第6話 S級の魔物と遭遇する
「よし、先を急ごう」
早くエッセに追いつかないとな。
俺たちは歩みを再開した。
「なんだか、禍々しい雰囲気があるね」
「おどろおどろしいです……」
「何言ってやがるんだ。弱気になってどうする!」
不安げなエーラとカラムスを、ヴォートが叱咤する。
いよいよもって、魔物の瘴気が濃くなってきた。もうすぐ魔物にお目にかかれるというわけだ。
そのとき、ダンジョン内に爆音が響いた。
「な、なんだってんだ!?」
「……誰かが魔法を使ったみたいだ。すぐ近くだ、急ごう」
ヴォートを適当にあしらいつつ、俺は一人先行した。
道を進むと、開けた場所に出た。
そこには、巨大な魔物と、冒険者が何人か、それにエッセがいた。
「エッセ!」
「グレイブさん! みんなを連れて早く逃げろッ! こいつはやばい……ッ! このままじゃ全滅は必至だ」
どうやらさっきの音は、エッセが魔法を使ったから鳴ったらしい。彼の剣に、魔法の残滓が漂っている。
エーラとヴォート、カラムスが追いついてきた。
「もしかして、ブルーガーゴイル……?」
「なんでこんなところにいやがるんだ……」
「な……これは……」
三人とも、言葉を失ってしまっている。
そりゃそうだ。俺だってビックリしている。
ブルーガーゴイル……まさかこんなところで遭遇するとはな。
ブルーガーゴイルは、全身が濃い藍色で、見た目は翼を持った人間みたいな感じなんだが、とにかく体が硬くて防御力が高い。体力が凄まじくて、物理攻撃も魔法攻撃も効いている実感がしないようなやつだ。
もちろん防御だけじゃなくて、攻撃も秀でている。並の冒険者だと、一発入れられただけで他界しちまう。
そのためブルーガーゴイルは、S級の魔物と認定されている。つまりSランク冒険者相当の実力がないと、倒せないということだ。
俺の見立てでは、ヴォートとエーラはCランク、カラムスはDランクといったところだろう。
Bランクのエッセですら歯が立たないような魔物だ。彼らでは、話にならない。
エッセのパーティーの他にも冒険者が何人かいるが、腰が引けていたり、負傷していたりして、まともに戦えるような人はいない。
死傷者が出ていないのは、不幸中の幸いだ。
「……エッセ、全員を連れて今すぐここから離れてくれ」
「何言ってんだグレイブさん! そんなことできるわけないだろ!」
「良いから言うことを聞いてくれ。俺なら大丈夫だから」
「そんなこと信じられるわけないだろ! 俺が残るから、あんたはみんなと逃げてくれ。エーラ、ヴォート、カラムス、負傷者を連れて逃走しろ」
それからエッセは周囲の冒険者にも指示を飛ばす。
「おい、そこらの冒険者! まだ動けるやつは、とっとと逃げろ」
エッセの呼びかけによって、先ほどまで硬直していた冒険者たちが動き始める。
「そんな……それじゃあエッセさんを置いていくことになるじゃないですか」
「ヴォート、今は言うことを聞け。エーラ、カラムス、ぼさっとするな」
「でも、あたいもエッセを置いていくのは気が引けるよ……」
「だったらここで全滅するか!?」
今までに聞いたことのないような鋭いエッセの声に、ヴォートとエーラが怯む。
「……皆さん、ここはエッセさんの言うことを聞きましょう」
意外なことに、カラムスが率先して行動を始めた。彼は負傷者に治癒魔法を施していく。
「ああもう! どうなっても知らないよ!」
エーラは負傷者に駆け寄り、肩を貸して歩かせる。
他の冒険者たちも、動ける者は負傷者に肩を貸して移動を開始した。
カラムス以外にも治癒魔法を使える冒険者がいたようで、怪我をしている人の治療に当たっている。
俺は横目で周囲の状況を窺いつつも、ブルーガーゴイルの方に意識を向けていた。
愛剣がない状況での、S級の魔物との戦闘は久しぶりだ。苦戦するかもしれない。
俺はただひたすらに体内で魔力を練り上げていく。高純度で質の高い魔力でないと、ブルーガーゴイルを傷つけることはできないからな。
俺の魔力に興味を抱いたのか、ブルーガーゴイルはその場に佇み、俺の方に視線を向けてくる。
「……エッセ、恐らく今が最後のチャンスだ。早く逃げろ」
「でもグレイブさんは、残るんだろ? だったら俺も、加勢する」
「何言ってんだ、早く行けッ!」
俺がいくら急かしても、エッセは動こうとしない。
彼はどこまでも飄々としている。
「グレイブさん、あんた、本当は相当な実力者なんだろ? あいつを目にしてもまったく怯んだ様子がなかった。グレイブさんは、ブルーガーゴイルを倒すつもりなんじゃないか?」
「…………」
鋭い指摘に、俺は沈黙することしかできない。
「これまでは隠してたのかもしれないが、今はグレイブさんから凄まじい圧力を感じる。それだけの魔力を内包してるなら、勝機もあるだろう」
俺を試すかのように、エッセが視線をやってくる。
冒険者が続々と逃走を始めている。
いつの間にか、ほとんどの冒険者がいなくなっている。
……仕方ない、か。
「エッセの言うとおり、俺はブルーガーゴイルを倒すつもりだ」
「なら、俺も協力しよう」
すかさずエッセが告げてくる。
「……だがな、正直なところ、エッセがいると全力を出せない。だからこの場は引いてくれないか?」
「おいおいそりゃないだろ、俺は仮にもBランク冒険者だぞ? 足手まといになんてなるもんかよ」
確かに通常ならばエッセの考えで間違っていない。Bランク冒険者が役立たずなんて事態、普通はありえない。
だがS級の魔物相手だとわけが違う。けれど今ここで論を尽くしてそのことを説明する時間はない。
「……わかった。だが、危ないと思ったら、なるべく離れてくれよ」
「大丈夫だ、自分の身くらい、自分で守れるさ」
エッセは自信満々に言うが、ブルーガーゴイルはそんなに甘い相手じゃない。
「エッセさん、この人で最後です!」
ヴォートが負傷者を抱えている。
カラムスとエーラも、エッセの指示を仰ぎたがっているようだ。
「お前ら、良くやった。三人はそのまま他の冒険者たちとダンジョンから脱出してくれ。俺はグレイブさんとこいつをどうにかしてみる」
ヴォートが血相を変えた。
「何を言ってるんですか!? エッセさんも逃げましょうよ! そんなどこの馬の骨とも知れないやつを信用するなんて、おかしいですよ!」
「良いから黙って言うことを聞け! エーラ、ヴォート、負傷した冒険者たちを守るのは、お前らの役目だぞ」
「……わかったよ」
「な……エーラはそれで良いのかよ?」
ヴォートが狼狽える。
「だって仕方ないじゃないか! あたいらには力がないんだ。今は言われた通りに動くしかないよ! それとも、他に何か良い方法があるってのかい?」
エーラの叫びは悲痛を帯びていた。
「……くそっ! エッセさん、必ず生き残ってくださいね……! エーラ、カラムス、行くぞ!」
「あいよ!」
「はい!」
ヴォートの後を、エーラとカラムスが追いかけていった。
「さて、これで俺たちだけになっちまったな」
「……どうなっても知らないからな」
「へへっ、運命共同体ってやつか。宜しくな、グレイブさん」
「言っておくが、俺はやられるつもりなんて毛頭ないぞ」
「そりゃ心強い」
エッセが不敵に笑った。
たぶん俺の発言を冗談か何かだと思って真に受けていないのだろう。
まあこうなったらどうしようもない。
エッセ一人くらいなら、何とか守り切れるだろう。アリシアやリゼッタを守るときの練習だと考えて、やってみるか。
こうして、俺とエッセの二人と、S級の魔物・ブルーガーゴイルとの戦いは、幕を開けたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
最近は更新期間が空きがちで申し訳ないです……。