第6話 アリシアとリゼッタを保護する
「はぁ!? あなた、何言ってるの!?」
リゼッタが激しく反応する。
「いや、だから、一緒に旅をだな……」
「だ・か・ら!! 普通おかしいでしょ!? 出会ったばかりなのに、いきなり一緒に旅をしようだなんて、いったいどういう思考回路をしているの!? ま、まさかあんたも、少女偏愛の変態なの!? そうなのね!?」
リゼッタが取り乱したのを、今度はアリシアがどうどうと諫める。
「リゼッタちゃん、落ち着いて……!」
「これが落ち着いていられる!? 善人そうな振りをしておいて、このおっさんは変態だったのよ!? 平然としているアリシアの方がおかしいわよ」
「俺は別に、少女偏愛の変態とかじゃないんだが……」
「おっさんは黙ってて!」
ぐさっ。
言葉の刃が、俺に突き刺さる。
自分でもおっさんだという自覚はあったが、うら若い少女に直接告げられると、精神的なダメージは馬鹿でかい。
それに、一度ならず二度も言われのだ。
ちょっともう立ち直れない……。
「ほら! 私に罵倒されて、喜んでるじゃない! やっぱり変態だったのよ! 見ず知らずの私たちを助けるなんて、どこかおかしいと思ってたのよね! 下心があったのなら納得よ」
「リゼッタちゃん、その辺でやめたげて! グレイブさん、喜んでいるんじゃなくて、傷ついてるよ……っ!」
大地に両膝をついて項垂れる俺を見かねてか、アリシアがとてとてと駆け寄ってきて、俺の背を撫で始める。
「ぐ、グレイブさんは、全然おじさんじゃないよ……! 魔物を倒すときも、かっこよかったですっ! だから、リゼッタちゃんの言うことは、気にしないで……?」
俺の顔が見える位置に移動して、にっこりと上目遣いで微笑んでくれた。
なんだこの子は……天使か!? 天使だったのか……!
俺は思わずアリシアを抱き締めて、高いたか~いをする。
「わわっ!」
アリシアは目を見開いて驚きを表現する。
「ちょっと変態、なにやってるの!? 早くアリシアを離しなさい! アリシアを抱き締めてだらしなく笑うなんて、やっぱり少女偏愛の変態なんじゃない……!」
動揺したリゼッタが、俺のことを蹴ったり、服を引っ張ったりして、アリシアの解放を求めてくるが、Aランク冒険者として鍛え上げられた肉体は、たかだか少女に反抗されたくらいではびくともしない。
アリシアを振り回して喜びを表現していると、
「ぐ、グレイブさん……! 目が回ってます……」
アリシアが苦しんでいた。
いかんいかん。
天使を害するとは、なんたることだ。
「す、すまん! つい取り乱した」
アリシアを地面に横たえた。
……だんだん冷静になってきた。
いい歳したおっさんが、出会ったばかりの少女を抱き締めて、楽しげに振り回したのだ。
変態だと誤解されても仕方ない行為をしてしまった。
「それで、一応聞いておくけど、弁明は?」
腕を組んだリゼッタが鋭い目つきで俺を睨む。
申し開きの仕様もない。何を言ったところで、少女を抱き締めたという事実を変えることはできないからだ。
「……すまなかった。信じてくれないだろうが、でも、これだけは言わせてくれ。俺は決して少女偏愛というわけじゃないんだ。だから、君たちを助けたのも、下心あってのことじゃない」
誠意を込めて平に謝りつつ、伝えたいことを口にした。
「ふうん。まあ、いいわ。そういうことにしておいてあげる。私たちが助かったのはあなたのおかげだし。それに、たとえ少女偏愛じゃなくとも、アリシアの可愛さに目が眩むのは無理ないわ。アリシアの可憐さと寛大な私に感謝することね」
「……許してくれるのか?」
「ええ。だけどその代わり、これで手打ちにしてくれるかしら? さっき助けてもらったことには本当に感謝しているけれど、それにつけ込んでどうこうしようというのはお断わりよ」
「そりゃもちろんだ。さっきも言ったが、たまたま通りかかったから助けただけだ。俺の方も、恩に着せるつもりは毛頭ない」
「そう、なら安心ね。これで私たちは対等の関係よ。それで良いかしら?」
「ああ、異論はない」
なるほどな。リゼッタの意図がようやく掴めた。
自分の要求を素直に口にしすぎるきらいはあるが、俺と対等の関係を築こうとしてきたのは、今後を見据えてのことだろう。
会話をしながら、リゼッタの利発さを思い知った。
まだ少女だと侮ってはいけないな。少なくともリゼッタは、かなり頭が切れる。
「ところで、お前たちは何歳だ?」
「あら、女の子に年齢を尋ねるなんて失礼ね」
俺の問いを、軽やかに躱そうとする。
「そこを何とか教えてくれないか? ちなみに俺は三十五歳だ」
「……あなたが歳を言ったからって、私たちが教える義理はないわ」
まだ俺のことを警戒しているのだろう。俺に与える情報を極力減らそうとしているらしい。
「リゼッタちゃん、そんなふうに言ったらだめだよぉ。えっと、グレイブさん、わたしが十二歳で、リゼッタちゃんは十三歳だよ」
身を起こしながらアリシアが教えてくれた。目を回しながらも、ずっと会話は聞いていたのだろう。
十二と十三、か。
アリシアは俺の予想と大差ない。
リゼッタはしっかりしているからもう少し上かと思っていたが、まだたったの十三歳だったのか。
「なっ、アリシア、あなたねえ……」
「リゼッタちゃん、大丈夫だよ。グレイブさんは、悪い人じゃないよ」
えへへ、とアリシアは笑みを浮かべる。
「だ、だけどねアリシア、やっぱりすぐに信用なんてできないでしょ? 今までさんざんヒドい目に遭ってきたのを忘れたの?」
「でもね、グレイブさんは、優しい気がするの。そうだよね?」
邪気のない顔でアリシアは俺に問いかけてくるが、どう答えればいいんだ。
「あなたは優しい人ですか?」と聞かれて、「はいそうです」なんて答えるやつはいるのだろうか? というかむしろ、「はいそうです」なんて言うやつがいたら、怪しさ全開だろ。
俺が答えあぐねていると、
「ほら、やっぱり答えないじゃない。出会ったばかりの人を簡単に信じちゃいけないって、いつも言ってるでしょ?」
「でもぉ……」
リゼッタとアリシアが、俺そっちのけで会話を始める。
リゼッタも、アリシアには心を許しているようだ。
この二人がどういう関係なのか気になるが、それはまた後で聞くことにしよう。
戦闘の気配に釣られて、魔物が寄ってくるかもしれない。
そろそろ移動を開始した方がいいだろう。
二人の会話に、割って入る。
「なあお前ら、ちょっと相談があるんだが――」
「あら、何かしら?」
リゼッタが反応する。
「とりあえずこの場を離れた方が良いだろう。話し合いは場所を変えてもできるだろ?」
「それもそうね。行く当てはあるの?」
「……そうだな。とりあえず近くの街まで一緒に行くってのはどうだ? その後どうするかは街に着いてから考えればいいだろ? 次の街にたどり着くまでは、お前らの身の安全を保障しよう」
「……悪くない提案ね。アリシア、あなたはどうしたい?」
「グレイブさんの迷惑でなければ、一緒に行きたいです」
リゼッタに、俺は意地悪く言う。
「だそうだぜ?」
「……仕方ないわね」
リゼッタが苦虫を噛み潰したような顔をする。
こうして俺たち三人は、共に街まで行くことになった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
今回のお話が好きかどうかで、当作品への評価が変わってくるのかなあと思います。
次話から、朝に投稿するのを一旦やめますね。
夕方から夜にかけての更新になると思います。