第8話 おっさん、ちょっとだけ本気出す
俺はブルーガーゴイルに肉薄し、魔法剣を振るった。
ブルーガーゴイルは魔法が付与された腕で俺の剣を受ける。
ガツンっという、鋼鉄を叩いたような感覚がやってくる。
「まだまだあッ!」
俺は諦めずに何度も剣を振るう。
右に、左に、上から下へ、下から上へ。
さっきのエッセのように、だが彼よりも速く、強く、剣を叩きつける。
しかしそれらはすべてブルーガーゴイルの腕に防がれた。
ブルーガーゴイルは俺の攻撃に確実に反応してきやがる。
このままでは、埒が明かない。
俺は一端、ブルーガーゴイルから距離を取った。
火力が足りていない。
まずは手数を増やすことにした。
「《我、炎神を従えし者。炎神よ、我にその力を与えよ<<<火剣》」
左手にも、魔力剣が出現した。
これで単純計算、手数は二倍になる。
俺は再度ブルーガーゴイルに接近した。
左右の剣を縦横無尽に乱舞し、ブルーガーゴイルに攻撃する。
奴は両手で俺の剣を防ごうとしたが、いくつかはブルーガーゴイルの体を切りつけた。
だが、
「浅いな。……これならどうだッ!」
俺は右手の魔法剣に一際魔力を込めて、剣を振り下ろした。
ブルーガーゴイルの体に俺の剣が触れた瞬間、俺の魔力が迸り、ブルーガーゴイルの肉体を傷つける。
やつの体から鮮血が飛び散った。
途端、ブルーガーゴイルの口から呻き声が漏れた。
俺の攻撃が効いている証拠だ。
だが、さすがはSランクの魔物だ。すぐに対応してきた。
俺に向けて、口から魔力を放出してくる。
俺は咄嗟に躱して、距離を取った。
ブルーガーゴイルの方に視線をやると、やつは風の鎧の上からさらに全身を魔力で覆っていた。
「さしずめ魔力の鎧ってとこか」
これでは生半可な攻撃は通らないだろう。
俺の方も、気合いを入れないとな。
俺は全身に気を込めて、魔力を高めた。
高めた魔力を全身に行き渡らせる。
魔力剣を強化した。これまでよりも、高純度の魔力だ。
「行くぜッ!」
俺は再び駆けだした。
ブルーガーゴイルも応じてくる。
左右の剣を時間差で振るう。
だが、ブルーガーゴイルは易々と腕で防いだ。
やつの反応速度を上回らなければ、勝利することは難しいだろう。
「うおおおおおおおお」
俺は気迫を込めた。
魔力を込め、次々に剣を振るう。
しかし、やはり防がれてしまう。
後一歩というところで、攻撃が通じていないような感触がある。
仕方ない、あんまり時間をかけるのも面倒だからな。とっとと片づけちまうか。
ブルーガーゴイルから距離を取り、俺は一度目を閉じた。
少しだけ、力を解放しよう。
目に熱を感じる。俺の目は今頃、真紅に染まっているだろう。
体が熱い。熱が迸っている。
熱い熱い熱い。内から熱が溢れ出てくる。
体の中から熱がどんどん産出されているのがはっきりとわかる。
そこで俺は目を開けた。俺の全身が赤い魔力で覆われている。
「これだけあれば充分だろう」
俺は魔力で生み出した剣を両方とも消し、一本だけ再生成した。
全てが赤い魔力によって作られている剣だ。
先ほどまでの剣とは、比べものにならないほどの熱量が込められている。
「ちょっとだけ、俺の本当の力を見せてやるよ」
地面を蹴り、一瞬でブルーガーゴイルとの距離を詰めた。
あまりの速度に、やつは反応しきれていない。
「まずは一本ッ!」
俺は勢いよく剣を振り下ろし、ブルーガーゴイルの右腕を斬り飛ばした。
あまりにも綺麗にすぱっと腕が切断されたからか、ブルーガーゴイルは痛がっているというよりも、驚きを禁じ得ないといった様子だ。
通常であれば、風の鎧の上に魔力を帯びているブルーガーゴイルに接近しただけで、全身が切り裂かれることになる。
だが俺はやつの魔力よりもさらに高純度の魔力に全身を包まれているため、接近戦でも全くもって問題ない。
俺が剣を横に薙ぐと、今度はブルーガーゴイルが後方に跳躍して回避した。
と同時に、ブルーガーゴイルが左腕から風魔法を放ってきた。
球状の風塊が、俺に向かって猛烈に突き進んでくる。
躱すのには、時間が足りない。
俺は魔法を詠唱しながら、むしろ風塊に向かって駆けた。
「うおおおおおおッ! 《グレイブの名において命ず。土神よ、やつを拘束せよ<<<ハイレイン》」
風塊に魔力剣をぶつけた。凄まじい衝撃を腕に感じる。
数秒間の均衡――。
勝ったのは俺の方だった。
風塊を一刀両断し、俺はさらに突き進む。
一方でブルーガーゴイルは、俺の放った魔法によって動けないでいた。
やつの足元が突如軟化し、ブルーガーゴイルがやや沈んだ後、今度は地面が固まった。
ブルーガーゴイルは拘束から逃れようと必死にもがいているが、無駄だ。
たかだかS級の魔物程度では、俺の魔力に勝てるわけがない。
俺が接近すると、恐怖からか、やつの口からわけのわからない雄叫びが発せられた。
なんとも汚く、耳障りで、忌まわしい声だった。
俺はブルーガーゴイルの正面で立ち止まり、剣を振り上げた。
やつの顔が、恐怖で引き攣っているかのように見えた。
俺はそのまま、袈裟懸けに魔力剣を振るった。
剣身が華麗なまでに滑らかに、ブルーガーゴイルの体を悠々と断ち切った。
「S級の魔物って言っても、随分呆気なかったな。まあこんなものか」
俺は魔法剣を消失させながら呟いた。
目を閉じて、自身の内から溢れ出てくる魔力を制御する。
再び目を開けると、赤かった目は元の色に戻り、全身を包み込んでいた魔力は跡形もなく消え去っていた。
力を行使した後の、特有の倦怠感に体が襲われる。
「久しぶりに力を使ったからか、思っていたよりも疲れたな」
このままブルーガーゴイルの遺骸を放置しておくと騒ぎになるだろう。
俺はやつに適切な処置を加えて、ダンジョンの出口へと向かって歩き出した。