第4話 馴染みの武具屋に剣を譲る
酒場を出て、俺は街を歩く。
これから旅に出るのだから、最後に一度街を散策しておきたかった。
程良い眠気と酔いでやや頭がぼーっとしているが、今朝のうちにアルケーから出発したい。そうじゃないと、いつまでも旅立つことができない気がするからだ。
実は、アルケーの街でやりたいことが、一つだけ残っている。
剣を売ることだ。
もう冒険者を引退するのだから、武器は必要ない。
ちなみに俺は防具をつけない主義だ。防具は身を守るだけではなく関節を保護する役割なんかもあるんだが、俺は極力動きを阻害されたくないので、基本的には装備していなかった。
剣を売ってしまえば、俺が元冒険者だと外見だけで判断することは難しいかもしれないな。
後輩冒険者にタダで譲ろうとしたんだが、みんなステータスが足りなくて、まともに武器として扱えそうな人がいなかった。だから俺は仕方なく売ることにしたんだ。
「武器すらロクに持てないって……グレイブさん、あんたどんだけ強いんだよ!」
なんてふうに、突っ込まれたりもしたっけ。
やがて、馴染みの武具屋に到着した。
開店の準備をしていたのか、店先に店主がいる。
「よう、グレイブ。今日はずいぶん早いな」
「やあブライト、おはよう。実は頼みがあって来たんだが……」
「お? なんだ、言ってみろ。……ってか、お前、酒臭いなッ!」
「ああ、昨日の昼間から呑んでたからな……」
苦笑せざるを得ない。
「そうだったのか。何やら昨日は騒がしいと思ってたら、宴をやってたんだな。それなら俺も参加したかったぜ」
屈託ない笑みをブライトは浮かべる。
俺はブライトに事情を打ち明けた。
「……なるほど、そういうことだったのか。グレイブが旅立つと、寂しくなるな」
ブライトはしんみりとする。
「……それで、武器を売りたいんだったな? 査定してやろう。入ってくれ」
「わかった」
ブライトに連れられ、店内に入る。
左腰に佩いた剣をカウンターに鞘ごと置いた。
「これだ。よろしく頼む」
「ふむ。どれ、見てやろう」
鞘を外し、鑑定スキルを使って、ブライトが検分していく。
「ほう」とか「ふむ」とか、ブライトが途中で呟くので、なんだか心配になってきた。
俺の剣に、どこか異常があるのだろうか?
一応自分なりにきちんと整備はしていたんだが……。
剣を丹念に見た後、ブライトは鞘を戻した。
「……なあ、グレイブよ」
「ん、どうかしたか?」
「お前は馬鹿なのかッ!? こんなすごい業物、値段なんてつけられねえよ! たとえ値段がついたとしても、俺の店じゃ買い取りなんてできっこない。王都の一流武具店ですら、買い取りできないんじゃないかって代物だぞ。そもそもこの剣は何でできてるんだよ!? こんな素材、見たことねえぞ」
ブライトは盛大に唾を飛ばしながら、勢い込んでまくし立てる。
俺はごまかすように、曖昧な笑みを作った。
「そうだったのか……。それじゃあ、代金はいらないから、引き取ってくれないか?」
もうお金には困らないしな。
「いやいや、何言ってんだよ!? こんな業物を手放すなんて、正気じゃねえよ! 悪いことは言わねえから、持っとけ。下手したら街の一つや二つくらい、さくっと買えちまう代物だぞ!」
ブライトが俺に向けて剣を突き出してくる。
けれど、俺の意志は固い。
「俺はもう冒険者を引退したんだ。剣は必要ない」
「だけどよ!」
「だったら、友人として、受け取ってくれないか?」
「グレイブ、お前……」
「この街で、何年も世話になったんだ。どうせ王都でも値段がつけられないような剣なら、なおさら友人であるブライトに持っていてほしい」
「……そんな言い方、ずるすぎるぜ。……わかった、一先ず俺が預かっておこう。だが、この剣は絶対に誰にも売らないと誓う。もしもグレイブがこの剣を必要としたときは、いつでも取りに来てくれ」
「わかった。ありがとう」
俺たちは熱い握手を交わした。
「グレイブ、達者でな」
「ブライトも、元気でな」
店先でブライトに見送られ、俺は武具屋を去った。
このときグレイブから受け取った剣をブライトは店の守り神として店内に飾った。するとグレイブと親交のあった武具屋として名を馳せ、商売が繁盛するのだが、それはまた別のお話だ。