第3話 お別れの宴会!
話題を変えるように、ハシリーさんが問いかけてくる。
「それで、グレイブさんはこれから、どうなさるんですか?」
「そうだなあ……」
言われて、考えてみる。
この街ではもう何年も過ごしたし、せっかくなら、どこか別の場所に行ってみてもいい。なんなら、スタンプラリーもあるそうだし、諸国を巡る旅をするのも悪くない。
各地の温泉を回るのも一興だ。
「とりあえず、旅に出ようと思う。まだ目的は決まってないんだが、せっかくだから、色々な土地に行って、様々な風景を見てみたい」
「なるほど、それは良いかもしれませんね。グレイブさんにしばらく会えないのは寂しくなりますけど」
「これで永遠にお別れってわけじゃないさ。またいつか、この街にも寄るよ」
「ではそのときは是非、冒険者ギルドにも遊びに来てくださいね! 待ってますので!」
「おう」
「さて、それでは早速ですが、アルケーとリリスのスタンプを付与させていただきます。別の街に行った際には、冒険者ギルドに立ち寄って、スタンプをもらってくださいね!」
アルケーというのはこの街の名前で、リリスというのはこの国の名前だ。
冒険者カードをハシリーさんに手渡す。
冒険者を引退した場合は、冒険者カードを返却する必要はない。むしろ冒険者カードがないと、様々な特典を受けることができないようになっている。
ハシリーさんが冒険者カードにスタンプをしてくれた。スタンプとは言っても、厳密には冒険者カードに魔法を刻み込んでいるだけなので、スタンプとは言い難い部分もあるんだが、わかりやすいのでスタンプで良いだろう。
「はい、スタンプを押しておきました。今回は国と街のスタンプを一つずつ獲得です! この調子で、どんどん集めていってくださいね!」
「おう、ハシリーさん、ありがとう」
ハシリーさんが優しく微笑んでくれた。
若い女性が俺に向けて可憐な笑顔を向けてくれると、どことなく気恥ずかしい。もうおっさんなのに、女性に慣れていない独り身としては、ハシリーさんの笑みは眩しすぎる。
どぎまぎしながら、ハシリーさんから冒険者カードを受け取った。緊張で手が震えていたかもしれない。
「それじゃあハシリーさん、今まで長いこと世話になったな。ありがとう」
「いえいえ、私もグレイブさんと知り合えて、楽しかったですよ」
それから、俺とハシリーさんのやりとりに注目していた周囲の冒険者の方を向いた。
「みんなも、今までありがとな。一緒にクエストに行ったり、飯を食ったりした仲間たちだ。みんなには本当に感謝してる。俺は冒険者を引退するが、またどこかで会ったときは、遠慮せず話しかけてほしい。みんな、達者でな!」
いつもは騒々しい連中なのに、俺が語りかけている間はみんな静かにしていたから、なんだか泣きそうになってしまった。
冒険者を引退できるという嬉しさと、これでもう本当に終わりなんだという気持ち、そしてみんなとはお別れだという哀愁が、胸中を満たしていく。
「「「グレイブさん、今までありがとうございました!」」」
みんなが一斉に叫んだ。
「俺はグレイブさんに、冒険者として安全にやっていくやり方を教わりました。本当にありがとうございました!」
「一緒にクエストにって言ってたけど、実質俺たちが頼ったり、助けてもらったりばかりだったからな。俺らじゃグレイブが戦うような魔物には歯が立たねえよ」
「そうだな! グレイブは俺たちに合わせてくれる優しい人だもんな!」
「お金がなくて困ってた駆け出しの頃、グレイブさんが毎晩食事を奢ってくださったこと、一生忘れません! おかげでなんとか冒険者としてやっていけそうです!」
「いつも嫁さんの愚痴を聞いてくれてありがとう! グレイブのアドバイスはいつも的確で、めちゃくちゃ助かったぜ! ……あれっ? 俺はこれから、いったい誰に相談すれば良いんだ!?」
周囲から、どっと笑いが溢れた。
「グレイブさんのおかげで、効率の良い魔物の狩り方がわかりました! ありがとうございました!」
「グレイブと一緒に朝までどんちゃん騒ぎしたこと、俺はずっと忘れないぜ! あれは最高だ!」
他にも、いろいろ。
俺への感謝や俺との思い出をみんなが方々に伝えてくれる。
そして、ハシリーさんも。
「グレイブさんのおかげで、この街の安全が保たれていました。我々冒険者ギルドアルケー支部を代表して、感謝の念を示します。ありがとうございました!」
「「「「ありがとうございました!!!」」」
ハシリーさんが頭を下げると、いつの間にか集まって整列していたギルド職員の方々が、一斉に唱和し、頭を垂れた。
「……みんな、ありがとう……!」
この一言を言うだけで、精一杯だった。
おっさんになると、涙もろくなっちまって、嫌になるな。
今までアルケーで過ごした日々の思い出が走馬燈のように脳裏に浮かび上がった。
田舎から出てきたばかりの少年に魔物との戦い方を教えたこと。
危険な魔物が攻めてきたとき、みんなで協力して退治したこと。
豊作すぎて収穫が大変だというクエストにみんなで行って、慣れないことだから全員泥だらけになったのも、今となっては良い思い出だ。
ときには酒を呑みながら、朝まで酒場で語り合ったりもした。あまりに議論が白熱しすぎて、殴り合いの喧嘩に発展することだってあった。
恥ずかしげに、夢を熱く語ってくれた奴もいた。
もちろん冒険者は危険な職業だから、途中で辞めた奴や、無茶して死んだ奴もいる。
だけどアルケーの街は良い人が多くて、ギルド職員や冒険者とはかなり親しくなれた。もうみんな、家族みたいなもんだ。
そんな街から、俺は出て行く。
涙が溢れて、止まらない。
「おいおいグレイブ、なに泣いてやがんだよ!」
「ったく、これだからおっさんはよ!」
「そういうお前たちだって、泣いてるじゃないか……!」
俺は掠れた声をなんとか絞り出した。
「そりゃグレイブがいなくなっちまうと思うと、悲しいぜ……。そうだよな、みんな?」
「ああ、グレイブとこうして毎日話せなくなると思うと、淋しくなる……」
気づけば、周囲の冒険者はみんな泣いていた。
いや、冒険者だけじゃない。
ハシリーさんを始めとする冒険者ギルドの職員たちも、涙していた。
冒険者ギルド中が、噎び泣く音に満たされる。
この場にいる誰もが、泣いていた。
たった一人の例外もいない。
冒険者ギルドは、人々の泣き声で溢れていた。
「……ったく、こんなんじゃ心配で旅に行けないだろうがッ! ほらお前ら、今日は俺の奢りだ。酒場へ行くぞ!」
周囲から歓声が上がる。
「さすがグレイブさんだぜ!」
「よしっ、今日は仕事なんてせず、朝まで呑むぞ!」
「太っ腹なグレイブが俺は好きだぜ!」
みんなに呼びかけて、酒場へと向かう。
まだ昼間だったが、朝まで酒場でどんちゃん騒ぎをした。
仕事をほっぽり出して宴会に参加しているギルド職員もいたが、野暮なので注意はしなかった。
俺たちは朝までさんざん酒を呑み、ひたすら語り尽くした。
宴の盛り上がりを察知して、途中から街の人も参加してきて、俺が今まで経験した中で一番騒がしい会になった。
さすがに朝になると、ほとんどの人が酔いつぶれて、居眠りしている人も多かった。
いつの間にか裸になっている野郎冒険者もいる。
今のうちに、酒場を抜け出そう。
そしたらみんなも寂しい思いをせずに済むだろう。
もちろん会計は俺が全額支払った。
みんないったいどれだけ呑んだんだと思うほどの凄まじい額だったけど、これからは毎月ギルドからお金が入ってくるので、懐には余裕がある。
ちなみにこれは店主が言ってたんだが、今日の売り上げは酒場を始めて以来の最高額だったらしい。