用件で?」
俺は何か適当に理由をでっち上げようと思ったが、ふとあることを思いついた。
懐に手を入れ、冒険者カードを騎士に見せる。
「確か、これがあれば自由に出入りできると聞いたんだが」
「なっ……! こ、これは……! たいへん失礼致しました!」
騎士が頭を深く折り曲げた。
騎士の態度が急に慇懃になったものだから、俺らだけじゃなくて、周りの人たちもビックリしているようだ。周囲から好奇の視線を感じる。
「……ねえちょっと、いったい何を見せたのよ?」
リゼッタが小声で聞いてくる。
「ただの冒険者カードだぞ?」
「たかだか冒険者カードを見たくらいで、こんな反応しないわよ! 何か特別な事情でもあるの?」
「……あるといえば、ある」
まだ始まったばかりのアーリー・リタイア制度が適用された冒険者カードだからな。普通のと比べると、特別製と言えなくもない。
「ほんっとに、あんたは謎が多いわね」
呆れたとでも言うように、リゼッタが盛大にため息をつく。
「グレイブさんっ、わたしたち、なんだか注目されているような気がします……!」
アリシアが俺の袖をちょいちょいと引っ張ってくる。不安そうな顔つきだ。
「大丈夫だ、何も心配いらないからな」
アリシアの頭を撫でてやると、彼女はくすぐったそうにはにかんだ。
若い騎士が頭を上げた。
「誠に申し訳ございませんでした!」
「えーっと、何がだ?」
騎士が謝罪してくるが、何に対して謝っているのかわからない。
「本来であれば列に並ばずとも入場できる身分の方を長らくお待たせしてしまって、本当に申し訳なく思っております。もちろん検問なしで街に入っていただくことが可能です。ささ、どうぞ、お入りください」
何が何だかわからず混乱していると、騎士に導かれて検問をくぐり抜けていた。
「それでは、これにて失礼致します」
敬礼し、騎士は検問所へと戻っていった。
「……いったい何だったんだ?」
「こっちが聞きたいわよ」
俺がぼそりと呟くと、リゼッタが心底うんざりといった表情を浮かべていた。
「検問なしで、騎士の方の付き添いで街に入れるなんて、なんだか偉い人になったような気分です! さすがグレイブさんですっ!」
相変わらずアリシアが賞賛してくれる。
俺は苦笑いを返しつつ、思索に耽る。
どうしてさっきの若い騎士は、いきなりあんなに丁重な態度に変わったんだ?
アーリー・リタイア制度の特典として、国や街に自由に出入りできるってのがあったけど、そのおかげなのか?
だが、これだけですべての説明がつくのかと言われると、どこか違うような気もする。
……あれこれ考えても、すぐに結論が出るような問題じゃなさそうだな。一旦保留とするか。
ひとまず今は、落ち着ける場所を確保したい。とりあえず宿にでも向かうとしよう。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!