第7話 近隣の街への道中
俺たちは、近くの街に向けて歩き始めた。
リゼッタとアリシアの歩幅に合わせているので、俺一人で行動するよりも進むのは当然遅くなる。
慣れないことだから、ついつい彼女たちを置いて行ってしまいそうになる。そのたびにリゼッタが悪態をつき、アリシアがそれを諫めている。
「ほら、また歩くのが速くなってるわよ」
「ああ、悪い」
「リゼッタちゃん……」
「アリシア、こんなやつに気遣いは無用よ。……それよりあんた、いい加減、私たちの後ろから付いてきたらどうなの?」
一応、俺が前方にいることで、周囲を警戒していたんだが……。
後ろにいても、問題はないか。
「それもそうだな」
「もしかして、あなたっておバカさんなの? それくらい自分で気づきなさいよ」
「リゼッタちゃん、そんな言い方は良くないよぉ。グレイブさんは、わたしたちを守ってくれてるんだよ?」
「わ、わかってるわよ。それには感謝してるわ」
「だったらそんなきつい言い方、しちゃだめだよぉ」
「……善処するわ」
アリシアの優しさが身に沁みる。
そんなふうにのんびりと歩いていたら、突然、魔物の気配を感じた。
「お前ら、止まれッ!」
「えっ、ちょっといきなり何よ?」
「何かいやがるッ!」
不貞腐れた態度を取っていたリゼッタが、急に真面目な表情になった。
アリシアは不安げな表情だ。
彼女たちはついさっき、魔物に襲われて危機に瀕していたのだ。怖がるのも無理はない。
「大丈夫だ。お前らは俺が必ず守る。俺の側から離れるなよ」
「グレイブさん……っ」
アリシアが俺に抱きついてきた。彼女の頭部が俺のお腹の部分にくっついている。
ふんわりと、甘い香りが漂ってくる。
まだ少女なのに、女の子なんだなと感じた――って、いかんいかん。集中せねば。
つと、袖に違和感を覚えた。
見てみると、リゼッタが俺の袖をぎゅっと掴んでいた。
気は強い子だが、彼女もアリシアと同じ年端のいかない少女なのだ。
やや大人びているからついつい忘れてしまいそうになってしまうが、リゼッタだってまだ子どもだ。
俺はそんな二人の頭を撫でてやった。
「すぐに終わらせるからな。そのままじっとしてろよ」
アリシアは俺に強く抱きついて、こくんこくんと何度も頭を上下させて頷いた。
リゼッタも、やけに素直に一度だけ頷いた。彼女のことだから、頭を撫でたら抵抗するかなと思っていたが、嫌そうな顔をしながらも俺の手を払いのけることはしなかった。
周囲の気配を探る。
一、二、三……六。
全部で六頭か。
さっきよりも一頭多いが、なんとかなるだろう。
目を凝らせば、魔物の姿が視界に入った。
先頭に一頭いる。どうやらあいつが残りの五頭を率いているようだ。
「なっ、赤狼に、銀狼……っ? 終わったわね……」
リゼッタが暗い声を出す。
アリシアも、肩をびくんと震わせた。
「短い間だったけど、助けてくれてありがとう。それから、あなたまで巻き込んでしまって、ごめんなさい」
リゼッタが俺に向かって告げてくる。
こうして彼女が諦めてしまうのも、無理はない。
赤狼には火の魔法が効かない。そもそも赤狼自体が、火の魔法を自在に操ることができるからだ。
そして銀狼。こいつは、通常、魔法が効かないとされている。
俺は武器を装備していないし、防具だってつけていない。だから当然、彼女たちは俺のことを魔法使いだと思っているだろう。
たとえさっき使ってみせた炎の魔法以外の魔法を俺が使えたとしても、せいぜい赤狼を倒すのが精一杯で、銀狼はやっつけられないと考えるはずだ。
だから、アリシアが怖がったり、リゼッタが絶望するのも、仕方ないことだ。
だがここにいるのは、元Aランク冒険者のグレイブだ。この程度の奴らに負けるようでは、Aランクになんてなれるわけがない。
「大丈夫だ、何も心配はいらない。怖かったら、目を閉じておけ」
「は!? あなた、何言って――」
「ほら、来るぞッ!」
赤狼五頭が、炎を身に纏って突っ込んできた。
なるべくグロテスクでない倒し方を考えていると、すぐそこまで赤狼が迫ってきていた。
恐怖のあまり、リゼッタが俺の片腕にしがみついてくる。
「《我、氷神の力を宿す者。汝、我にその力を与え給え<<<エラールセ》」
突如、赤狼が凍りついた。
跳び上がっていた三頭は空中で固まり、そのまま地面にどすんと落下する。固い氷塊だから、氷は砕けない。
地表にいた二頭は、そのままの体勢で氷漬けになっている。
五頭とも、生命活動を維持できない温度に一瞬で凍らされて、絶命したのだ。
リゼッタは驚きを露わにする。
「嘘でしょ!? でもまだ銀狼が……」
「問題ない」
赤狼がやられる間に、銀狼は魔法を使っていた。
銀狼は口を大きく開け、氷の魔法を放ってくる。俺たちの方に向かって一直線に進んでくる氷の細い線は、触れたら体を貫かれる。
中々の速度だ。ぼーっとしていたら、すぐに体を貫通するだろう。
……仕方ない、か。
「リゼッタ、目を閉じてろッ!」
「え!?」
「いいから早くしろ」
「わ、わかったわよ!」
リゼッタが固く目を閉じたのを見届けてから、俺は銀狼に向き合う。
アリシアは元々戦闘を見ていないし、リゼッタには目を瞑らせた。
これなら銀狼から多少血が出ても、問題ないだろう。
ちょっとだけ、力を使うか。
「《グレイブの名において命ず。雷神よ、その力を俺に寄越せ<<<雷槍》」
突如、空中に雷の玉が出現した。拳大ほどの大きさだ。
一直線に迫ってくる銀狼の氷線に、その玉から雷線を放出し、正面からぶつける。
俺の魔法は銀狼の氷魔法を呆気なく蹂躙し、一瞬でやつの体を貫いた。
瞬殺だった。頭から尻まで、銀狼の体に綺麗に穴が空く。
雷の熱で焼き尽くされたからか、さほど血は出なかった。
まあ、こんなもんか。
魔法が効かないとされている銀狼だが、実は銀狼が無効化できるものよりも強い魔法を使用すれば、難なく倒すことができる。
「全部終わったぞ。もう目を開けても大丈夫だ」
まずリゼッタが目を開いた。それからアリシアも、恐る恐る俺から離れ、辺りを見回した。
「嘘でしょ……銀狼を魔法で倒したってこと……? あなた、やけに強いわね。一体何者なの……?」
「わー、グレイブさん、すごいです! 二度も助けられちゃいましたっ!」
警戒心を剥き出しにするリゼッタと、満面の笑みで喜びを表現するアリシアが対照的で、なんだかおかしかった。
「まあなんでもいいじゃねえか。それより、さっさと移動を再開しようぜ」
「はーい!」
俺の提案に、アリシアは即座に乗ってくれた。
だが、
「待ちなさい」
やっぱりリゼッタは、一筋縄ではいかないようだ。
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