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引退冒険者のおっさん(最強)、2人の少女と旅をする  作者: 餅は餅屋
第1章 おっさん、2人の少女と出会って守ることを決心する
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第5話 旅立ちと2人の少女

 武具屋を後にした俺は、旅立ちの準備を済ませた。

 今まで住んでいた住居を引き払い、不要なものは全部処分した。元々荷物は少なかったので、手間取ることなく順調に準備を進められた。


 旅の用意を含めて、残った荷物は背嚢一つに収まった。


 背嚢を背負い、昨日宴会に参加していなかった人たちに挨拶をしてから、街の門までやってきた。

 すると門のところに、街の人が数十人集まっていた。


「本当に、行っちまうんだな……」

「ああ」

「淋しくなるな……」


 旅立つと決めてから至る所でしてきた会話を、ここでも交わした。

 いつもは陽気な住人たちが神妙な顔つきでしんみりとしている様を見るのは、なかなかに堪える。

 だけどそれと同じくらい、嬉しくもあった。

 俺がアルケーの街を、そして人々を大切に想っているように、みんなも俺のことを大事にしてくれていたんだと実感できたからだ。

 アルケーの街で過ごした日々は、決して無駄ではなかったのだと、肯定してもらえたような気さえした。



 門のところで住民たちとやりとりをしていると、街の方からさらに多くの人たちがやってきた。


 みんな、俺の門出を見送りにきたのだ。


「いつでも帰ってきていいんだからな」


「気をつけて行くんだぞ」


「グレイブさん、行かないでえええええっ!」


「また遊びに来いよ! 待ってるからな!」


 一人ひとりが、俺に声をかけてくれる。

 それぞれに丁寧に対応して、全員と話し終えた。


 俺は右腕を天に掲げる。


「それじゃあみんな、行ってくる!」


 俺は歩き出した。


「気をつけろよ」


 などの声を背中に受けながら、俺は一切振り返ることなく歩を進めていった。

 多くの住人に盛大に見送られながら、俺は迷わず一歩一歩大地を踏みしめていく。


 ここ何年か過ごして親しんだアルケーを出発して、俺は新たな生活を始めるための一歩を踏み出したのだった――。



   ☆



 もう随分と歩いた。

 後ろを向いても、アルケーの街なんて輪郭すら見えない。

 あてどなく野道を歩いていると、鋭い悲鳴が聞こえた。

 甲高い――きっと女性が発したものだ。


 盗賊か? それとも魔物?



 俺は急いで声が聞こえた方へと駆け出した。




 現場が視界に入った。

 荷台が倒れている。牽引する馬が血を出して倒れている。

 よくよく見ると、人も何人か地面に横たわっている。恐らく、もう亡くなっているだろう。

 黒い毛並みが特徴の魔物、黒狼が五頭いやがる。こいつらにやられたのだろう。


 間に合わなかったか――。

 そう判断しかけたとき、まだ生き残っている人を二人見つけた。

 倒れた荷台の前だ。

 銀髪の少女が、金髪の少女を守るようにして、両手を広げ、金髪の子を背に庇っている。

 遠目にも、まだ幼いことがわかる。


 黒狼が少女たちの周囲を囲み、じわりじわりと距離を詰めている。


「く、来るならきなさいっ! アリシアは私が守るんだから……!」


 銀髪の少女が腕を震わせながら、か細い声で黒狼に虚勢を張った。


「リゼッタちゃん……っ」


 庇われている方の金髪の少女も、身を震わせている。


 少女二人が、黒狼に囲まれているのだ。普通なら恐怖に支配されて、身動きできないはずだ。

 それなのに銀髪の少女は、金髪の子を守るために、黒狼に立ちはだかっている。

 気丈な子だ。



「おいそこのお前ら、そのままじっとしてろッ! 今助けてやるからな!」


 大声で叫ぶと、少女二人が俺の姿を見つけ、驚きからか目を見開く。

 黒狼たちも俺の存在に気づき、威嚇してくる。


 突如、五頭のうち三頭が、俺の方に向かってきた。


 俺は咄嗟に左腰に手をやったが、もちろんそこには何もない。さっき武具屋に剣を譲渡したからだ。

 剣の重みがないから帯剣していないのはわかりきっているのに、いつもの癖というのは中々抜けないものなんだなと俺は一人苦笑する。


「あんたっ、私たちのことは良いから、早く逃げなさいっ!」


 銀髪の少女が、俺に向かって呼びかけてくる。

 怖いだろうに、助けてほしいだろうに、驚くべきことに、彼女は俺のことを気遣ってきた。

 少女の方に意識をやっていると、黒狼三頭が接近してきていた。


 俺は不敵な笑みを浮かべていただろう。

 剣がなければ、魔法を使えばいい――。


 魔力を練り上げ、詠唱する。


「《我、炎神の力を宿す者。汝、我にその力を与え給え<<<フランマ》」


 俺に差し迫ってきていた黒狼三頭の全身が突然紅蓮の炎に包まれ、燃え上がった。

 一瞬で肉体を焼き尽くし、骨だけの姿となる。

 なるべく少女たちのトラウマにならないように、血が飛び散らない魔法を使った。



 仲間がやられたのを見て、残った二頭も俺の方を警戒する。


「ほら、来いよ」


 俺の言葉がわかったわけではないだろうが、俺の挑発に乗るかのように、残る二頭も俺に向かってくる。

 少女たちが炎に巻き込まれないくらいの距離まで黒狼が駆けたところで、再度魔法を使う。


「《我、炎神の力を宿す者。汝、我にその力を与え給え<<<フランマ》」


 さきほど同様、炎に包まれた黒狼は、一瞬で骨だけになった。



 ギリギリのところだったが、なんとか少女二人は助けることができた。

 もう少し早く現場に到着できていればもっと多くの人を救えていたかもしれないと悔しい思いもあるが、俺がこの場に駆けつけていなかったら若い少女二人の命まで喪われていただろう。

 そう考えて、自分の感情にけじめをつける。いつまでもくよくよしているわけにはいかないからな。


 俺は少女たちの方に向かって歩いていった。


「お前ら、怪我はないか?」


 気さくに話しかけたが、銀髪の少女は警戒する目つきで俺の方をめつけてくる。

 肩の辺りで切り揃えられた銀髪は光沢を放っている。

 濁りのない赤い目で睨まれると、まだ相手は幼いのに、結構迫力がある。

 どちらの少女も、肌が白く、身なりも良い。恐らく富裕層か貴族の娘だろう。


「……あなた、いったい何者なの? あんなにあっさりと魔物を倒すだなんて、魔物よりもあなたの方が恐ろしいわ。何が目的で私たちを助けたの? 正直に答えなさい」


 物言いはきつかったが、声はか細く震えていた。

 気丈に振る舞っているが、まだ少女なのだ。

 いきなり魔物に襲われて、周囲の人が死に、自分たちも今まさに殺されそうだったわけだから、怖くて当然だろう。張りつめていた神経も、まだ抜けきっていないはずだ。


「俺は通りすがりの元冒険者だ。たまたま悲鳴が聞こえたんで駆けつけてみたら、魔物に襲われている子どもがいたから、助けたってわけだ」

「……嘘じゃないでしょうね? 元冒険者にしては、ずいぶん強いようだけど」

「ああ、本当だ。それに元冒険者といっても、昨日引退したばかりだけどな」

「なんだか胡散臭いわね」


 確かに冒険者を昨日引退したと言われれば、怪しむのも当然だ。けど事実なのだから仕方ない。


 暫し、銀髪の少女と見つめ合う。


 沈黙を破ったのは、透き通って綺麗な碧い目をした金髪の少女だった。


「……リゼッタちゃん、助けてくれた人に、そんなふうにしちゃだめだよぉ」


 腰に届きそうなほど長く伸ばされた金髪は真っ直ぐで美しい。触ったらきっと、絹のような手触りだろう。


 彼女は銀髪の少女を窘めてから、


「あっ、あのっ! ……えっと、元冒険者さん、わたしはアリシアと言います。助けてくれて、ありがとうございますっ!」


 金髪の少女――アリシアは、俺の方に向かってぺこりと頭を下げた。


「ほら、リゼッタちゃんもお礼を言わなきゃ!」

「……そ、そうね。助けてくれてありがとう。感謝してるわ。私はリゼッタよ」


 アリシアには弱いのか、銀髪の少女もといリゼッタも、礼を述べてくる。

 やけに無表情なのが少し気がかりだ。


「気にするな、たまたま通りがかっただけだからな。俺の名はグレイブだ。それより、お前らはどこに向かう途中だったんだ? 良かったら俺が連れて行ってやってもいいぞ」


 すると二人は急に暗い顔をした。


「……どうした? 何かマズいことでもあるのか?」


 リゼッタとアリシアは見つめ合い、お互いにこくんと頷いてから、リゼッタが口を開いた。


「……どこに行くところだったかは私たちも知らないわ。私たちは少女偏愛の変態貴族に買われたとかで、その貴族の領地に移送されるところだったの。だけど移送中に魔物の襲撃を受けて、そこを助けてくれたのがあなたというわけ」



 俺はたいそうな衝撃を受けた。

 俺はなんて馬鹿なんだ。

 この子たちは貴族に売られたからこそ、綺麗で高価そうな衣服を身に纏っていたんだ。

 決して恵まれた環境でぬくぬくと育てられてきたわけじゃない。




 そして、リゼッタの物言いにも愕然とした。

 彼女は淡々と語ったが、どこか投げやりな雰囲気を醸し出していた。

 子どもにしては、達観しすぎているような気がする。

 これまでにもさんざん酷い目に遭ってきたのだろう。


 アリシアの方も、完全に俯いてしまっている。


「……そうだったのか。……念のために聞いておくが、親はいるか? 行く当てはあるのか?」


 自分でも、酷なことを聞いているのはわかっている。

 アリシアが肩を震わせた。リゼッタがアリシアの背をさすりながら、俺の問いに答えてくれた。


「……私たちは、まさしくその親に売られたのよ。私たちに、帰る場所なんてないわ」


 一応予想できていた返答だったが、やはり胸糞が悪い。


「……その、辛いことを聞いちまって、すまなかった」

「別にいいわ、事実だもの。どう足掻いたって、現実は変わらないし」


 リゼッタは平然と受け答えした。

 いや、平然と受け答えできてしまっているのだ。

 いったいどれだけ悲惨な目に遭えば、これほどまでに絶望できるのだろうか。



 俺はこの二人に激しく同情するとともに、ひどく共感を覚えていた。


 誰も頼りにできる人がいなくて、たった二人だけ。外界からは完全に切り離されてしまっている。

 それはまるで、()()()()()()()()()()()


 だから俺は、こんなことを口走ったのだろう。


「……だったら、……行く当てがないんだったら、俺と一緒に、旅をしないか?」



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