第10話 おっさん、協力を求める
宿に戻ってきた。
アリシアとリゼッタが宿泊している部屋の扉を叩く。
「俺だ、帰ってきた。二人ともいるか?」
「はーい、今開けまーす」
とてとてと、可愛らしい足音を鳴らしながら、アリシアが戸を開けてくれた。
「おかえりなさいっ!」
天使の笑顔を浮かべながら、アリシアが出迎えてくれる。
こんなこと、今まで経験がないから、どぎまぎしてしまう。おっさんなのに、我ながら恥ずかしい。
「あ、ああ。ただいま」
どもりながらも、何とか言葉を捻り出す。
「あら、今度こそ娼館にでも行ってきたのかしら?」
リゼッタがからかってくる。
彼女の冗談にも、少しずつだが慣れてきたような気がする。
「そんなわけないだろ。ちょっくらダンジョンに行ってきたんだ」
「へえ?」
「わー、すごいです!」
興味深そうな視線を投げてくるリゼッタと、純粋な尊敬の念が込められた目を向けてくるアリシア。
「まあ、そんなたいしたことはしてないさ。それより二人は、留守番中に何か問題はなかったか?」
「はい、大丈夫でした。ね、リゼッタちゃん?」
「そうね、特に何かがあったわけじゃないわ。強いて言えば、変態と話さなくて済んだという程度でしょうか」
「だからリゼッタちゃん、そんなこと言ったらグレイブさんに失礼だってばっ!」
アリシアがおどおどとしながら、フォローしてくれる。
正直、リゼッタの罵倒には大分慣れてきたから、もうそんなに傷ついていない。ただ、どうしてここまで攻撃的な性格になってしまったのだろうかという疑問はあるけれど。
やはり、育ってきた環境が原因なのだろうか?
それとも、これが素なのだろうか?
いつか彼女が心を開いてくれたら嬉しいなと思う。
「……ねえ、ちょっと良いかしら?」
リゼッタが不安そうに聞いてきた。
「どうした?」
「……その、私たちを買った貴族をあなたが倒すっていう話だけれど、……やっばり無理なんじゃないかしら?」
「どうしてそう思ったんだ?」
なるべく優しく聞こえるように努めた。
「だって、いくらあなたが強いからって、たった一人で私たちを守りながら貴族に刃向かうだなんて、いくらなんでも無謀すぎるわ。さっきは流れに飲まれていたのもあって、何とかなりそうな気がしたけれど、やっぱり無理なんじゃないかしら?」
「リゼッタちゃん……」
アリシアも、心細い声を発した。
……確かに、リゼッタの言うとおりかもしれないな。
俺一人で貴族相手にどうこうするのは、馬鹿げた考えだったかもしれない。
二人を守るだけじゃなくて、貴族に捕らえられている少女たちを解放したりと、やることは山積みだ。
自分の力を、過信しすぎていたのかもしれない。
そこでふと、エッセの顔が思い浮かんだ。
彼なら、俺たちの力になってくれるかもしれない。
「……なあ、二人とも、ちょっと相談があるんだが、良いか?」
☆
辺りは、酒のにおいと、男たちの喧噪に満たされていた。
ガヤガヤとした騒がしさと、粗野な言葉遣いに溢れている、独特の場所だ。
そう、俺は酒場にいた。
さっき、エッセは酒場に誘ってくれた。だから、もしかしたら彼に会えるかもしれないと思って、俺は酒場へとやってきていた。
アリシアとリゼッタに相談して、協力者を見つける許可は既に得ている。後はエッセに話してみて、彼が承諾してくれるかどうかだ。
冒険者ギルドで聞いた、冒険者がよく訪れるという酒場に、俺は今いる。
問題は、エッセたちがここにいるかということだが……。
どうやら心配は杞憂に終わったようだ。
「おお、グレイブさんじゃないか!」
エッセが目敏く俺の姿を見つけ、声をかけてきてくれた。
「もしかして、一人なのか? 良かったら一緒に飲まないか? さっきのお礼と言っては何だが、奢らせてくれ」
「ああ、悪いな。同席させてくれ」
エッセの案内で、席に着いた。
そこにはさっきの面々――すなわちエーラ、ヴォート、カラムスがいた。
「リリーさん、一杯持ってきてくれ」
顔なじみなのか、エッセが給仕に酒を頼んでくれた。
「おお、あんた、来たのかい」
エーラが快く迎えてくれた。
「ああ、邪魔して悪いな」
「何言ってんだい。一緒に戦った仲間じゃないか」
「そうですよ、他人行儀はやめましょうよ」
カラムスも、歓迎してくれているようだ。
一方でヴォートは、なぜか俯いてしまっている。
彼のことだから、てっきり突っかかってくるのかと思っていたんだが。
「……グレイブさん、ちょっといいか?」
「なんだ?」
エッセが小声で話しかけてきた。
「グレイブさんには事後承諾になっちまって悪いんだが、こいつらには、ブルーガーゴイルを倒したのはグレイブさんだって言っちまったんだ」
「……気にしないでくれ。パーティー内だと、本当のことを言った方が良いだろうからな」
「そう言ってくれると助かる。……それでだな、ヴォートはグレイブさんのことを散々虚仮にしてただろ? それを結構反省してるみたいでさ……」
「……なるほどな」
ヴォートに覇気がない理由がわかった。
彼が強者だと認めているヴォートよりも強い人物に向かって、見下すような発言を何度もしたのだ。実力を重んじる節のあるヴォートからすると、まさしく、「やってしまった……」という感じなのだろう。
「おいヴォート、グレイブさんに、何か言うことがあるんじゃないか?」
エッセがヴォートに向かって声をかけた。
「あ、あのっ!」
すると、ヴォートが勢いよく立ち上がった。あまりの激しさに、椅子がひっくり返ってしまって、ガタンと大きな音が鳴った。
どうしたどうしたと、周囲の視線を集めてしまっている。
けれどもそんな周囲のことは目に入っていないのか、ヴォートは気にせず俺に向かって告げてくる。
「そのっ! グレイブさん!」
「な、なんだ!?」
ヴォートの勢いに引っ張られて、俺の方までついつい力んでしまった。
「先ほどは、グレイブさんのことをよく知りもせずに、偉そうなことを言って、本当にすいませんでした!」
ずばっと、勢いよくヴォートが頭を下げた。綺麗な直角だ。
「あ、ああ、そんなに気にしてないから、大丈夫だぞ」
「ほ、本当ですか!? こ、こんな俺のことを、許してくれるんですか!?」
「ああ、そもそも別に怒ってなんてないしな」
「な、なんて……! なんて心の広いお方なんだ……! ぐ、グレイブさん、俺はあんたに、いやあなた様に、一生ついていきますッ!」
顔を上げたヴォートが急接近してきて、俺の手を握って何やら宣言してきた。
「……いやいや、それは困る!」
思わず流されそうになったが、踏みとどまることができた。
一生ついてくるとか、そういうのはちょっと……いや、かなり困る。
どうしてこうなった……。
「そ、そこをなんとかお願いしますっ!」
「…………」
「じゃ、じゃあ、せめて兄貴と呼ばせてくださいっ!」
「…………」
ヴォートって、こんなに熱いやつだったんだな。
周囲の冒険者たちが面白がって、「やれ、もっといけ」だのなんだの、囃し立ててくる。
……ちょっとさすがに困ったな。
ちらっと周りを見渡すと、意外なことにカラムスが助け船を出してくれた。
「ヴォートさん、それじゃあエッセさんのことはどうするんですか?」
「そ、それは……」
「そうだぞヴォート、俺に一生ついてくるんじゃなかったのか?」
エッセも悪ノリしている。
「とりあえず、早く座ったらどうだい?」
呆れたといったふうに、エーラが言う。
「お、おう」
いそいそとヴォートが着席した。
すると時機を見計らっていたのか、給仕が酒を持ってやってきた。
エッセが杯を上げる。
「それじゃあ、乾杯といこうか。グレイブさんは、酒はいける口か?」
「そうだな、そんなに飲む方ではないと自分では思うんだが、酒には結構強いぞ」
「ほう、そいつは良いな。なら今日は存分に呑んでくれ」
俺が杯を上げたのに合わせて、他の面々も自身の杯を手にした。
「えーっと、グレイブさんの活躍に感謝して、乾杯っ!」
「「「乾杯っ!」」」
「か、乾杯っ!」
エッセの音頭に続いて、皆が唱和した。俺だけちょっと出遅れてしまったが、これはご愛敬。
冒険者らしく、雑に杯を叩きつけ合って、俺は一息で酒を呑み干した。
「おお、グレイブさん、良い呑みっぷりだな」とエッセ。
「酒まで強いだなんて、ほんと、あんたすごいよ!」とエーラ。
「僕にはそんなふうに飲めないです」とカラムス。
「リリーさん、グレイブさんに酒を持ってきてくれ」
ヴォートが気を利かせて、給仕に酒のおかわりを頼んでくれた。
そんなヴォートを見て、みんなが笑みを零している。
ほんと、態度が一変したなあ……。ここまで豹変されると、呆れるを通り越して、感心してしまいそうだ。
そうこうして、俺たちは酒を嗜みつつ、つまみを一頻り堪能した。
酒場に来る前にアリシアとリゼッタと共に宿で夕食を食べていたのでそこまでお腹は空いていなかったが、意外とここのつまみは美味しくて、ついつい手が伸びた。
さて、そろそろ、頃合いかな。
俺はエッセの方に視線を向けた。
「ん? どうかしたか?」
「実はだな……俺が今日酒場に来たのは、エッセたちに頼みたいことがあるからなんだ」
「わかった、引き受けよう」
「……まだ内容については何も言ってないんだが?」
エッセが話も聞かずにあっさりと了承してしまうから、俺はひどく驚いてしまった。
「何となく、俺たちに用があるんじゃないかって気はしてたさ。じゃないと、わざわざここに来ないだろ? それに、グレイブさんのことだ。俺たちに無茶なことを言うはずがねえ」
「そうさね。それに、あたいたちはあんたに命を救われたようなもんだからね。今度はあたいらがあんたを助ける番だよ」
「そうですよ。今度は僕たちが、グレイブさんの力になりたいです」
「俺も、グレイブさんには失礼なことをたくさん言っちまったからさ。グレイブさんの役に立たせてくれ、いや、立たせてください!」
「みんな……ありがとう!」
俺は感謝の気持ちで一杯だった。
俺が彼らを助けたのは偶然だというのに、こんなに優しくしてもらえて、胸が詰まりそうだ。
「良いってことよ。それより、話を聞かせてくれるか? 俺たちにできることなら、何でもするからよ」
「……本当に助かる。実はな……」
こうして俺は、エッセたちに相談した。
二人の少女を保護していること、彼女たちを買おうとした貴族の打倒を企んでいること、彼女たち以外にも捕らえられている少女たちを救出したいということ。
そして何より、これらを実行するためには仲間が必要だということを伝えた。
「よし、わかった。もちろん協力させてくれ。あの貴族は少女偏愛の変態として悪名高いからな、一泡吹かせることができるなら、俺としても気持ちが良い。それに、少女たちを解放したいという思いは、俺も以前から抱いていたんだ。だが、相手が貴族となると、俺だけじゃどうしようもないと思って、手をこまねいていたんだ」
エッセは快諾してくれたが、それにエーラが意を唱えた。
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。確かにあたいも気持ちは同じだよ。でも、いくらなんでも貴族相手じゃ分が悪いんじゃないかい? あたいには夢物語に聞こえるよ」
「何言ってんだエーラ! 俺たちにはグレイブさんとエッセさんがついてるんだ! できないことなんてない。そうだよな、カラムス?」
「……僕も、エーラさんの意見に賛成です。僕らだけで貴族をどうにかするなんて、現実的じゃないですよ」
重たい空気が流れる。
みんな、少女たちを助けたいという気持ちは同じなのだ。
けれども、貴族という大きな権力を有している者たちを相手に戦うのは、並大抵のことではない。というか、はっきり言って、正気ではないだろう。
それに、失敗したらどうなるのか……未知の恐ろしさがつきまとう。
お互いに相手の思っていることがわかるからこそ、何とも言い難い。
沈黙を破ったのは、エッセだった。
「……なあ、グレイブさん。グレイブさんは最初、一人でやろうとしてたんだよな?」
「ああ、そうだ」
「……正直に教えてほしいんだが、成算はあったのか?」
「俺一人でも、貴族たち相手に戦うのは戦力的には申し分ないと考えている。ただ、貴族に買われた少女たちを全員無傷で助け出すのは、難しいと思った。だからこうして、協力してくれる人を探している」
「……よし、わかった。グレイブさん、この件、俺に少しだけ預けてくれないか?」
「ああ、構わないが……?」
「そうだな、五日……いや、三日でいい。三日後に、この酒場にまた来てくれるか?」
「それは良いが……何をするつもりだ?」
「要は、俺たちだけでやろうとするから駄目なんだろう? だったら、仲間を増やせばいいんだよ。幸い、当てはあるから、任せてくれ」
エッセが自信満々に請け負ってくれた。
「そうか、あたいらだけでやろうとしたのがそもそも間違いだったんだね! エッセ、そりゃ名案だよ!」
「そうですね。今日治療した負傷者の方たちに声をかけたら、協力してくれるかもしれませんよ」
「他にも、あの貴族をどうにかしたいと考えてるやつはいるだろうからな! これは上手くいく気がするぜ!」
みんなの顔に、活力が満ちていた。
やる気も充分だ。
これなら、彼らに任せても大丈夫だろう。
「問題は、計画が露呈しないかということだが……」
「もちろんわかってる。そのあたりもちゃんと上手くやるから、安心してくれ」
「……すまないな、恩に着る」
「気にしないでくれ。よし、そうと決まれば、早速計画を練るぞ!」
こうして俺たちは、夜通しあれやこれやと言いながら、計画を詰めていった。
余談だが、会計の際に俺の冒険者カードを提示したら、支払い金額が半分になって、エッセたちに大層喜ばれた。彼らの驚きようといったら、見事なものだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!




